2012年05月31日

反ロックフェラーの筆頭、ジェイコブ・ロスチャイルドは敵か味方か?日本は救われるのか?

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今回は、ジェイコブ・ロスチャイルド一個人にスポットを当て、さらに深く分析をしていこうと思います。


前にも述べましたが、ジェイコブ・ロスチャイルド=ロスチャイルド家のトップ、と考える人がまだまだ後を絶ちません。


ここで、今一度ロスチャイルド家の主要人物を整理してみましょう。

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◇イギリス家当主 ジェイコブ・ロスチャイルド男爵
1936年生まれ。80年以後のファイブ・アローズ証券会長。J・ロスチャイルド・ホールディングス社長。ロスチャイルド投資信託(RIT)キャピタル・パートナーズ会長として、ジョージ・ソロスらの金価格操作やヨーロッパ各国の企業買収、CIAレポートなどに暗躍。

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◇イギリス家前当主 ヴィクター・ロスチャイルド男爵
1910年生まれ、1990年没。1936年にジェイコブを生む。原爆開発を影から推進した、原発利権の元締め。息子のジェイコブとは考えが合わず、1975年にNMロスチャイルド銀行頭取に復帰。

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イヴリン・ロスチャイルド
1931年生まれ。99年時ロンドン・ロスチャイルド銀行会長として、毎朝、全世界の金価格を決定。ニューコート・セキュリティーズ社長、デビアス重役、ファイブ・アローズ証券重役、パリ・ロスチャイルド銀行重役、金塊業者ジョンソン・マッセイ大株主、経済紙エコノミスト♂長など、数多の金融機関と企業幹部を兼務。82年3月1日の国籍をスイスに移し、以後しばしばチューリッヒのロスチャイルド銀行が関与したと噂されるインサイダー取引き事件で疑惑が浮上。

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フランス家前当主 ギイ・ロスチャイルド男爵
1909年生まれ。戦時中はドゴールの密使をつとめたが、49年に父の死後パリ・ロスチャイルド銀行の資本金の半分を握って頭取就任。ニューヨーク・ロスチャイルド証券会長、メリル・リンチの中核細胞となったニューコート証券社長、日本に進出したファイヴ・アローズ証券会長、リオ・チント・ジンク重役を歴任して全世界のウラン・カルテルの頂点に立つ。

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◇フランス家当主 ダヴィッド・ロスチャイルド〔ギイの息子〕
1942年生まれ。92年以来ロンドン・ロスチャイルド銀行副会長。ロスチャイルド・ヨーロッパ社長、ロスチャイルド・カナダ会長、ジュネーヴのバンジャマン&エドモン・ロスチャイルド・ホールディング顧問など兼務。ロスチャイルド銀行の権限を引き継ぐ。

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ベンジャミン・ロスチャイルド〔ギイの再従弟エドモンの息子〕
1963年生まれ。父エドモン・ロスチャイルドは、1926年生まれで97年に死去したが、パリ・ロスチャイルド家の数えきれぬ遺産を受け継ぎ、ナポレオン三世が愛人のために建てたパリのシャンゼリゼの大邸宅に住み、ミュージック・ホールのダンサーだった妻ナディーヌはしばしば来日して有名。デビアス重役のほか、ロスチャイルド財閥の持ち株会社である北部会社、世界一の観光会社である地中海クラブ、イスラエル・ジェネラル銀行、フランスのスーパーなど数多くの大会社で重役を兼ね、フランスの長者番付の常連だった。エドモン死後、息子のバンジャマンがこれら一切を相続し、デビアスの支配権も握る。ジュネーヴのベンジャミン&エドモン・ロスチャイルド銀行会長のほか、チューリッヒのロスチャイルド銀行重役をつとめる。


ロスチャイルドーロックフェラー.jpg
ロスチャイルド家
http://www.asyura.com/0306/idletalk2/msg/981.html
デイビッド・ロスチャイルド.jpg
ロスチャイルド勢力図.jpg
ここで重要なのは、
ロスチャイルド家の当主=ロスチャイルド家の最高権力者とは限らない
ということです。

ジェイコブ・ロスチャイルドは、「ロスチャイルド・トラスト(信託)銀行」しか貰えなくて、
怒って飛び出した。
本体のNMロスチャイルド・アンド・サンズ銀行は、本店所在地はロンドンのシティのニューコートにある。
このニューコートの入口のドアには有名な「五本の矢」の紋章がある。
この銀行は、傍系であるアントニー・グスタフの息子のイヴリン・ド・ロスチャイルドと、
フランス・パリ家の当主であるダヴィッド・ド・ロスチャイルドの連合が押さえた。

つまり、現在最高権力を握っているのは、ダヴィッド・ロスチャイルド側なのです。
これにより、ジェイコブは英国当主にも関わらず、英国のロンドン・シティの権限を剥奪されます。

ここが紛らわしいポイントです。

あたかも英国のジェイコブがロンドン・シティの
権限をもっているかに見えますが、持っていません。
←戯言を・・・

このため、ジェイコブ=英国当主=ロンドンシティ=悪の枢軸、と勘違いされるのです。

ロスチャイルドは、もともとはドイツのフランクフルト出身の大ユダヤ財閥で、その子供たちが英独仏などヨーロッパ各地にネットワークを広げて勢力を大いに誇示したが、今は、イギリスのロスチャイルド家が最も力が強い。英NMロスチャイルド銀行が、財閥の中心的存在となっている。

英ロスチャイルド=英ロスチャイルド家にあらず。
正しくは、英ロスチャイルド分家&仏ロスチャイルド家の連合です。

ジェイコブは反イヴリン&ダヴィッドを宣言することになります。

※ユーロ危機を演出したジェイ・ロックフェラーと親しくしていたのも、遠からず要因がありそうです。
リーマンショックではジェイコブの信託銀行も痛手を被ったため、粛清されたということですが。



分かりやすくまとめてみました。


ヴィクター
ジェイコブが次の当主だ。跡継ぎはお前たちに任せたぞ」

ダヴィッド
「(ふん、日本人にうつつをぬかしおって・・ロスチャイルドの面汚しよ・・)」

イヴリン
ジェイコブを排除しよう。ロスチャイルド・グループは私が継承する

ダヴィッド
「組んだ。ジェイコブにはロスチャイルド・トラスト銀行(RIT)だけ与えればよかろう

ジェイコブ
「ふざけるな、私が当主だぞ・・ナザニエルを育ててイヴリン、ダヴィッドを潰そう

イヴリン
「デヴィッド、ロスチャイルド銀行を引き継ぐ気はないかね」
デヴィッド 「僕を偽善者だと批判する人もいる。でも、僕は自分の地位と名声をいかして社会に影響を与えたいんだ」

イヴリン
「(果報者め・・ロスチャイルド株をすべて売りおって・・これでは継承者にはなれぬな)」

イヴリン
ダヴィッドにロンドンの権限を譲る。ジェイコブ?そんなもの、放っておけ

ジェイコブ
「(今に見てろよ・・ドル、ユーロを潰す)」
Jロック「協力しよう。俺がユーロ危機を演出する。ただしドルは守ってくれ」

ジェイコブ
「(今はジェイを泳がせるか。リーマンショックのつけは後で払わせよう)」

イヴリン
英ロスチャイルド家が黒幕ということにしておけば、ジェイコブが矢面に立つな・・フフフ」

ダヴィッド
お前の息子をマスコミで大きく取り上げてくれ。そうすれば、私の隠れ蓑になる・・」



さて、ジェイコブは果たして本当に反NWOなのか?
という部分について検証をしていきたいと思います。

仮説1:ロスチャイルドの支配が継続し、NWOが推進される



副島氏の著書には、さらに書かれています。

イギリスのNMロスチャイルド銀行の株式は、ジェイコブ父子も持っているが、
統括するのは、パリ家のダヴィッドである。
このダヴィッドも、パリ家とロンドン家の分裂を修復し、
ロスチャイルドの本拠地をスイスに移すことにほぼ同意したようである。


ロスチャイルドの本拠地が、スイスに移る。


スイス政府(ジェイコブ)が主導して、57ヶ国による新しい金融システム会議が行なわれましたが、
ジェイコブとダヴィッドがもしも和解し、スイスで新たなロスチャイルド覇権を築こうとしているならば
この会議は、ロスチャイルドの支配が継続することを意味しています。

つまり、ドルも、ユーロも、切り捨てるだけ。



こんな会話がもしなされていたら・・

ダヴィッド「ユーロは失敗だったが、世界覇権は継続したい
ジェイコブ「世界大戦はやめよう。その代わり、別案のNWOを推進しよう
ジェイコブ「スイスで57カ国を集めて会議を開く。ロックフェラーを排除した、新金融システムの考案をするつもりだ
ダヴィッドロックフェラー排除は私も賛成だ、あれは子分には大きくなりすぎた。和解しようじゃないか。スイスに本拠地を移すのだ」
Jロック「ふざけるな。俺を誰だと思っている」
ジェイコブお前は誰でもない。(お前は切り捨てられたのだ)リーマンショックのつけを払ってもらおうか。ドル覇権の終焉だ
ジェイコブ日本は中国と組ませて、アジア連合の要としよう
Jロック日本は俺のものだ。渡さないぞ」




ということで、ジェイコブは反ダヴィッドでしたが、反NWOとは限りません。

もしもロックフェラー、ロスチャイルド間で手打ちが既に打たれており、
ドルやユーロ崩壊後の覇権構想が練られているとすれば、
やはりNWOを完全否定することはできなくなります。



ただし、ロスチャイルドは元々世界支配層の中では穏健派とされており
彼らの考えるNWOは、ロックフェラーやバチカン、ブッシュなどの強硬派と比べ
大人しいものである、とベンジャミン・フルフォード氏が解説しています。

ロックフェラー「世界戦争・人口大量虐殺派」
ロスチャイルド「世界人口管理・調節派」といった分け方になります。
フリーメーソン5.jpg

特に日本人は労働要員として優遇されるようですが、これにはジェイコブの意向もあるかもしれません。
※ロスチャイルドが人口管理を考えているかは、板垣氏の情報が信頼に値するかで変わってきます。


ただし、フルフォード氏によると、以下のことが公約として挙げられているようです。
・フリーエネルギーの促進
・砂漠の緑化
・貧困の撲滅
・宇宙開発の推進


ということで、たとえ支配が継続することになるとしても、
世界から戦争がなくなり、隠されてきた技術が大きく公開され
人類はこれまでよりはるかに幸せになる、というのは間違いなさそうです。

仮説2:ロスチャイルドは完全に駆逐され、世界的リーダーが不在となる


この仮説は、これまでの話を覆します。


まず、モナコの57カ国会議に関しての意見の相違をまとめます。

板垣ジェイコブ・ロスチャイルドがスイス政府に働きかけ、57ヶ国会議を開催した」
ベン 「スイス政府が57カ国を集めて、ロスチャイルド関係者を締め出した
「スイス政府主導で57ヶ国会議が開催されたが、ジェイコブは出席を許されていた



見事にバラバラです。三者三様です。


誰かが嘘つきですが、ここでは深く追及しません。

仮説1は板垣氏の意見をもとにしていますが、
仮説2ではフルフォード氏の意見をもとにします。

ロスチャイルド家の内紛は既に和解し、NWOを推進しようとしたが
中国やロシア、スイスなどに見破られ、57ヶ国連合に駆逐される。
その結果覇権は欧州貴族(Not ロスチャイルド)に移り、残されたロスチャイルドは保身に走る。

現在の世界的な混乱、裏での動き、金準備の積み上がりなどを見るに、
裏ではNWOでない、新しい世界体制を早急に準備している最中であると解釈できます。

※Red Dragon SocietyとWhite Dragon Society


そこにはロスチャイルドの姿はなく、
指導者不在のもと混乱がおきているということです。

図にするとこうなります。

※ロスチャイルド・ロックフェラー・反NWO勢力図 11月19日 更新

さて、どちらの仮説が正しいのか?
あるいは、全然別の解釈があるのか?


いずれにしろ、強硬派が消えてくれれば、我々庶民はなんとか生き延びると考えてよさそうです。

 

※残念ながら、57ヶ国に日本はまだ入っていないようです。
今でも、まだ、まだ、まだ米国に追随している阿保どもが政治を牛耳っているからです。
よほど今まで甘い汁を吸ってきて、現実を受け入れられないのでしょう。

この男、ついに領収書の偽造が発覚しました。天罰です。
どれだけ汚れれば気が済むのか。どれだけ悪名を貫くのか。
日本中の前原さんに与える損害は、ある意味放射能よりも深刻かもしれません。
「前原」という名前そのものを除染する必要がありそうです。

 
posted by 真 救世主 at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月30日

金融の仕組みは全部ロスチャイルドが作ったA

『金融の仕組みは全部ロスチャイルドが作った』(安部芳裕著 5次元文庫)から

第5章;ロスチャイルド関連の世界史−近代史の謎が解けた!!

ロスチャイルド家の勃興

 ロスチャイルド家がいかに世界を動かして来たか、年代順に見て行きます。

 〔1744年〕ドイツのフランクフルトでマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドが誕生します。
 この名前自体が非常に興味深いのです。初代ロスチャイルドの本名はマイヤー・アムシェル・バウアーと言います。マイヤーはドイツ人として一般的な名前。アムシェルはユダヤ人として一般的な名前です。ドイツ名の方が都合が良い場合はマイヤー、ユダヤ名の方が都合の良い場合はアムシェルと、時と場合によって使い分けられるようになってます。

 〔1764年〕マイヤー・アムシェルが20歳の時にドイツ・ロスチャイルド商会を創設します。
 このロスチャイルド商会は貸金業、古銭業を主に営んでいました。両替業というのは、何でしょうか。当時のドイツは230の小国に分かれていて、いくつかの小国がくっついていて自由都市というのを形成しており、そおの自由都市ごとに違う貨幣を使用していたのです。他の自由都市で買い物をする時は、そこの貨幣を使用しなければなりません。ですから、手数料を取って他の貨幣と交換する両替業という職業があったのです。
 貨幣には、それぞれの国の歴史や文化が刻んであるので、当時の上流階級の人たちにとっては古銭を集めるのが高尚な趣味とされていました。初代ロスチャイルドは、おそらく世界初のカタログ販売を、この古銭業で始めたのです。

 〔1773年〕第4章で述べた通り、初代ロスチャイルドが12人の実力者を招いて全世界の支配権を握るための秘密会議を開催します。
http://takao-sato.seesaa.net/article/266696174.html?1338341723

 〔1775年〕ドイツの名門貴族ヘッセン家のヴィルヘルム9世と古銭業を通じて知り合い、その財産運用を任されます。当時は米国独立戦争の最中であり、ヘッセン家は独立戦争を鎮圧するために傭兵をドイツで鍛えて英国政府に貸し出すというビジネスをしており、個人としてはヨーロッパ最大の資産家でした。このヘッセン家の人たちが、のちにロスチャイルドがのし上がる種銭となります。


秘密結社イルミナティ創設の背後にもロスチャイルド

 1776年、ロスチャイルドが資金提供して、インゴシュタット大学法学部長のアダム・ヴァイスハウプトが秘密結社イルミナティ(光明会)を創設します。
 アダム・ヴァイスハウプトは、わずか24歳で大学教授になった「早熟の天才」と言われたユダヤ人です。
 このイルミナティの共同設立者として、あの戦闘的救世主ヤコブ・フランクが名前を連ねています。
 イルミナティはその目的を「知的に有能な人々に世界を支配させ、すべての戦争を防止させるために、世界統一政府を作ることにある」とし、当時の最も聡明と言われた人々を含む2000人もの信奉者を集めたと言うことです。
 結社を結成した5月1日に、ヴァイスハウプトは『Novus Ordo Seclorum』という本を出版しています。Novus Ordo Seclorumはラテン語で、英語ではNew World Order つまり新世界秩序となります。
アダム・ヴァイスハウプト2.jpg
アダム・ヴァイスハウプト(1748〜1830?)。彼が創設した秘密結社イルミナティがのちの共産主義運動、世界統一政府樹立へと発展していった。言うまでも無いが、イルミナティは堕天使ルシファーを唯一神にすることを目的とした悪魔崇拝者のための団体である。

 イルミナティの行動綱領は下記の5点になります。
 すべて堕天使ルシファーを唯一神にするために作り出された綱領です。
 

 @ すべての既成政府の廃絶とイルミナティの統括する世界統一政府の樹立(そのために世界人口を3分の1に削減すること。)
 A 私有財産と遺産相続の撤廃
 B 愛国心と民族意識の根絶
 C 家族制度と結婚制度の撤廃と、子供のコミューン(自治体)教育の実現(※教育とは、ある意味最も効果的な洗脳です。当時は学校による教育制度は整っておらず、各家庭で親が子供に教育するケースが多かったのです。しかし、それでは効率的な洗脳が難しいために、コミューンでの画一的な教育が必要だったのでしょう。)
 D すべての宗教の撤廃

 これらの行動綱領が、のちの共産主義の原形となりました。

 イルミナティの基本戦略は以下の三つが主となります。

 @ 目的を達成するために、あらゆる政治的・経済的・その他の問題において、互いにいがみ合う陣営に分断させる。=分断して統治せよ(分裂と混沌)
 A 対立する陣営に武器を与え、互いに戦わせ、弱らせ、その国民政府と宗教的組織を徐々に自滅に向かわせる。=両立て作戦(分裂と混沌)
 B あらゆる政府の高い役職に就いている人々を支配するために、金銭的及び性的な賄賂を利用する。一旦、誘惑に乗ると、恐喝、経済的破壊の脅し、秘密の暴露、金銭的損害、殺害の脅しによって操作される。

 イルミナティが創設されたのと同じ1776年、アメリカがイギリスから独立します。
 独立宣言に署名した60名のうち41名がフリーメーソンであり、歴代大統領のうち約6割がフリーメーソンから出ています。
(中略)
 〔1784年〕バイエルン政府はイルミナティを非合法組織と指定し、大東社の閉鎖を命じました。ヴァイスハウプトはフリーメーソンのブルー・ロッジに潜入し、秘密結社の内部に自らの組織を作るように指示します。
 ちなみにフリーメーソンは古くからある組織で、石工の組合を起源とする説等色々ありますが、1717年にロンドンでグランド・ロッジが結成され、近代化が図られました。その時、規約の中で「フリーメーソンの理想は、社会や国家を改良して、普遍的人道主義的な世界共和国を建設することである」と述べています。
(↑これは全くの建前で、本当の目的はバベルの塔を建設したニムロデの意志を継ぎ、神に挑戦し、「人間の手で神を造り出す」「神造り」こそがフリーメーソンの真の目的である。悪魔であるルシファーで「神造り」を行い、そのルシファーは私(佐藤高央)と大天使ウリエルの前に屈服し、今度は私を神にしようとしているのである。ルシファーが以前言った言葉を思い出して欲しい。「佐藤が神と認めてくれたら僕は神になれるのに・・・」。つまり、そういうことだ。君たちの邪悪な力など借りなくても初めから、と言うことだ。)
 どうやら、この近代化を行ったのがサバタイ派のユダヤ人だったようです。このイルミナティの閉鎖命令が出た時に、フリーメーソン組織の中でフランキストとサバタイ派が合体して、サバタイ派フランキストになったのではないかと思います。
 ここでマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの世界革命行動計画を思い出してみましょう。
 <フリーメーソンのブルー・ロッジ内部に大東社を結成して破壊活動を実行しながら、博愛主義の名のもとで、自らの活動の真の意味を隠すことは可能である>
 まさに、そのままですね。
(中略)

 
スカル&ボーンズとは米国版イルミナティのこと

 〔1832年〕米国の名門イェール大学に秘密結社スカル&ボーンズが設立されます。
 創設者はアルフォンゾ・タフトとウィリアム・ラッセル。
 アルフォンゾ・タフトはユリシーズ・グラント政権で司法長官と陸軍長官を務めました。息子は第27代米国大統領のウィリアム・タフトです。
 ウィリアム・ラッセルは、ロスチャイルドとベアリングが支配する阿片貿易の利権を分けてもらった麻薬貿易会社のラッセル社の一族です。
 ラッセル社は、英国が独占するインド産阿片より質が悪いけど安価なトルコ産阿片を中国に持ち込み、そこで得た資金で「マサチューセッツ銀行」(のちのボストン・ファースト・ナショナル銀行)を設立してます。
 スカル&ボーンズは、1856年には「ラッセル信託基金」の名の下に正規の法人格を取得しています。
スカル&ボーンズ.jpg
(上)米国版イルミナティ「スカル&ボーンズ」のマーク。
(下)1947年に撮影されたスカル&ボーンズのメンバー。時計の左隣にいるのが若き日のパパ・ブッシュ。

 ウィリアム・ラッセルがドイツに留学した際、どうやらイルミナティと接触したようで、帰国後にその秘密の儀式を真似て設立されたのがスカル&ボーンズです。イルミナティとの違いは、スカル&ボーンズはホワイト・アングロサクソン・プロテスタントのみで構成されるという点です。ですから、WASPのみで構成された米国版イルミナティと言っても良いかと思います。
 初期の段階のスカル&ボーンズは、阿片貿易で巨万の富を得たニューイングランドの有力資本家が中心でした。17世紀に最初にアメリカにやって来たピューリタンの末裔たちが第1グループとされ、ホイットニー家、ロード家、ワッズワース家、アレン家、バンディ家、アダムス家、スティムソン家、タフト家、ギルマン家、パーキンス家などがあります。第2グループは、18世紀から19世紀に巨万の富を得た名家で、ハリマン家、ロックフェラー家、ペイン家、ダヴィソン家、ピルスベリー家、ウェイヤハウザー家、そしてブッシュ家などです。
 ウィリアム・ラッセルがドイツ留学から持ち帰って来たもう一つのものが、ヘーゲル弁証法です。スカル&ボーンズは、このヘーゲル弁証法を戦略として採用しています。どんなものかと言うと、簡単に言えばまずテーゼ(定立)を立てて、それに対してアンチテーゼ(反定立)をぶつけて、ジンテーゼ(総合)を導き出すというもので、正+反=合という図式で表せます。自らの優位を導くために、世界の中に意図的に対立を引き起こし、緊張が高まったところで自分たちを優位に導く解決を提供するという方法論です。これもイルミナティと同じで、キーワードは「分裂と混沌」ですね。
 スカル&ボーンズは教育界に大きな影響を与えて来ました。ティモシー・ドワイトがイェール大学長。アンドリュー・ホワイトがコーネル大学の初代学長。ジョン・ロックフェラーはロックフェラー大学とシカゴ大学を創設。ダニエル・ギルマンは、カリフォルニア大とホプキンス大の初代学長になっています。このギルマンがロックフェラーたちと一般教育委員会を設立し、米国の学問を方向付けました。
 また、ギルマンの愛弟子にジョン・デューイがおり、デューイはアメリカ「進歩主義教育運動」の思想的な柱となってます。このジョン・デューイの教育思想と理論は、戦後日本の教育にも多大な影響を与えました。
 スカル&ボーンズの中でも特に重要な人物がヘンリー・L・スティムソンです。
 スティムソンは、セオドア・ルーズベルト、ウィリアム・タフト、ウッドロー・ウィルソン、カルビン・クーリッジ、ハーバート・フーバー、フランクリン・ルーズベルト、ハリー・トルーマンと7人の大統領の側近を勤めました。原爆を製造したマンハッタン計画の最高責任者でもあります。
 陸軍長官であったスティムソンは、陸軍省内でスカル&ボーンズのグループを結成しています。ジョン・マックロイ、ロバート・ロヴェット、マクジョージ・バンディ、ウィリアム・バンディ、ディーン・エイクソン、ジョージ・マーシャル、アヴェレル・ハリマン、プレスコット・ブッシュなど世界大戦時の重要な閣僚たちが名を連ねています。このグループが、第二次世界大戦前から戦後にかけての重要な戦略政策を練り上げ、日独両国の占領政策の立案に当たりました。
 また、このグループは戦略事務局(OSS)を創設し、以降、その後身である中央情報局(CIA)はスカル&ボーンズ人脈を中心に構成されています。その他、スカル&ボーンズは大学、財団、銀行、石油会社なども傘下に擁し、政府機関にも幅広く人材を送り込んで来ました。もちろん、現大統領ブッシュもスカル&ボーンズ出身です。
ヘンリー・スティムソン.jpg
(上)陸軍長官を歴任したヘンリー・スティムソン。彼も秘密結社スカル&ボーンズのメンバー。
(下)ロスチャイルド商会のアメリカ代理人オーガスト・ベルモント。


モルガン商会はアメリカ国家であり、法律であり、制度である。

 
1837年、米国のジョージ・ピーポディがブラウン・ブラザーズを通じてロンドンのビジネスに参入。ネイサン・ロスチャイルドの代理となります。
 ブラウン・ブラザーズのブラウン家はベアリング家の親戚です。ジョージ・ピーポディはギター・ピーポディ証券の一族でピーポディ基金の設立者として知られています。
 このジョージ・・ピーポディには子供がいなかったので、後継者としてジュニアス・モルガンを指名しました。これによりモルガン商会がロスチャイルドの秘密の米国代理人となります。
 何故秘密≠ネのかと言えば、当時、ユダヤ人は迫害されていたので「ユダヤ人なんかから金を借りたくない」という人たちがいっぱいいったわけです。そういう人たちはモルガン商会からお金を借りるという寸法です。
 モルガン商会は「トラストのトラスト」と呼ばれ、十数社の鉄道事業を買収し再編成。1892年にはGEを設立し電気事業を再編。1901年には鉄道王カーネギーを買収してUSスチールを設立し鉄鋼業を再編。1907年には全米の電話を独占するAT&Tを買収します。
 第一次世界大戦時には、英仏両国政府から公式代理人として選ばれ、戦時国債を米国で販売。米国における英国の公式貿易代理業者でもあり、あらゆる戦時物資を自らの所有する企業から購入して米国に送りました。
 1920年には死の商人デュポンと組んでGMを支配。その他、テキサコ、IBM、シティバンク等にも出資を行い巨大化していきます。この頃には「モルガン商会は銀行では無い。アメリカ国家であり、アメリカの法律であり、アメリカの制度である」とまで言われたほどの影響力を持っていました。
 〔1837年〕フランクフルト・ロスチャイルド商会の代理人オーガスト・ベルモントが米国で派遣されます。

 ベルモント商会は企業買収を繰り返し、ディロン・リードなど全米の金融機関を支配下に収めていきます。
 オーガストは1849年にペリー提督の娘キャロラインと結婚。ユダヤ人ジャーナリストが書いた『ユダヤの告白』という本では、ペリー提督を日本に送り込んだのは、このおオーガスト・ベルモントだと書かれています。その目的は、彼らは中国に阿片を売りつけようとしたらしいです。本当かどかわかりませんが、当時の状況を考えれば十分有り得る話だと思います。
 オーガストは、このペリー家やモルガン家と結びつきボストン財閥を形成していきます。そして、1856年には民主党の党首になり、約20年間、政治と実業界に影響を与えました。

 〔1848年〕カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスが『共産党宣言』を発表しました。
 執筆を依頼したバルーフ・レヴィという人物が、マルクス宛の手紙の中で、その目的を打ち明けています。
 「この新しい人類の社会組織の中で、我々ユダヤ人はいかなる国家に属することもなく、また他の民族から何の抵抗を受けることなくして指導勢力となり、やがてその影響力は全世界に及ぶことになるでしょう。そして、もし彼らの中の何人かの賢者が、これら労働大衆のうちに確固たる指導権を打ち立てることんい成功するなら、プロレタリアの勝利によって次々に世界共和国の一部となっていく諸国家の支配権は、これらプロレタリアを指導する我々ユダヤ人の手に容易に収めることが出来ます。要するに、プロレタリアの勝利は私有財産制の廃止をもたらし、こうして公有財産となった他民族のあらゆる私有財産は、公有財産を管理するユダヤ人の支配下に入るのです。かくして我々ユダヤ人のメシアが到来する時、ユダヤ人は全世界の民の財産をことごとくダビデの星の下に司るであろうと言い伝えられて来たタルムードの予言が実現されることでしょう」

 〔1848年〕ロスチャイルドにい繋がる二百家族≠ノよってフランス銀行が独占的に支配されます。この銀行支配を通じてフランスの産業界も二百家族≠ノよって支配されることになります。


ペリー来航と明治維新にもロスチャイルドの影が

 
〔1853年〕米国よりペリー提督が艦隊を率いて来航し、砲艦外交によって開国を迫ります。砲艦外交というのは、要するに大砲で脅して言うことを聞かせる押し売り≠ンたいなものです。

 〔1859年〕トーマス・ブレーク・グラバーが来日。武器商人として明治維新の裏で暗躍します。
 長崎では今もこのグラバーの屋敷が観光名所になっていますね。グラバーは中国に阿片を売りまくって阿片戦争を引き起こした麻薬貿易会社ジャーディン・マセソン商会の代理人で、ロスチャイルド傘下のロイズ保険や香港上海銀行等の代理店も勤めていました。
 ちなみに今や世界一の金融グループとなった香港上海銀行ですが、ロスチャイルド、ベアリング、サッスーン、ジャーディン・マセソン、という錚々たる麻薬貿易商人が設立時の役員として名を連ねています。つまり、中国へ売りつけた阿片の代金をイギリスに送金するために作られたのが香港上海銀行です。
 ジャーディン・マセソンが資金を出して、グラバーが手引きをし、1863年には伊藤博文や井上馨など5人の長州藩士が英国に密航しています。また、1865年には五代友厚ら17人の薩摩藩士も英国に密航させ、のちに彼らが明治政府の要人となっていきます。
 武器商人であるグラバーは、坂本龍馬の亀山社中を通じて薩長に武器弾薬を提供しました。グラバーは英語教師もやっていて、教え子であった岩崎弥太郎と共に三菱財閥の基礎を作っていきます。

銀行家の通貨支配に抵抗して殺されたリンカーン

 
〔1861年〕アメリカの南北戦争(〜1865年)が勃発します。
 ドイツの鉄血宰相ビスマルクが、1876年に「南北戦争は欧州の金融権力によって誘発された」と話しています。
 「アメリカを二つの連邦に分割することは、ヨーロッパの大金融権力によって、南北戦争のずっと
以前に決定された。そうした銀行家らはアメリカを恐れていた。アメリカ国民が結束したままであれば、当然ながら一国として経済的、金融的に独立独歩することになるだろうし、そうなれば、彼ら銀行家の世界支配が覆される、と。ロスチャイルド一族のこうした声に影響され、彼ら銀行家はアメリカを、自信に満ちて自給自足体制を貫く活力のある共和国を二つの弱小国家にして負債を負わせれば、大儲けができると考えたのだ。(中略)リンカーンは、ある時、ヨーロッパの悪意に満ちた金融家ロスチャイルド家から一族の計画の実行者となることを望まれていると察知した。北部と南部は彼らによって分断される寸前だった。(中略)リンカーンは彼らの企みを看破し、ほどなく、本当の敵は南部ではなく、ヨーロッパの金融家だと考えるようになった。(中略)そこで彼は公債制度を確立させ、国家に仲介組織無しで直接人々から借りることで、国際銀行家連中を排除しようと決意した。(中略)アメリカは支配出来ない。彼らはすぐにそう思い知ったが、リンカーンの死で問題は解決されるようになる。襲撃のための狂信者を見つけることほど簡単なことは無い。(中略)合衆国に、彼の衣鉢を継ぐほど偉大な人物はいない。イスラエルは、世界の富を新たに略奪することを引き受けたのである。悪辣でひねたユダヤ人銀行家たちが合衆国の豊かな富を完全に支配し、現代文明を計画的に崩壊させるtめに用いることを、私は恐れている」(ジョン・コールマン『ロスチャイルドの蜜謀』成甲書房より)
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銀行家たちの策謀を見抜き、暗殺さたリンカーン大統領。(ちなみに暗殺の真犯人はフリーメーソンの金環騎士団と言われている。)

 〔1862年7月〕イングランド銀行は、米国の銀行業者間にハザード・バンキング回報≠配布しました。(歴史情報研究所http://rekishijyoho.seesaa.net/article/20816501.html
 「奴隷制度は戦争の力で廃止されるであろう。それには、私も、私のヨーロッパの友人たちも賛成である。何故なら奴隷制度は労働力を所有することに他ならず、それには労働者の面倒を見ることが伴う。一方、ヨーロッパ流のやり方では、資本家が賃金を管理することによって労働力を支配する。これは通貨を管理することによって可能となる。(中略)銀行業務の基本としては、債券が用いられねばならない。(中略)グリーンバックと呼ばれている政府発行紙幣を、いかなる期間も通貨として流通させてはならない。我々がそれを管理出来ないからである」
 ここには重要なことが二つ書かれています。一つは奴隷制度が廃止された理由です。奴隷制度は奴隷の面倒を見なければならない。強制的に働かすには暴力で脅す必要があるので、軍隊のコストがバカにならないのです。それに無理矢理働かされているのでモチベーションが無いから生産性も悪い。それより、解放して一生懸命働けば豊かになれると思わせた方が、進んで働くから生産性が高い訳です。でも、実際は賃金を管理されているから、いくら一生懸命働いても豊かにはなれないのですが・・・・。
 のちに植民地が独立出来たのも、決して人道的見地からでは無いでしょう。彼らの感覚は常に経営者≠ネので、決して人道的な見地からではないでしょう。
 もう一つは、お金は債券でなければならない。政府紙幣では管理出来ないから困ると言っています。これが彼らの弱点です。残念ながら、この弱点を突いたリンカーンは、1865年4月14日に暗殺されてしまいました。
 リンカーンは「債券は不要であり、起源において債務の無い国家の富に比例して発行される紙幣のみが許可されるべき通貨である」と国民に説いて1862年2月から政府紙幣を発行したのです。


ロスチャイルド家の代理人ジェイコブ・シフ

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日露戦争当時、日本の外債を引き受けたことで有名な銀行家ジェイコブ・シフ。彼もまた、ロスチャイルドの手先だった。

 シフは改革派ユダヤ教徒、つまりフランキストです。このシフはソロモン・ローブの娘テレサと結婚し、1870年、クーン・ローブ商会の頭取に就任、経営者としてジョン・D・ロックフェラーやエドワード・R・ハリマン、アンドリュー・カーネギーの後援者となり、ロックフェラーのスタンダード・オイル社、ハリマンの鉄道帝国、カーネギーの鉄鋼帝国に融資、巨大財閥に育成しました。その後、モルガン家、ビドル家、ドレクセル家という当時の三大有力者と提携し、ウォール街の銀行連合を形成します。
 余談ですが、1974年、ネルソン・ロックフェラーが副大統領に指名された時に、個人資産を公表しなければならなくなりました。その時に明らかになった事は、ロックフェラー家の資産は、ジェイコブ・シフ以来、クーン・ローブ商会が財務管理しており、その投資は全てクーン・ローブ商会の承認を受けなければならなくなっていたということです。


第三次世界大戦まで100年以上前に計画済み

 
〔1870年〕イタリアの統一によって教皇領を奪われたローマ・カトリック教会は、それまで領地から得ていた収入を絶たれ、深刻な財政難に陥りました。この、窮地に立ったバチカンに救いの手を差し伸べたのがロスチャイルドです。それ以降、仇敵キリスト教徒の総本山バチカンの資金運用は、ロスチャイルド人脈によってなされるようになりました。(←何故、中東で起ったキリスト教の総本山がサタナキアなのか!?)
 イタリアのと統一運動を主導したのが「青年イタリア」という組織で、そのリーダーがイルミナティ2代目首領ジュセッペ・マッチーニでした。マッチーニはその後「青年ドイツ」「青年ポーランド」「青年スイス」そして「青年ヨーロッパ」を創設しますが、その他「青年ロシア」「青年トルコ」「青年アメリカ」(米国のリーダーはオーガスト・ベルモント)など世界的に青年運動が広まり、それが第一インターナショナルに発展し、第二インターナショナルを経て、第三インターナショナル、つまり国際共産主義組織のコミンテルンとなります。コミンテルンは、第二次大戦時に重要な役割を果たしますので、覚えておいて下さい。
 そのジュセッペ・マッチーニに宛てて、1871年、イルミナティ3代目首領のアルバート・パイクが「世界を統一するために、今後3回の世界大戦が必要だ」という書簡を送ったと言われています。その内容を見てみましょう。(ウィリアム・ガイ・カー『教科書が絶対教えない闇の世界史』成甲書房より)

第三次世界大戦まで計画していたフリーメーソン
アルバート・パイク(1809〜1891年).jpg
南北戦争時、南軍の将軍だったアルバート・パイク。胸にかけられたフリーメーソンの高位を示す紋章(「33」)に注目。

@第一次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェント(手先)の直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるためのお化け役≠ニして利用されるだろう。
 (ツァーとは皇帝と言う意味で、ツァーリズムとは絶対君主制という意味になります。)

A第二次大戦は、「ドイツの国家主義者」と「政治的シオニスト」の間の圧倒的な意見の相違の操作の上に実現されることになる。その結果、ロシアの影響領域の拡張と、パレスチナに「イスラエル国家」の建設がなされるべきである。

B第三次世界大戦は、シオニストとアラブ人の間に、イルミナティエージェントが引き起こす、意見の相違によって起こるべきである。世界的な紛争の拡大が計画されている。

そして第三次大戦のあとに、
Cキリスト教会と無神論の破壊の後、ルシファーの宇宙的顕示により(←佐藤高央と大天使ウリエルにより死亡確定!)、真の光が迎えられる。
 となっています。

 アルバート・パイクは南北戦争の英雄で、黒人を虐殺した白人至上主義者の組織KKK(Ku Klux Klan)を創設した人物であり、彼の書いた『Molals and Dogma of the Ancient and Accepted Rite Freemasonry』(道徳と教義)という本はフリーメーソン幹部の教科書として現在も読み継がれているそうです。
 パイクjは著書の中で「ルシファーは神であるが、アドネイ(=イエスのこと)も同様に神である。影なくして光なく、醜さなくして美しさはない。絶対神は二つの神として存在する。引き立て役として光には暗闇が必要である」と語っています。
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私が見た死ぬ直前のルシファーは指輪くらいの大きさで青錆びて、これより酷い状態だった。

※ここでハッキリすることはナザレのイエスとルシファーはワンセットであるということである。イエスがルシファーに魂を売り渡した証拠の一つである。これでもまだイエスを「キリスト」と言うのかね?フリーメーソン諸君よ?
まだイエスの血は「我々の罪の証」とか言うのかね?「キリストの血が我々の罪科の証」であるのならば、誰が真のキリストであるか語るまでも無いだろう?
我が名は佐藤高央。再臨し真のキリスト、イスキリなり。貴様らの罪を背負い、罪科を裁くために再臨した。

そして我が名において「ルシファーを決して神と認め無い」ことを再度厳命する。

 キリスト教では神と対立し天界を追放された「堕天使」「悪魔の王」とされているルシファーですが、ユダヤ教では「光の天使」とされており、イルミナティの崇拝する神が、このルシファーです。つまり、最終戦争の後にルシファーを唯一の神とした世界宗教と世界政府による「新世界秩序」がもたらされる計画のようです。


円卓会議、チャタムハウス、CFR、IPR

 
〔1877年〕松方正義が渡欧してフランス蔵相レオン・セーと会談し、レオン・セーが日本に中央銀行設立を勧めます。このレオン・セーのボスがフランス・ロスチャイルド家4代目の当主アルフォンスでした。
 そして、5年後の1882年、日本銀行が設立されます。
 

 〔1881年〕世界最大の金・ダイヤモンド鉱山を支配するために英国が南アフリカに介入し、第一次ボーア戦争(〜1884年)が勃発します。

 〔1884年〕英国でピール条例が制定され、イングランド銀行以外の銀行による発行業務が禁止、金本位制が確立し、イングランド銀行が世界で最初の近代的中央銀行となります。このピール条例を制定するように英国議会へ働きかけたのがライオネル・ロスチャイルドでした。

 〔1891年〕イギリスで円卓会議グループが結成されます。この背景を説明すれば、ロスチャイルドの融資を受けて、セシル・ローズのデビアス社が全世のダイヤモンドをほぼ独占的に支配しました。ローズは南アフリカの鉄道・電信・新聞業をも支配下に入れ、1890年にはケープ植民地の首相となり、南アフリカの実権を一手に握った人物です。
 セシル・ローズは英語圏の人々を結集して世界中の全居住地を彼らの支配下に置くとう野望を持っており、その野望を達成するために秘密のネットワークを組織しました。それが円卓会議グループです。創始者グループの幹部は
ロスチャイルド卿、バルフォア卿、グレイ卿、イッシャー卿、ミルナー卿でした。ローズの死後は、アルフレッド・ミルナー卿が遺志を継いで秘密のネットワークを担う人材を育成しました。
 アルフレッド・ミルナーは、ミルナー・キンダーガーデン(ミルナー幼稚園)という組織を持っていて、このミルナー幼稚園は黒人を奴隷にして酷使し、挙句にアパルトヘイトをつくったグループです。
 セシル・ローズの残した財産は奨学金の基金となり、このローズ奨学金を通して優秀な人材の青田買い≠ェ行われるようになります。
 米国ではローズ奨学金を真似てフルブライト奨学金がつくられ、有名なところでは竹中平蔵がこのフルブライト奨学金で留学しています。
 この円卓会議グループが発展して、1919年には英国に王立国際問題研究所(通称チャタムハウス)が設立されます。このチャタムハウスの創設者はミルナー幼稚園出身のライオネル・カーティスです。
 1921年には米国で外交問題評議会(CFR)が設立されます。CFRは米国を英国の影響下に置き続けることを目的に設置されました。
 1925年には太平洋問題調査会(IPR)が設立されます。ここは国際連盟脱退後、日本唯一の国際窓口となったNGO(非政府組織)で、太平洋戦争時にはこの機関を通して対日工作が行われていました。最近になってこの組織の上層部が全員ソ連のスパイであったことが判明しています。IPRはチャタムハウスの下部組織ですが、資金提供はロックフェラー財団とカーネギー財団がして来ました。この財団の資金運用をしていたのがロスチャイルド系の投資銀行でした。
 1954年にはビルダーバーグ会議が開催されます。ビルダーバーグ会議については後で詳しく述べます。
 1973年には日米欧三極委員会が設立されています。提唱者はデイヴィッド・ロックフェラーとズビイグニュー・ブレジンスキーです。
 ロックフェラーがビルダーバーグ会議に、経済成長した日本も加えたらどうかと提案したところ、欧州勢から反対を受け、それならと独自に設立した組織です。
 ブレジンスキーは、ヘンリー・キッシンジャーと並ぶCFRの重鎮で、今はバラク・オバマのアドバイザーを務めている人物です。カーター政権時より米国政府の基本的な外交政策は、ブレジンスキーの描いた戦略をベースとして展開されています。
 現在では日本の国際的な戦略的重要性が低下し、日米欧が抜けてただの「三極委員会」と改称されています。

シオニズム運動

メディアが広めたイスラエルに関する10の嘘
http://www.youtube.com/watch?v=iJU3VBA7euU

 
〔1896年〕テオドール・ヘルツルが『ユダヤ人国家』を出版。政治的シオニズム運動が本格的に始まります。
 シオニズムというのは「シオンの丘に帰ろう」とするユダヤ人国家の建設運動で、シオニストというのはイスラエル建国を支持する人たちです。
 エドモン・ロスチャイルド男爵は入植地を支援するために500万ドルを寄付しましたが、政治的シオニスト一派は、その5%しか提供できませんでした。エドモンは彼の代理人による直接の監督と管理を要求したのですが、ワイツマンとヘルツルはその要求を快く思わなかったと言います。
 イスラエルを世界戦略の一つの駒として使いたいロスチャイルドと、純粋(?)にユダヤ人だけの国家を建設したいというシオニストたちの意見の対立、暗闘のようなものは今でも続いていると思われます。
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シオニズム運動を開始したテオドール・ヘルツル。
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ヘルツルの書いた『ユダヤ人国家』の表紙。

 
ところで、信心深いユダヤ人は救世主の再来まではユダヤ人国家は存在し得ないはずなので、イスラエルが建国されることには反対して来ました。救世主が来る前にユダヤ人国家が建設されてしまうのは聖書の予言の反しているからです。ですから、政治的なシオニストは、実は本来のユダヤ教の教えに反していると言えます。

〔ロスチャイルド一族が支援するシオニスト機関〕
ロスチャイルド一族が支配するシオニスト機関.jpgロスチャイルド一族が支援するシオニスト機関2.jpg

 『ユダヤ人国家』が出版された翌年、テオドール・ヘルツルがスイスのバーゼルにて第1回シオニスト会議を開催。ここで「シオニズムはユダヤ民族のためにパレスチナの地に公法で認められた郷土を建設することを目的とする」というバーゼル綱領が採択されます。


情報を制する者がお金を制す

 
〔1897年〕ロンドンにマルコーニ無線会社が設立され、ロスチャイルドの通信支配が始まります。
 この通信支配という物は非常に重要です。ワーテルローの戦いで莫大な富を築いたように、もともとロスチャイルド家は情報を武器として来ました。世界最古の通信会社は1835年に設立されたフランスのAFP通信(Agence France Presse)ですが、創業者のユダヤ人シャルル・ルイ・アヴァスはロスチャイルドに雇われて事務所を開設してます。
 アヴァスの部下にポール・ロイターというユダヤ系ドイツ人がいて、このロイターが1851年い英国でロイター通信を開設します。世界に広がる英国植民地の商人ネットワークからロイター通信へ情報が届き、このロスチャイルドの支配下にあるロイター通信から世界にニュースが配信されて来ました。
 また、そのロイター通信からMI5(英国内の軍事情報を担当する課)やMI6(英国外の軍事情報を担当する課)が出来、そのMI6の指導を受けてCIAやモサドなど各国の諜報機関が出来たという経緯があります。
 「情報を制する者は世界を制する」です。
 初代ロスチャイルドの世界革命行動計画を思い出してみましょう。
 「L誹謗、中傷、偽の情報を流したことでどのような波紋が広がろうと、自らは姿を隠したまま、非難されることが無いようにしなければならない。大衆への情報の出口は全てを支配すべきである」

 〔1904年〕日露戦争が開戦します。日本が絶対不利だったにも関わらずクーン・ローブ商会のジェイコブ・シフから融資を受け、戦費不足を補い、なんとか勝利します。
 しかし、この負担がのちに大きく伸し掛かり、日本は外資によるコントロールから財政破綻、そして戦争へという道のりを歩み出します。

 〔1907年〕ロイヤル・ダッチとシェルが合併してロイヤル・ダッチ・シェルが誕生します。ロイヤル・ダッチというのはオランダの王室のことです。オランダは産油国のインドネシアを植民地にしていたのです。

 〔1909年〕今のイランにアングロ・ペルシャ石油が設立されます。これは後にブリティッシュ・ペトロリアムとなり、今はBPとなっています。
 ロスチャイルドはバクー石油の利権を持っていますから、これでロシア、インドネシア、イランと大産油国を掌中に収めたことになります。
 現在では、シェルやBP、あるいはロックフェラーのエクソン・モービルなど、国際石油資本が持つ油田の総埋蔵量は世界の全埋蔵量の10%を切っていて、残りは産油国の国有石油会社が持っていますが、商品取引所による価格形成メカニズムを用いて、その影響力を堅持しています。

 〔1910年〕ロンドン・モルガン商会がモルガン・グレンフェルに改組されます。
 創業者のエドワード・グレンフェルは、ロスチャイルド一族でイングランド銀行総裁ヘンリー・グレンフェルの息子であり、イギリスの老舗投資銀行ブラウン・シプリー社の重役でした。ブラウン・シプリーのブラウン家は、米国ではハリマン家と結びついてブラウン・ブラザーズ・ハリマンになっています。このブラウン・ブラザーズ・ハリマンの頭取を務めたのがパパ・ブッシュの義父ジョージ・ハーバート・ウォーカーで、ナチスに資金提供していたユニオン銀行を設立したのがアヴェレル・ハリマン、ユニオン銀行の社長w努めたのがパパ・ブッシュの実父プレスコット・ブッシュという関係です。
 モルガン・グレンフェルは、現在、ドイツ銀行に買収された形になっていますが、実質的にはドイツ銀行を乗っ取っています。


銀行家たちの私有銀行FRBの創設

 
〔1913年〕アメリカで連邦準備制度(FRB)が設立されます。
 FRBは、1907年の金融危機を教訓として誕生しました。危機の再発を防ぐため、ポール・ウォオーバーグが銀行改革の必要性について、連日のようにマスコミを通じて主張しました。
 米国の中央銀行である連邦準備制度の設立に関する経緯を説明しますと、まず1910年にJ・P・モルガンが所有するジョージア州のジキル島で全国通貨委員会の会員による秘密会議が開かれます。この秘密木々の出席者は、次のようなメンバーでした。
 〔FRBのための秘密会議のメンバー〕
●ネルソン・オルドリッチ・・・・・共和党上院議員で院内幹事。全国通貨委員会委員長。J・P・モルガンの投資パートナー。ジョン・D・ロックフェラー・Jrの義父。
●エイブラハム・アンドリュー・・・・・連邦財務次官補。通貨委員会特別補佐官。
●フランク・ヴァンダーリップ・・・・・ナショナル・シティ・バンク・オブ・ニューヨーク頭取。ロックフェラーとクーン・ローブ商会を代表。
●ヘンリー・デイヴィソン・・・・・J・P・モルガン商会の共同経営者。
●チャールズ・ノートン・・・・・J・P・モルガンのファースト・ナショナル・バンク・オブ・ニューヨークの頭取。
●ベンジャミン・ストロング・・・・・J・P・モルガンのバンカーズ・トラスト・カンパニー社長。のちにニューヨーク連邦準備銀行の初代総裁。
●ポール・ウォーバーグ・・・・・ロスチャイルドの代理人。クーン・ローブ商会の共同経営者。

 このメンバーの中で、中央銀行の設立に関与しあことがあったのはポール・ウォーバーグだけだったので、実務はほとんど彼一人で受け持ったということです。
 米国では中央銀行に批判的な意見が多かったので、ポール・ウォーバーグは中央銀行という名称を避けるよう提言し、連邦準備制度という名称に決定しました。
 連邦準備制度をつくる法案は、共和党のネルソン・オルドリッチが議会に提出しましたが、オルドリッチ法案は民主党から激しい反対を受けます。
 その議論を続けている間に、なんと共和党が野党に転落してしまいました。
 
 そこで、民主党の大統領候補者ウッドロー・ウィルソンに白羽の矢が立ちます。
 1912年の大統領選挙では、現職で人気者のウィリアム・タフト(共和党)が再選確実とされていました。そこへ人気者の元大統領セオドア・ルーズベルトが、共和党を離れ、革新等を結成して立候補します。その結果、共和党内で票が割れて、ウィルソンが地滑り的な勝利を収めました。
 この時、ウッドロー・ウィルソンを支援していたのが、ポール・ウォーバーグとジェイコブ・シフでした。ウィリアム・タフトを支援していたのが、フェリックス・ウォーバーグ。フェリックスはポール・ウォーバーグの従兄弟です。そして、セオドア・ルーズベルトを支援していたのが、オットー・カーン。ポール・ウォーバーグ、ジェイコブ・シフ、フェリックス・ウォーバーグ、オットー・カーン、実はこの4人、全員がクーン・ローブ商会の挙動経営者です。
 ここで初代ロスチャイルドの世界革命行動計画を思い出してみましょう。
<K財を活用して、我々の要求に素直に従い、ゲームの駒となって、政府を陰で操ることを我々から任じられた人物を選ばなければならない>
 この選ばれた人物がウィルソンだった訳です。


操られたウィルソン大統領

 
ウィルソンを操った代表的な人物を4人あげてみましょう。

 〔エドワード・マンデル・ハウス(ハウス大佐)〕
 軍隊経験は無いのになぜか「ハウス大佐」と呼ばれていたエドワード・マンデル・ハウスは、ウィルソンが「もう一人の私」と呼んだほど親密な間柄でした。
 ハウス大佐は、リンカーン暗殺の主犯格トーマス・W・ハウスの甥で、ロスチャイルドの代理人として欧州の金融資本とテキサスの石油業者をつなぐ役割を担っていた人物です。
 〔バーナード・バルーク〕
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ウォール街伝説の相場師バーナート・バルーク。

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英国のウィンストン・チャーチルとバルーク。

 ウォール街伝説の相場師と呼ばれたバーナート・バルークは、ウィルソン、ハーディング、クーリッジ、フーバー、ルーズベルト、トルーマンと6人の大統領顧問として活躍した人物です。
 第一次大戦期には戦時生産局長官となり、軍需工場の全てを掌握し、軍事予算から膨大な利益を得ています。第一次大戦前、バルークは100万ドルの資産を持っていましたが、戦争が終わった時、その資産は2億ドルにもなっていました。
 ドイツに法外な賠償金を支払うように決めた賠償委員会の委員長でもあり、第二次大戦後には国連の原子力委員会の米国首席代表を務めました。
 〔ユージン・アイザック・マイヤー〕
 ユージン・マイヤーは、戦時軍需品・財政委員会や戦争産業委員会のポストに起用され、1930年には連邦準備制度理事会の理事の就任、1931年には再建金融公社の会長に就いた人物です。さらに1946年には初代世界銀行総裁にも就任しています。
 ユージン・マイヤーの父親はロスチャイルド系投資銀行ラザード・ブラザーズの共同経営者で、娘のキャサリン・グラハムはワシントン・ポストの社主でした。キャサリン・グラハムは「日本の首相はキャサリン・グラハムの許可が無いと成れない」と言われたほどの影響力を持っていた人物です。
 ちなみに、このマイヤー家は、オットー・カーンの一族です。
 〔ポール・ウォーバーグ〕
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ポール・ウォーバーグ。FRB(連邦準備銀行)の創設者の一人。政府のふりをした私有の中央銀行FRBの株主として、アメリカ国民から金を奪い続けた。

 FRBの設立者ポール・ウォーバーグは改革派ユダヤ教徒、つまり彼もフランキストです。
 ロスチャイルド代理人として渡米したポールは、クーン・ローブ商会の創業者ソロモン・ローブの娘ニーナと結婚し、ジェイコブ・シフ同様、クーン・ローブ商会の共同経営者となりました。
 ポールの兄マックス・ウォーバーグは、ドイツの諜報機関のリーダーであり、ナチスへ活動資金を提供していた人物です。
 従兄弟のフェリックス・ウォーバーグは、レーニンを封印列車に乗せてロシア革命を支援したドイツ国防軍の情報部長官で、このフェリックスは、ジェイコブ・シフの娘フリーダーと結婚しています。
 また、ポールの娘フェリシア・シフ・ウォーバーグは、フランクリン・D・ルーズベルトの息子ルーズベルト・ジュニアと結婚しています。
 フランクフルトのゲットーでは、狭いユダヤ人居住区の中にシフ家、ウォーバーグ家、バルーク家、カーン家、そしてロスチャイルド家が住んでいました。シフ家はロスチャイルド家と同じ屋敷を半分ずつにして住んでいて、カーン家はその4軒隣というほどのご近所さんだったのです。


米国政府は1株も保有していないFRB

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FRBを創設したことを後悔していたウッドロー・ウィルソン大統領。

 ウッドロー・ウィルソンは、就任式の直後に特別会議を招集して、クリスマス休暇でほとんどの議員たちが帰省中に、民主党が提出したオーウェン・グラス法という連邦準備法を可決させ著名しました。そのオーウェン・グラス法案は、以前、民主党が反対していた共和党のオルドリッチ法案と名前以外はほとんど同じという法案でした。しかも、このオーウェン・グラス法案に対し共和党のオルドリッチとヴァンダーリップが激しい非難の声おあげるという茶番劇付きでした。
 ウッドロー・ウィルソンは、晩年になって連邦準備制度設立に加担したことを後悔して、こう言い残しています。
 「私はっかりして、自分の国を滅亡させてしまいました。大きな産業国家は、その国家自身のクレジットシステムによって管理されています。私たちのクレジットシステムは一点に集結しました。したがって国家の成長と私たちの全ての活動は、ほんのわずかな人たちの手の中にあります。私たちは文明化した世界においての支配された政治、ほとんど完全に管理された最悪の統治の国い陥ったのです」
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フランクフルトのゲットーに建てられたロスチャイルド銀行。

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フランクフルトのゲットーの様子。

 
連邦準備制度とは、どんな制度なのでしょう。
 ユータス・マリンズ著『民間が所有する中央銀行』(秀麗社)によれば、FRBの実務は連邦諮問評議会が行うことになっていて、連邦諮問評議会は、12の特権的都市にある連邦準備銀行の役員によって選出されます。
 この12ある地区連邦準備銀行の中で最大なのがニューヨーク連邦準備銀行であり、実質的に米国の金融政策(金利、通貨の数量と価値、及び債権の販売等)は、主にニューヨーク連邦準備銀行により決定されているそうです。
 そのニューヨーク連邦準備銀行設立時の株主は、ナショナル・シティ・バンクやファースト・ナショナル・バンク、ナショナル・バンク・オブ・コマースなどの銀行でしたが、これらの銀行の株主を調べると−−
 ●ロスチャイルド銀行(ロンドン)
 ●ロスチャイルド銀行(ベルリン)
 ●ラザール・フレール(パリ)
 ●イスラエル・モーゼス・シフ銀行(イタリア)
 ●ウォーバーグ銀行(アムステルダム)
 ●ウォーバーグ銀行(ハンブルク)
 ●リーマン・ブラザーズ(ニューヨーク)
 ●クーン・ローブ商会(ニューヨーク)
 ●ゴールドマン・サックス(ニューヨーク)
 ●チェース・マンハッタン銀行(ニューヨーク)
 モルガンとロックフェラーのチェース・マンハッタン銀行を除いて、全てロスチャイルド系投資銀行が株主で、米国政府は1株も保有していないのです。


無から有を生み出し国民に利息を払わせるFRB

 
この、民間銀行が所有する中央銀行が、どのようなことを行っているか?
 1964年に開かれた下院銀行通貨委員会でのライト・パットマン議員の証言を見てみましょう。
 「1ドルは連邦準備制度に対する1ドルの負債を表している。連邦準備銀行は無から通貨を創造し、合衆国財務省から政府債権を購入する。利子の付いた流通資金を合衆国財務省に貸し出し、合衆国財務省に対する小切手貸付けと帳簿に記帳するのである。財務省は10億ドルの利付債の記帳を行う。連邦準備銀行は財務省に対して債権の代価の10億ドルの信用を与える。こうして10億ドルの債務を無から創造するのだが、それに対してアメリカ国民は利息を支払う義務を負うことになるのである」

 もう少し解説を加えます。
 ドルというお金は、実は、米国債を担保にニューヨーク連邦準備銀行が政府に貸し付けた債権なのです。
 連邦準備銀行は、口座に数字を記入するだけで無≠ゥらお金を創造します。
 米国民は、連銀が無≠ゥら創造したお金に対して利息を支払う義務を負います。
 現在では、平均労働収入の約35%が連邦所得税として徴収されています。1981年にレーガン政権が調査した結果では、連邦の個人所得の税収760億ドルが、全額FRBへの利子の支払いに充てられていたということです。
 それだけでも酷い詐欺行為なのに、さらに酷いことに、米国には連邦所得税を納付しなければならないという法律は存在していないのです。法的根拠も無いのに所得税を取られ、それが連邦準備銀行へ流れるという、壮大な搾取システムになっているのです。

 では、何故こんなことがまかり通っているのか?1990年に出版された『ユダヤ人の告白』によれば、その理由の一つに同じく1913年に設立された名誉毀損防止連盟(ADL)の存在があると言います。
 ADLはユダヤ人に都合の悪いことを言われた場合「反ユダヤだ!」とレッテルを貼り、あらゆる手段を使って、その言論を封じ込めるという役割を担っている組織だそうです。
 ADLの上部組織はユダヤ人だけで構成されたフリーメーソン組織ブナイ・ブリス(「契約の子孫」という意味)で、ブナイ・ブリスもADLも共に改革派ユダヤ教徒によって創設されているようです。
 またADLは、米国全土に200の下部組織を擁し、全国有色人種地位向上協会(NAACP)や黒人市民権組織都市連盟の活動にも影響力を持っているそうです。
 V・マッケーティ元CIA副長官付上級補佐官は『ユダヤの告白』の中でADLについて次のように語っています。
 「アメリカにおけるADLの力は凄いものがある。ADLはどのような人でもしかるべき地位や仕事を与えることが出来、逆にそこかあ引きずり下ろすことも出来る。また企業をも成功あせることも失敗させることも自在に出来る。今日のウォール街はADLや、いわゆるユダヤ人『新興勢力』のなすがままになっている。アメリカ国内に張り巡らされたユダヤ組織網を使うことで、ADLは議会のメンバーを文字通り当選させることもクビにすることも好きなように出来る力を持っている。マスコミの人たちも、ADLとADLを支持する人々に脅えながら仕事をしている」


偽りのルシタニア号事件

 
〔1915年〕アイルランド沖を航行していた英国籍の客席ルシタニア号がドイツ海軍のUボートから放たれた魚雷によって沈没し、米国人128人を含む1198人が犠牲となりました。
 ところがルシタニア号の積み荷には173トンの弾薬があり、当時の国際法に照らし合わせると、ルシタニア号は攻撃を受けても仕方ありませんでした。ドイツ大使館も事前に米国民に「船に乗るな」と警告を発していたのです。
 しかし、ウィルソン大統領は弾薬の積載を認めず、積み荷の目録を開封禁止にしました。
 最近行われた海底調査で、沈没したルシタニア号の船内には違法な武器と火薬が積載されていたことが判明し、やはりルシタニア号が国際法に違反していたことが証明されています。
 当時のハウス大佐と英国外交官エドワード・グレイ卿の会話記録が残っています。
 グレイ「もしドイツ軍が米国旅客船を沈めたらどう反応するだろう?」
 ハウス「怒りの炎が米国中に広がり、我々を着実に戦争へと導くだろう」
 つまり、米国は第一次世界大戦への参戦に反対する世論を変えるために、自国民が犠牲になることを知りながら、わざとドイツに攻撃させたようです。


ロスチャイルドの「中東三枚舌外交」

 
〔1915年〕オスマン・トルコ帝国の支配地域である中東で、アラブ人の蜂起によりトルコを背後から脅かしたい英国の外交官ヘンリー・マクマホンが、アラビア半島の遊牧地で聖地メッカの太守であるフセインにアラブ人国家の樹立を約束します。これをフセイン=マクマホン協定と言います。
 翌16年には、英国の中東専門家マーク・サイクスとフランスの外交官フランソワ・ジョルジュ・ピコが、エルサレム−バクダット線より北方はフランスの統治、南方は英国で統治するという秘密条約を結びます。これはサイクス=ピコ条約と言われています。
 さらに翌17年、英国の外務大臣アーサー・バルフォア卿がライオネル・ロスチャイルドに「ユダヤ国家樹立」を約束する書簡を送っています。これをバルフォア宣言と言います。
 そしてこの年、イギリス軍がエルサレムに入城し、アラブ人の力を借りてオスマン・トルコ帝国による約400年のパレスチナ支配を終結させました。
 フセインにアラブ人国家の樹立を約束し、ジョルジュ=ピコとは北方のフランス統治を約束、ライオネル・ロスチャイルドにはユダヤ国家の樹立を約束するという、この「イギリス三枚舌外交」が今日のパレスチナ問題の大きな原因となっています。
 ここに登場するマクマホン、サイクス、ジョルジュ=ピコ、バルフォア、なんと全員がロスチャイルド一族です。これは知ったらアラブ人たちは、きっと怒り心頭でしょうね。


ロシア革命の真相

 
[1917年]ロシアでボルシェビキ革命が起き、帝政ロシアのロマノフ王朝が倒れ、ソビエト連邦が誕生します。革命を主導したレーニンやトロツキーに資金提供したのがブンド(ユダヤ人労働総同盟)とジェイコブ・シフやポール・ウォーバーグなどの国際銀行家でした。レーニンは1918年から1922年までの4年間に4億5000万ドルをクーン・ローブ商会に返済してます。
 1913年10月にウィーンで発行されたユダヤ機関紙『ハンマー』の記事にはロシア革命が予言されていました。
 「ツァーはキエフにおいてユダヤ人に対する徹底的な撲滅政策を決議した。運命はこの大闘争の結果にかかっている。ただしそれはユダヤ人の運命ではない。何故ならユダヤ人が負けることなど無いからである。それはただツァーの運命に過ぎないというだけのことである。ツァーの勝利はその終焉の発端に過ぎない。逃れる道は無いことを知るべきである。このことを良く飲み込んでおけ。我々はキエフにおいて、全世界に向かって我らに侮辱を与えるものを容赦しないということを示そう。
 もしユダヤ人が今までにロシアに革命を起こす事実を隠す政策をとっていたのならキエフ事件におけるツァーの態度が判った今日、その政策は捨てるべきである。この事件の結果がどうであろうと、ツァーに対しては容赦しない。それが我々ユダヤ人の決心である」
ソ連政府の各委員会の構成.jpg
ソ連政府の各委員会の構成

 
上の表を見ると、ロシアでは極少数派であるユダヤ人が、いかにソ連の要職を占めていたかがわかると思います。共産党幹部たちはロシア名を付けていても、本当はユダヤ人でした。
[ソ連高級委員のユダヤ人のロシア名]
●レーニン⇒ウリヤーノフ
●トロツキー⇒ブロンシュタイン
●カーメネフ⇒ローゼンフェルト
●ジノビエフ⇒アプヘルバウム
●メシュコフスキー⇒ゴールドバーグ
●ラジュヌキイ⇒ラッシュマン
●ステクロフ⇒ナハムケス
●ラデック⇒ゾーベルソン
●ダーセフ⇒ドラプキン
●スハノフ⇒ギンメル
●ゴーレフ⇒ゴールドマン
●マルトフ⇒ゼデルバウム
●ボグダノフ⇒シルバースタイン
●リトヴィノフ⇒フィンケルスタイン(出典:英紙『モーニングポスト』)

 ここでアルバート・パイクの未来計画を思い出してみましょう。
 〈第一次世界大戦は、ツァーリズムのロシアを破壊し、広大な地をイルミナティのエージェントの直接の管理下に置くために仕組まれることになる。そして、ロシアはイルミナティの目的を世界に促進させるための“お化け役”として利用されるだろう〉
 まさにその通りですね。


謀略に陥った日中戦争

 
[1919年]モスクワでボルシェビキとユダヤの合同会議が開かれ、日支戦争計画案が採択されます。その内容は次の通り(渡辺悌治『ユダヤは日本に何をしたか』成甲書房より)。
@日本と支那の内部破壊を図る。
A支那に反日運動を起こさせる。
B日支武力闘争から、ソ連、米国が干渉する戦争へと発展させて日本を倒す。
C欧州に社会革命を起こさせる第二次の世界大戦を計画する。

 [1924年]ソ連は中国に国民党の軍官学校を設立させ、校長に蒋介石を紹介します。
 翌25年には、モスクワに中国人留学生のための中山大学を設立。毎年数百名の共産主義者が中国へ送り返され、コミンテルンの指揮下で反日運動を展開しました。
 コミンテルンとは、ジュセッペ・マッチーニによる青年運動の流れを汲む、世界に革命を広げるための国際的共産主義組織です。つまり、中国の覇権を争った国民党も共産党も、ともにコミンテルンによって設立されたわけです。まさに「両建て作戦」ですね。

 [1937年]日中戦争の発端となった盧溝橋事件が起きます。1939年に興亜院政務部が作成した「盧溝橋事件に関するコミンテルンの指令」という資料が残っています。

@あくまで局地解決を避け、日支全面戦争衝突に導くこと。
Aあらゆう手段を利用し、局地解決や日本への譲歩によって支那の解放運動を裏切る要人は抹殺すること。
B下層民衆を煽動して、国民政府を対日戦争開始に追い詰めること。
C対日ボイコットを拡大し、日本を援助すう国はボイコットで威嚇すること。
D紅軍は国民政府軍と協力する一方、パルチザン的行動に出ること。
E共産党は国民政府下級幹部、下士官、兵士及び大衆を獲得し、国民党を凌駕する党勢に達すること。
 こう見ると、日中戦争はコミンテルンの策略の結果であったことは明らかだと思います。


国際連盟

 
[1917年]米国で、アメリカ・シオニスト機構が誕生します。
 アメリカで最も尊敬されてた非ユダヤ人(マラーノだという説もあります)の法律家ルイス・ブランダイス(のちの最高裁判事)が総裁となり、シオニスト運動に勢力を注ぐようになってから影響力が増大しました。ちなみにこのブランダイスは、日本国憲法の事実上の草案作成者でもあります。

 [1918年]第一次世界大戦が終了します。
 11月にウィルソン大統領の十四カ条の平和原則≠ドイツが受け入れたことで休戦が成立したのですが、この十四カ条の平和原則≠ヘルイス・ブランダイスが作成しました。
 この提案の中あった国際平和機構が、のちに国際連盟となります。
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シオニスト運動に力を注ぎ、日本国憲法の草案作成者でもあるルイス・ブランダイス。

 
[1919年]戦後賠償問題を取り決めるパリ講和会議が始まります。
 会議で臨むウィルソン大統領の顧問団は、ウォール街の銀行家と国際共産主義者から構成され、米国の議員は民主党員さえ同行していませんでした。
 パリ講和条約の主要部分を決定したのは、バーナード・バルーク、フィリップ・サスーン卿、ジョルジュ・マンデル(本名ジェロボーアム・ロスチャイルド)の三人で、彼らは国際労働者会議を発足させ、賠償委員会を準備し、パレスチナをユダヤ人に与え、世界連盟と国際裁判所を作りました。
第一次大戦で敗北したドイツは、戦時賠償金として1320マルクという戦前のGDPの3倍近い金額を要求されましたが、その支払先はモルガン商会でした。なぜなら、英国が戦時中にモルガン商会から多額の借金をしていたためであり、ドイツからの賠償金はその返済に充てられたのです。米国と英国が作った賠償委員会は、実は、ほとんんどがモルガン商会などの銀行家によって構成されていました。
 この巨額の賠償金を支払うため、ライヒスバンク(ドイツ中央銀行)は国債と交換い通貨を乱発。ハイパーインフレが起き、1923年には物価が20億倍に跳ね上がりました。
 この驚異的なインフレがヒトラー政権の誕生につながります。
 パリ講和会議では、アラブ代表ファイサルがバルフォア宣言を了承するというワイツマン=ファイサル協定も結ばれました。これにより、アラブ人の反英・反ユダヤ闘争が始まります。
 では、再びロスチャイルドの世界革命行動計画を見てみましょう。
 〈J自ら戦争を誘発しながら、敵対するどちら側にも領土の獲得が生じない和平会議を主導しなければならない。戦争は対立する双方の国家がさらに負債を抱え込み、我々の代理人の手中に落ちるよう主導されあければならない〉

 [1919年]ロンドン金属取引所でロスチャイルド5社による金取引の独占支配権が確立されます。ロスチャイルド5社とは、N・M・ロスチャイルド、サミュエル・モンタギュー商会、シャープス・ピクスレイ、ジョンソン・マセソン、そしてモカッタ&ゴールドシュミットです。

 同じく1919年、ドイツでナチ党、イタリアでファシスト党が結成されます。
 ナチスは、アヴェレル・ハリマン、プレスコット・ブッシュ、J・P・モルガン、ウォーバーグ兄弟、シュローダー兄弟など、ウォール街とシティの国際銀行家たちから莫大な資金を受け取っていました。また、国際決済銀行もナチスの財源確保に加担しました。

 [1920年]国際連盟が設立されます。
 シオニスト運動指導者ナホム・ソロコウは「国際連盟はユダヤ人の発想である。25年の戦いの後それをつくった」という発言を残しています。

 [1921年]米国で外交問題評議会(CFR)がエドワード・マンデル・ハウスによって設立されます。
 初代会長はポール・ウォーバーグで、創設会議にはジェイコブ・シフ、J・P・モルガン、バーナード・バルーク、アヴェレル・ハリマン、ジョン・D・ロックフェラー、ウォルター・リップマン、ジョン・フォスター・ダレス、アレン・ダレス、クリスチャン・ハーターなど錚々たるメンバーが参加しました。
 以降、米国政権の要職はCFRのメンバーによって占められます。


世界恐慌から世界金融支配のためのBIS設立へ

 
[1929年]ウォール街の大暴落をきっかけに世界恐慌が始まります。
 その原因は、1920年代にFRBの指示で銀行が信用創造量を増やしたことによります。融資の担保は主に株券であり、その結果、株価は高騰、バブルが発生します。株価がピークを迎えると、FRBは一転して銀行の信用創造を厳しく抑制。お金の流通量をわざと減らして大恐慌を引き起こしました。このことはミルトン・フリードマンはじめ多くの経済学者が指摘しています。
 この恐慌により1万6000もの銀行が倒産し、そのほとんどはモルガンとロックフェラーが吸収・合併していきました。また、紙切れ同然となった企業の株券も買い占め、両者の独占状態になります。銀行や企業だけでなく、融資を返済出来なくなった農家も広大な土地を没収されたため、飢饉が発生します。この土地の多くもウォール街の金融財閥の関係企業に買い取られました。

 [1931年]景気回復という名目のもと金の回収が行われます。懲役10年という罰則のもと、米国民全てが金貨や金塊を財務省で紙幣と交換することを義務付けられました。そして、1939年末には兌換紙幣が廃止され、紙幣と金はもう交換出来なくなりました。つまり、合法的に金の強奪が行われたのです。
 金融危機を防ぐ名目で設置されたFRBでしたが、連邦準備制度が成立してから、1921年、1929年の株価暴落、そして1929年から1939年の大恐慌、1953年、57年、69年、75年、81年の景気後退、89年のブラックマンデーを経験し、1000%のインフレでドルの購買力の90%が破壊されています。つまり、FRBは何の役にも立っていないのです。
 再びロスチャイルドの世界革命行動計画を見てみましょう。
 〈N我々の力を行使すれば、失業と飢えが作り出され、大衆に圧し掛かる。そうすれば、確実な資本の支配力が生じる〉
         

 
[1929年]中央販売機構CSOが設立され、ロスチャイルドによるダイヤモンドの世界的独占支配が確立します。
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 [1930年]中央銀行の中央銀行である国際決済銀行(BIS 通称バーゼル・クラブ)が設立されます。
 BISの前身は、パリ講和会議でドイツに苛酷な賠償を課した賠償委員会です。
 BISは、毎月、各国の中央銀行総裁が集まって、国際金融上の諸問題、マクロ経済の調整について話し合う場とされていますが、中央銀行総裁が毎月集まれるはずもなく、実際は事務局が取り仕切っています。その事務局長は、代々、ロスチャイルドのフランス二百家族≠ゥら出ています。
 下記の図は世界の金融支配構造を表したものですが、頂点にはシティを動かすロスチャイルド一族を中心とした国際金融資本カルテルがあります。
 その下に中央銀行の中央銀行であるBIS。
 その下にECBやFRB、それに日銀など各国の中央銀行があります。
 その下が市中銀行ですね。
               ↓まぁ、この「目」はもう死んだけどね。私のグングニル百裂拳で。
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世界金融支配構造。
自由市場など幻想に過ぎない。世界の金融は全て一握りのグループの支配下にあるのだ。


 さらにその下に証券や債券、商品などを扱う一般の市場があります。
 各業種の成長力をコントロールするのは銀行融資による信用創造量です。例えば、エネルギー産業を伸ばしたいと思っても、そこにお金が投資されなければ、伸びることは出来ませんよね。だから、彼らが独占している石油や原子力を脅かす新エネルギーなどにはなかなか投資されないのです。逆に、彼らが伸ばしたい産業に研究費や設備を重点的に投資することで、その産業を伸ばすことも可能です。ですから、信用創造量を通して経済はコントロールすることが出来るのです。
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各業種の成長力をコントロールするのは銀行融資による信用創造量。


ナチス・ドイツ

 
[1931年]満州事変が勃発します。この年、フランシス・リンドレーが駐日イギリス大使として着任。翌年にはジョセフ・グリューが駐日アメリカ大使として着任しています。
 このグリューはモルガン一族、リンドレーはロスチャイルド一族です。そして、両者が共にモルガン・グレンフェルの代理人でした。
 [1933年]ドイツでナチスが政権を握り、ヒトラーが首相に就任。翌年、総裁となります。
 同じく1933年、フランクリン・D・ルーズベルトが米国大統領に就任します。
 ルーズベルトは、世界初のケインズ政策であるニューディールを実施。ケインズ政策とは、政府による財政出動で有効需要を創出するといもので、下記のような経済刺激策を行いました。
●テネシー渓谷開発公社などの公共事業
●民間資源保存団による大規模雇用
●全国産業復興法による労働時間の短縮や最低賃金の確保
●農業調整法による生産量の調整など
 ニューディールに関しては評価は分かれます。というのは、効果が実証される前に第二次世界大戦が始まってしまい、その軍需特需で景気が回復したからです。
 確かな事は、戦後、日本のようにケインズ政策を取り入れた国が多く出たこと。
 ニューディールによって200万ドルもの赤字が出たこと。
 この景気対策によってルーズベルトは絶大な支持率を獲得したこと。
 そして、その支持率を背景にルーズベルトが米国を第二次大戦参戦へ導いたことです。
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アドルフ・ヒトラー

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フランクリン・D・ルーズベルト

 
[1939年]第二次大戦勃発。
 ナチス・ドイツはソ連と不可侵条約、翌年にはドイツ・ソ連通商協定を結び、ヒトラーは「賎しいユダヤ人」「呪うべき共産主義者」と攻撃していたはずの共産主義ソ連と手を組んで、石油・貴金属・穀物の供給を受けました。
 ドイツは日本と同じで石油が出ないので、ドイツに戦争を止めさせたければ石油の供給を止めればいいのです。しかし、ドイツにソ連のバクー石油から石油を供給して戦争を継続させたのは、ロスチャイルド=ノーベル財閥の石油会社シェル(敵国である英国籍)でした。
 ドイツとの奇妙な関係は、これだけではありません。ナチスにユダヤ人を迫害させたのはシオニストだという証言が、ユダヤ人を中心にたくさん出ています(出典;ヘブライの館2「ナチスとシオニストの協力関係」)
http://hexagon.inri.client.jp/floorA6F_hd/a6fhd300.html

 [マーク・レイン](反シオニズムのユダヤ人)
 「ヒトラーはユダヤ人絶滅命令を1回として出していない。彼が部下い命じたのは追放するのみであった。そのユダヤ人追放が大量に達したとき、ヒトラーは当時のシオニズムの指導者であったハイム・ワイツマン(世界シオニスト機構・総裁、のちに初代イスラエル大統領)にある取引を申し出た。ユダヤ人たちをそちらに渡す代わりにドイツへ経済援助を求めたのである。これは歴史的事実である。しかし、ワイツマンはそれを断った。ユダヤ人たちが迫害され、あるいは殺されることによってそれがイスラエル建国のバネとなり、また戦争後のユダヤ人たちが世界にアピールしていくときのバネになると、彼はハッキリ答えたのだ」

 [ナイム・ギラディ](ユダヤ人ジャーナリスト)
 「いつでも歴史において犠牲になるのは特権階級ではない、金持ちでもない、指導者たちでもない、一般庶民たちなのである。ナチス・ドイツの犠牲となったのは、そのような哀れむべきユダヤ人たちだった。しかしシオニスト指導者たちは、その犠牲となったユダヤ人たちの上に立って自分たちの主義主張を今に至るまで展開しているのである。言葉を換えれば、一般のユダヤ人の犠牲を利用していると言っても過言ではないだろう」

 [ハビブ・シーバー](イスラエル建国の功労者、のちに反シオニスト)
 「反ユダヤなどというものは、この世界のどこにもない。反ユダヤはシオニストたちが自分たちの都合のために作り出す騒ぎなのである」

 [元ナチス高官]
 「アイヒマンはシオニスト・ユダヤ人について知り過ぎていた男だった。ヒトラーはユダヤ問題解決のため
アメリカやイギリスと極秘のうちに話し合いを進めていた。その時の連絡係を果たしたのがアイヒマンだった。役目上彼は国際ユダヤ組織のトップたちと何度となく話し合っている。そして彼らの考えを克明に記録したのだ。アイヒマンは彼らに対して、もしアメリカもイギリスもユダヤ国家建設に協力しないなら、ドイツとしては彼らを隔離するために収容所に入れざる得ないだろうとまで言った。すると彼らは反対するどころか、大賛成の意を表明したのだ。さすがにアイヒマンもこれにはビックリしていた。彼らのうちの誰が何を言ったかまでアイヒマンは記録していた」

 ホロコーストという言葉は、ナチスによるユダヤ人大虐殺と同義に使われますが、本来は「神に捧げる犠牲」という意味です。ユダヤ人600万人がナチスに殺されたというのは誇張があるかも知れません。何故なら、戦前のユダヤ人の人口は約1600万人、戦後は1470万人と、人口を比べると130万人ほどしか減ってないのです。その上、ソ連領内で100万人おユダヤ人が減っていることがヨハネス・ロスクランツの調査によって確認されています。
 他国への移住者も数多くいたので、せいぜい数万〜数十万人でなければ計算が合いません。強制収容所内での飢えや病気が原因の死亡者も多くいたと思われます。ただ、ある種のユダヤ人が迫害を受けたことは事実で、シオニズムに反対したユダヤ人たちはイスラエル建国のために、まさしく「神に捧げる犠牲」とされたようです。

 1939年、原爆製造のマンハッタン計画がスタートします。
 ウランの調達は、アフリカのベルギー領コンゴ、カナダのグレートベア鉱山、アメリカのコロラド州カルノー鉱山で行われましたが、3箇所ともロスチャイルドの支配下にある鉱山でした。
 マンハッタン計画の監督を務めたのが、ロスチャイルド一族でハンブローズ銀行のチャールズ・ジョスリン・ハンブローです。
 また、マンハッタン計画は、核物理学や資源確保という面で国際的な作戦計画であり、そのリーダーは、のちに国際原子力機構(IAEA)を創設するベルトラン・ゴールドシュミットでした。ベルトラン・ゴールドシュミットの妻の名は、ナナミ・ロスチャイルドです。


銀行家たちの罠に落ちた真珠湾攻撃

 
1941年12月7日、日本軍による真珠湾攻撃により米国との戦争が始まります
 世論調査では米国民の97%が欧州戦争参戦に反対していたので、ルーズベルトは大統領選で再選される前に「攻撃を加えられた場合を除いて」外地での戦争に息子たちを送りはしないと繰り返し発言していました。
 その2ヵ月後、大統領主席補佐官ハリー・ホプキンスは、英国首相チャーチルに「我々が共同してこの戦争を勝ち抜くことを大統領は決意してます」と伝えています。
 この矛盾を解消するため、敵国から攻撃を受けて、仕方なく「参戦せざる得ない」状況を作る必要がありました。
 再びロスチャイルドの世界革命行動計画です。
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戦艦オクラホマに魚雷が命中した瞬間。

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炎上するアメリカ戦艦アリゾナ。日本はアメリカの参戦を望むロスチャイルドら銀行家たちの策略にはまって真珠湾を攻撃した。

 
〈代理人は大衆受けのするスローガンを生み出せるよう訓練されなければならない。大衆には惜しみなく約束しなければならないからである。約束された事と反対の事は、のちになれば常に行える〉
 日本を追い詰めて米国に宣戦布告させれば、三国協定により自動的にドイツ・イタリアとも戦えるようになります。
 11月26日、日本が日露戦争以降に東アジアで築いた権益の全てを放棄することを求めたハル・ノートを突き付けられ、日本は米国との交渉打ち切りを決定。戦争を決意します。
 このハル・ノートの作成者は、財務次官ハリー・デクスター・ホワイトでした。国務長官コーデル・ハルも提案書を書いていたのですが、ソフトな内容だったために、より過酷な内容のホワイト案の方をルーズベルトは採用しました。
 のちにハリー・デクスター・ホワイトはソ連のスパイであったことが発覚して逮捕されています。その時明らかになったことは、ホワイトがソ連から指示を受けてハル・ノートを作成したということです。(鬼塚英昭『原爆の秘密』成甲書房によれば、ホワイトはロスチャイルドの血族との説もあるようです。)
 当時、共和党議員の90%、民主党議員の50%が戦争に反対していたため、ルーズベルトは議会には内緒で戦争を挑発するようなハル・ノートを日本に提示しました。
 日本は開戦した場合「まず真珠湾の米艦隊を叩く」という戦略を1941年1月いは固めていましたが、この情報は駐日大使ジョセフ・グルーを通して国務長官コーデル・ハルに伝えられていました。
 日本では、大使館というと親善を深める場所だと思っている人が多いようですが、世界の常識としては情報収集が行われる機関で、スパイの巣窟なのです。
 ちなみに、コーデル・ハルはジェイコブ・シフの親戚です。
 ハル・ノートを突き付けられる前日、11月25日付の陸軍長官ヘンリー・L・スティムソンの日記には「問題は如何に彼らを誘導して、我々があまり大きな損害を蒙ることなく、最初の弾を打たせるかだ。これは難しい計略だ」と書かれていました。
 同じく11月25日、ルーズベルトの秘書ヘンリー・シンプソンが、ルーズベルトの会話記録を残しています。
 「問題はどうやって我々が日本に先制攻撃をさせるかである。日本に先制攻撃を仕掛けさせ、どちらが侵略者かを明確にさせることが理想だ」
 ワシントンの現地時間で12月6日午後3時、日本の宣戦布告文が14部に分割されて、順次ワシントンの日本大使館に送信されましたが、それらは同時に傍受・解読されて、午後9時30分にはルーズベルト大統領のもとに届けられていました。
 しかし、ワシントンからハワイへは何の情報も無いまま、12月7日7時52分に攻撃が始まり、米太平洋艦隊は艦船16隻が大破、航空機188機が破壊され、2273人が死亡、1119人が負傷しています。
 米国本土では、これを機に反戦ムードが一転。翌8日に米国議会は日本に対する宣戦布告を決議。
 その3日後にはドイツ・イタリアへも宣戦布告しています。


ドルを世界基軸の通貨に

 
[1944年]まだ戦争が終わってない段階で、戦後の国際通貨体制に関する会議、ブレストン・ウッズ会議が開かれました。
 英国代表は経済学者のジョン・メイナード・ケインズ、米国代表はハル・ノートの作成者、財務次官のハリー・デクスター・ホワイトでした。ケインズはフェビアン社会主義者で、ホワイトは国際共産主義者です。社会主義者と共産主義者が協議して戦後の資本主義体制≠決定するという実に不可思議な会議でした。
 この会議を取り仕切ったのが、米国財務長官のヘンリー・モーゲンソーJr.です。ヘンリー・モーゲンソーJr.は日独に苛酷な賠償請求を課したモーゲンソー・プランの提唱者で、父親はロスチャイルド一族の銀行家ゴールドスミス家、母親はロスチャイルド一族の鉱山王グッゲンハイム財閥の出身という人物です。

 このブレストン・ウッズ会議で、ドルが世界基軸の通貨と定められました。
 基軸通貨を説明する前にシニョリッジについて説明しておきましょう。シニョリッジとは通貨発行益と言われ、通貨発行者だけが独占的に得ることが出来る利益です。例えば、金1g=1000円の時、金1gを使って2000円金貨を鋳造すれば、貨幣発行者は1000円の差額を利益として得ることが出来ます。現在では、お金を作る費用は印刷代と紙代だけですから、ほとんどまるまる差益となります。
 つまり、世界の基軸通貨という地位を得た米国は、ドルを印刷うるだけで世界中から好きなものを手に入れることが出来るのです。


途上国を支配するIMFと世界銀行

 
このブレストン・ウッズ会議では、国際通貨基金(IMF)と世界銀行の創設も決まりました。
 この両機関は、WTOと共にグローバリゼーションを推進する中心勢力であり、同時に途上国を支配する機関でもあります。
 かつての植民地は、戦後、次々と独立を果たし、工業発展途上国と呼ばれるようになりました。この名前の通り、途上国はもともと資源供給地にされていたので、工業技術力では相手にならないほど差をつけられていました。それに、輸送手段と販路を既に握られているので、先進国のように世界各地へ売りさばくおとが出来ません。貿易で豊かになろうと思えば一次産品の輸出を続けるしかなく、百数カ国の途上国がたった30品目程度しかない一次産品を競って輸出したため、60年代以降に価格は暴落します。慢性的な赤字を抱えるようになった途上国は、IMFや世界銀行から借金をするのですが、その際、構造調整プログラムというものを受け入れることを条件にされ、債務国は自国の経営権を失うことになります。
 その構造調整プログラムの内容は次のようなものです。
●緊縮財政(医療、教育、福祉、保険、環境整備予算の削減、あるいは公務員の解雇、賃下げ)
●付加価値税などの増税
●公的企業の民営化(教育機関や医療機関も含む)
●生産性や外貨を向上させる産業の促進(森林伐採、ダム建設、換金作物と呼ばれるコーヒー、ココア、サトウキビ栽培など)
●高金利や通貨切り下げ
●各種規制暖和を始めとする、金融、投資、貿易の自由化

 つまりは、医療、教育、福祉などの補助や環境保護、公的サービスを切り詰めて借金を返済させる。
 増税して国民からお金を集め借金を返済させる。
 利益を上げられるような公的部門は売却して、その収入で借金を返済させる。
 自然を外国企業に売って借金を返済させる。
 自国民が食べる食料を作るのを止めさせ、外貨が稼げる兌換作物を作らせ、それを外国に売って借金を返済させる。債務の返済は、ドル、ユーロ、ポンド、円など国際市場で他国の通貨と自由に交換出来るハードカレンシーで行わなければならないので、外貨獲得のため、唯一外貨を稼げる一次産品を生産・販売することになります。そうするとさらに価格は暴落。それでも借金は返済しなければならないのでダンピングして輸出します。こうして、食べ物を作っているにも関わらず、その作っている人が飢えて死ぬという「飢餓輸出」と言われる現象が起こりました。
 通貨の価値を下げ、輸出を増やし輸入を減らして貿易黒字にし、その黒字で借金を返済させる。しかし、通貨を切り下げると、自動的に借金は何倍にも膨らみます。例えば、100分の1にに切り下げられれば、借金は自動的に100倍に膨らむのです。こうして途上国は借金地獄へ落ちていきます。
 そして、規制を暖和して多国籍企業が参入しやすい環境を整える。
 このような政策が強要され、途上国は再び債務という鎖に繋がれた奴隷と化したのです。
 米国による新植民地主義の手口を例として見ておきましょう。
 まずは米国が資金提供し、あるいは軍事力で、民主化運動を弾圧し、親米の独裁政権を作り上げます。
 その親米政府に様々な法律を作らせ、外国企業が自由に土地を使い、高い利益を上げられる環境を作ります。
 軍隊を使い、虐殺行為を繰り返し、特定の地域の住民を追い出し、土地を外国企業のために確保。その国からは多額のODA(政府開発援助)が親米政府に出されます。
 そして、空いた土地に続々と外国企業が進出。外国企業は、人権無視、環境破壊等を行って経済効率を高め、油田・鉱山・食物プランテーション開発、木材伐採を行います。
 こうして多国籍企業は、自らの手を汚すことなく侵略を実現し、資本を広げ、利益を得られるのです。
 土地を奪われた人たちは抵抗勢力となって戦いますが、それはテロリスト≠ニ呼ばれ圧倒的軍事力で弾圧されることになります。
 再びロスチャイルドの世界革命行動計画を見てみます。
 〈ゴイム(豚)からその不動産、産業を奪うため、重税と不当競争を組み合わせてゴイムの経済破綻を引き起こさなければならない。国際舞台においてゴイムが商売出来ないように仕向けることは可能である〉

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2012年05月22日

キリストの人相(ここでのキリストとはイスキリである)。本来のユダヤ教の神はバールだったか・・・

『イエスの謎』(学研)P28〜
(誤謬改訂:佐藤高央)

英BBC番組が「イエス・キリスト」の顔を再現  2001.03.28←「当たり前」の話だが、イエスは「いばらの冠」などつけていない。
イエス2.jpgルシファー(Lucifer).jpg
イエスの本当の顔                               イエスが喜んで魂を売ったルシファー

2012年5月21日 22:57

※キリスト佐藤高央は「正式にイエスを悪魔崇拝者認定」し、キリストとは認めない。何故なら私が真のキリストだからである。

APによれば、
英BBCが4月から放送するド キュメンタリー番組『神の息子』が、実在したナザレのイエスと新約聖書の記述を科学的・考古学的 に検証する。番組では、イエスと同時代のイスラエル男性の骨格標本をもとにイエスの顔を復元。中東男性らしい顔つきをした「イエスの顔」を放送す る。欧米で定着しているイエスのイメージは、金髪 碧眼(へきがん)などヨーロッパ人に近い姿なだけ に、視聴者のとまどいが予想される。 BBCの番組制作を担当したマイケル・ウエイク リン氏は、「福音書の記述を歴史的に再検証しよう という動きとともに、最新の考古学的発見や科学技 術が使えるようになっている。おかげで、イエス・キ リストの本当の物語が、より新鮮によみがえってき た」と話す。 番組内で放送される「イエスの顔」は、マンチ ェスター大学法医学教室が、2000年前のイスラ エル人男性の頭がい骨から復元したもの。髪や肌の色や質感は、西暦3世紀に描 かれ たフレスコ画に残るイスラエル人男性の姿を参考にした。 その結果表れた「イエスの顔」は、黒い巻き毛と濃い肌色の、丸顔で丸い鼻をした中東の男性のものだった。
とのこと。でもこれって、イエス・キリストの顔というより、イエス・キリストの時代のイスラエル人の顔でしかない。イエス・キリストもイスラエル人であるから似た風貌はしていたかもしれないが、...


おまけ
真の大天使ウリエルを認めない悪魔の司法府サンヘドリンの一つイエズス会日本支部イグナチオ教会。
大天使ウリエル3.jpgイグナチオ教会2.jpg
真の大天使ウリエル。


ロンドンのニープン・シンクレア氏はイエスの子孫だと主張しているが、ロスチャイルドはヨーロッパの王侯貴族や財閥と婚姻関係を結み、そこから民間人に至るまで血縁関係は及んでいるので、シンクレア氏に限らず、イエスの子孫は無数に存在すると推測できる。

シオン修道会は、イエスとマグダラのマリアと結ばれて子を設けていたことを最大の秘密として守ってきたという話だが、この真意を理解している人がどれだけいるだろうか。

シオン修道会はキリスト教系のフリーメーソンだが、イエスを神として崇めてはいない。 ←そりゃそうだ。悪魔だからな。
つまり、イエスだけが神の子ではなく、総ての人間に神(キリスト)が宿っているという、イエスの教えを理解しているのだ。
つまり、シオン修道会は本当のキリスト教を伝承する秘密結社なのだ。

だが、そこから更に突っ込んだ推測をすると、シオン修道会は真のフリーメーソン、即ちカッバーラ集団である。

マグダラのマリア信仰の総本山であるフランスのレンヌ・ル・シャトーのマグダラのマリア教会には悪魔の像(バフォメット)があり、シオン修道会の古文書が発見されている。
レンヌ・ル・シャトー.jpg
フランスのレンヌ・ル・シャトー。ここではバフォメット崇拝が行われている、フリーメーソンである。

バフォメット2.jpgマグダラのマリア.jpg
バフォメット                マグダラのマリア

キリスト教では異教の神を悪魔と見なし、本来のユダヤ教の神バールが堕天使ルシファーにすり替えられたように、バフォメットも明らかにマホメットを語源としている。

これはマグダラのマリアが悪魔の血統であることを意味しているのだろうか。
或いはマホメットの血統だったか、イスラム教徒だったのだろうか。
マグダラのマリア2.jpg
悪魔崇拝のマグダラのマリア

また、マホメットはイスラエルと同じくアブラハムの子孫でセム族だが、エジプト人の血も入っている。

つまり、マホメットもカナン人の血統でもあるといえ、サラがマホメットと同じくセム族(イエス)とカナン人(マグダラのマリア)の間に出来た子を意味するのだろうか。


また、マグダラのマリアの像には必ずドクロがセットになっている。

このドクロは亡き夫イエスを意味するのか、或いは死神(悪魔)の系譜であることを意味するのだろうか。

エジプトで発見されたキリスト教に関する古文書ナグ・ハマディ文書では、イエスとマグダラのマリアの親密な関係を伝えているが、何故エジプトなのか。

マグダラのマリアが、エジプトのカナン人だったからだと考えるのが自然だろう。

シオン修道会は、死海文書やグノーシス主義、日月神示でいう善と悪の役割を理解し、サラの血脈を知っていて、またそれがこの世の悪の御用の働きをすることで、再臨のイエスが千年王国を樹立する為に、重要な役割を果たすことを熟知している可能性が高い。

また、ロスチャイルドなどのユダヤ財閥24家族のルーツがカナン人に求められることを説明したが、彼らがイスラエル2支族として重要な役割を果たすことを考えると、1つの可能性として、彼らはもともとセム族のユダヤ人で、そこにカナン人が混ざったと考えることもできる。


『イエスの血統―レクス・デウスと秘められた世界史(青土社刊)』によると、ダビデとソロモンの血脈に、エルサレム神殿の大祭祀を務めてきた24の家門があり、イエスに繋がる血脈だとされているが、それがユダヤ財閥24家族に繋がっている可能性は十分ある。

ついでに少し興味深い話を紹介しておくと、エルサレム神殿の24家門の大祭司が、全寮制の男子校と女子校の教鞭を執っていたという。

男子校の卒業生は大祭司、律法学者、イスラエルの指導者になることが定められ、教師である大祭司は階級にしたがってミカエルやガブリエルなどの天使の称号が与えられたという。

女子校の役割は24家門の大祭司の純血を保つことで、女子生徒に妊娠させることを目的としていたという。

そして、ミリアムという女子生徒が大祭司ガブリエルの子を宿し、その後、ダビデ家系のヨセフの許に嫁いだという。

つまり、天使ガブリエルから受胎を宣告されてイエスを処女懐妊した聖母マリアとは、大祭司ガブリエルとの聖婚後にヨセフに嫁いだミリアムだったというのだ。


※ここからが勘違い。

イエス→【イスキリ】の処刑により、「正統なダビデ家系の祭司王による王国建設運動は一度途絶えたが、シオン修道会では、メロヴィング王朝こそがサラ(イエスとマグダラのマリアの子)を始祖とする正統な血脈とされ、その血脈を守り、この神聖王朝をヨーロッパに樹立することを目的としているという」。←この論自体が破綻している。

つまり、フリーメーソンの世界共和国の思想の原点は、イエスの血統であるメロヴィング王朝の復活運動なのだ。

改めて紹介するが、「ユダヤ」←「真っ赤な嘘」の王イエスは「戦争を起こす為に生まれてきた」と語っている。

その系譜を受け継ぐのがユダヤ財閥であり、ユダヤ財閥が中枢として動くシークレット・ガバメント(軍産複合体)なのだ。

上記のように、全ての大前提が間違っていることは明白である。


また、イルミナティの創設者アダム・ヴァイスハウプトは次のように述べている。

「我々の秘密を見よ。

キリスト教と全宗教を破壊する為に、我々こそ唯一真の宗教を保持していると宣伝してきた。←「アホ丸出しだな。」

目的は手段を正当化する事を忘れてはならない。
悪人が悪を行う為に採用するあらゆる手段を、賢人は善を行う為に採用すべきである。

それは秘密結社によってのみ実行可能である。
秘密結社は、徐々に各国の政府を掌握する。

その為に、悪人が下劣な目的を達成する為に用いる手段を全て用いる。
本指令の目的は、キリスト教を完全に破壊し、全ての市民政府を転覆する事である。

だから暴力革命の遂行を目的している」


このイルミナティの思想がマルクス共産主義を生み、毛沢東と金日成に受け継がれ、金日成の主体思想に発展した。

バルーフ・レヴィがマルクスに宛てた手紙には次のように記されている。


「救世主とは我々ユダヤ民族のことである。←「ゴメンね。日本人でした」。

ユダヤの世界支配は、まず第一に世界各地の多民族の統合を進め、次に独立した主権に基づき民族分断の壁をなしている国家と君主制(天皇制、南ユダ王国イザヤの子孫を建てた国)を廃止させ、最後に、未だ全面的には認められていないユダヤ人の権利を至るところで認める世界共和国の建設を進めることで達成する」


一般には「悪」とされる事が彼らには「善」で、「善」とされる事が彼らには「悪」という二重論理は「タルムード」を基に作られているが、イエスの説いた秘密の教え(死海文書でいう光の子と闇の子のハルマゲドンによって実現する千年王国)の悪役を演じている可能性がある。←わざと「戦争の巻物」でそこは割愛した。アホらしいからである。

もっとも、演じているというよりは、サタンのエネルギーに支配されてケリッポト(死の樹)に堕ち、善だと思って悪を行っているのだ。

すまん。サタンも私なんだ・・・

話を進めるが、「MONALISA(モナリザ)」をアナグラムで解読すると、「AMON LISA」、即ち古代エジプトの太陽神「アモン」と月神「リザ」になる。
日本神話では「天照大神」と「月読命」に対応する。

「アモン=天照大神」はイエス・キリストを意味するが、(←プッ!(笑))
天照は死んだよ。←本物の天照呼んでみな?


シオン修道会の秘密から判断すれば、リザはマグダラのマリアということだろうか。
また、モナリザは「SON MALIA」と換字変名することもできる。

LをRとすれば、「MARIA(マリア)」となる。
SONは息子という意味なので、聖母マリアの息子「イエス」と解釈することもできる。


また、SONはただ単に「子」という意味もあり、マグダラのマリアに子がいたことを示唆している。

また、詳しい辞書を見れば載っているが、SONには「キリスト」という意味もある。

即ち、「御子イエス・キリスト」である。←それは無い。何故なら私ことイスキリ佐藤高央こそが真のキリストであるからだ。両立し得ない。

つまり、「SON MARIA」は、イエスと(マグダラの)マリアを意味しているともいえる。

確かに、LとRは違うが、LとRを変えることで今述べたような、もう1つの意味を持たせた可能性はある。

そして、RIGHTとLEFTの二極一対性を表している可能性もある。


モナリザの絵画は、ルーブル美術館に飾られている以外に、もう1つ微妙に異なる絵が存在するが、それもモナリザが描いた可能性があると指摘されている。

また、モナリザの絵は、ダ・ヴィンチの自画像を反転させたものがベースになっている。
とすると、その辺りに何か深い意味が隠されているようだ。

もっと言えば、聖書外典「使徒ユダ・トマスの行伝」によると、イエスと使徒トマスは双子の兄弟だと明記されている。


『新約聖書』の「ヨハネの福音書」にも次のように記されている。


「12人の1人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られた時、彼らと一緒にいなかった」
(第20章24節)


「ディディモ」とはギリシャ語の「双児」で、ここでもイエスとトマスが双子だったということが記されている。

また、原始キリスト教では、キリスト教徒を意味する暗号として「魚」の絵文字を使用していたが、端的にいえばそれはメシア、即ちイエスの象徴である。

その「魚」が、カタコンベに2匹描かれており、イエス双児説を裏付ける物的証拠の1つである。

また、ダ・ヴィンチの作品「岩窟の聖母」には、2人の子供が非常に酷似した姿で描かれており、イエスが双子だったことを示唆しているようだ。

これは、イエスと洗礼者ヨハネだとされているが、片方がヨハネだという証拠はなく、トマスである可能性は十分ある。

イエスとトマスが双児だったかどうかはともかく、『竹内文書』にもイエス双児説の記述がある。←『竹内文書』は偽造が多過ぎ。特に天皇に対することなど。何故、はるかに各上のキリストである私が天皇ごとき糞以下の蛆虫の下に着いて「命令」まで受けなければならないのだ?有り得んだろ。


実際に、ヘブライ人の言語や風習を持つ、青森県の戸来村(へらいむら→現新郷村)に、イエスの墓といわれる塚が存在する。

その村の伝承によると、ゴルゴタの丘で磔刑にされたのは、身代わりとなったイエスの弟イスキリで、(←兄弟では在りません!!!!!!!!!イエスは世界最大の詐欺師であり盗人です。)イエスは戸来村に逃れて十来太郎天空坊(天狗)として崇拝され、106歳で天寿を全うしたという。

「イスキリ」とは明らかに「イ」エ「ス」「キ」「リ」ストの略語で、(←別人です。)話自体も創作の可能性が濃厚だが、骨子としてイエスが双子だったという事実がある可能性は否定できない。

もしかすると、トマスがインドに伝道した後、中国で達磨大師となり、その後、日本の戸来村にやってきたのかも知れない。


達磨大師はいわゆるダルマのモデルだが、もしかすると、達磨大師(トマス)はサモンコール宇宙人(ダルマ型)の預言者だったと考えることもできる。

しかもダルマは赤であり、鬼(スサノオ=牛頭大王=ミノタウロス)を象徴する色である。

更に、ダルマに黒目を入れるのは、○に・を入れることに通じ、願い事が叶った時にもう片方の目を書き込むのは、ダルマ(トマス)が双子であることを暗示しており、願い事が叶うという話の由来も、〇に・が入って千年王国(ミロクの世=君が代)になることを意味していると考えられる。

断固阻止せねば・・・蛆虫の代など続いてはならない。


24家門と同じく、日本の天皇家もダビデの純血、即ち、身である○を厳格に保持してきたことは周知の事実で、そこにスサノオである「・」が入ることで君が代となる。←まるちょんは「太陽神」であり、悪魔だったよ。さっきから「嘘」ばっかり記載されている。このレベル?フリーメーソン?


上記の仮説の通り、もし「トマス=達磨大師=スサノオ」だとしたら、「・=ダルマ」となるが、ダルマはインドで「法」を意味する言葉で、○(空)の中に・(法)が入るという解釈も成り立つ。

またそれは、サモンコール宇宙人の気が入るという解釈もできる。

ちなみにダ・ヴィンチは、水が荒れ狂う様相を描いた12枚のスケッチを残しており、終末を描写したものだと考えられている。

余談だが、イエスが生まれた頃、救世主誕生を知ったヘロデ王が、ベツレヘムに生まれた2歳以下の赤子を殺させた。

これを予型だとすると、イエスが再臨する前に同様のことが起こることになる。←ごめんね。真のキリスト・イスキリで。悪魔崇拝者には悪いことになったな。

恐らくそれは、反キリストのクリスチャンのホロコーストによって実現するだろう。



キリストは青い目に金髪の白人だった?

 一般的に、キリストは筋肉質の堂々とした体躯で(ある程度の筋肉が無ければ重い十字架を背負えなかっただろう。事実、シモンという男が手助けに入っている。)神々しい風貌だったとイメージされる。
 しかし、これを裏付ける記述は、実は『新約聖書』には一切無い。単に彼が救世主で、神の子であるという教義からそういった容姿を信者が期待し、連想したに過ぎない。
 しかし、『新約聖書』にこだわらなければ、キリストの外見を伝えると言われる資料は以外に多い。そんな中に、彼の容貌を具体的かつ詳細に伝える古文書がいくつかある。
 ひとつは、大英博物館が秘蔵する書簡である。
 あて先はローマ元老院、送り手はキリストを十字架刑に処したユダヤ総督ポンティオ・ピラトの前任者とされる、プブリウス・レントゥルスという人物だ。しかし残念ながらレントオゥルスという人物は歴史上存在しないことや、あまりにキリスト教に貢献するキリスト像を提示しているため、中世ヨーロッパにおいてすら、贋作とみなされて来た代物である。
 同じような古文書はほかにもある。
 100年ほど前に、ローマ教皇庁の書庫で発見されたという書簡がそれだ。1通は、使徒パウロの師で、ユダヤ教ファリサイ派のリーダーであるガマリエルが最高法院(サンヘドリン)にあてたのもの。もう1通は、ローマ皇帝にあてたユダヤ総督ピラトの書簡である。
 これらはいずれも、キリスト(イエス)は均整がとれ、髪が金髪だと記している。中には青い目だったという記述もある。つまり、彼は金髪碧眼の白人だったと主張しているのである。
 どの書簡も正典から外された多くの外典福音書の延長線上にある文書として、正当教会から無視されて来た。つまり、正典が伝えるキリストの事跡をより詳しく知りたいという信者の要望に応えるべく編まれた「偽書」という訳だ。
 したがって、こういった偽書に描かれた美しきキリストの外見は、後世の信者たちの願望の反映に過ぎない。
イスタンブールに残るイエス像。.jpgイエス2.jpg
イスタンブールに残るイエス像。            英BBCが再現したイエスの顔。

初期キリスト教会による「イエス醜男説」←まぁ、当然イエスと真のキリスト・イスキリは別人だからそうなるわな。

 では、実際のイエスの容姿はどうだったのか?実はキリスト教草創期には、彼は美男どころか「醜男」とみなされていたのである。
 例えば、2世紀のクレメンスや3世紀のオリゲネスといった教父(初期キリスト教会の神学者)たちは、「彼(キリスト)には我々の見るべき姿が無く、威厳も無く、我々の慕うべき美しさも無い」(旧約「イザヤ書」53章)という一節を根拠にキリストを醜男だったと唱えたのである。

※誤解が生じかねないので「イザヤ書」第53章を記載する。『聖書 講談社』

読んで頂ければわかる通りキリストとは「明確に」イスキリを指していることが記載されている。イエスが盗人であり、詐欺師であり、悪魔崇拝者のバアル信者の裏切り者である。

 私たちの言うことを誰が信じよう
 主の腕は、誰に現されたか。
 彼は、その前でひこばえのように、
 荒れ地から出た根のように成長した。
 彼には私たちの目をひくほどの
 美しさも輝きも無く、
 楽しめるほどの姿形も無い。
 彼は、人から軽蔑され、捨てられた、
 苦しみの人、苦しみになれた人。
 その前では顔を覆いたくなる、そんな人のように、
 見下され、無視された人。
 実に彼は私たちの労苦を背負い、
 私たちの苦しみを担った、
 私たちは、彼を神に罰せられた者、打ちのめされ、
 蔑まされた者と考えた。
 彼は、私たちの罪のために突き刺され、
 悪のために押し潰され、
 私たちを救う罰が彼の上に襲いかかり、
 その傷のおかげで、私たちはいやされた。
 私たちはみな、羊のようにさまよい、
 おのおの、自分の道を歩んでいたが、
 主はみなの罪を、
 彼の上に負わされた。
 非道に扱われた彼は身を低くし、
 口を開かず、
 屠所にひらかれる子羊のように、
 毛を刈る人の前でもだす羊のように、
 口を開かなかった。
 拷問とさばきによって、彼は奪い去られた。
 誰がその行く末のために悲しむだろう。
 そうだ、彼は生きる人の地から取り去られ、
 民の罪ゆえに打ち殺され、
 悪者たちとともに殺され、
 金持ちとともに墓に入られた。
 彼は暴力をふるわず、
 その口に偽りがなかったのに。
 だが、主は、彼を苦しみで押し潰そうと望まれた。
 彼はあがないとして我が身を捧げることによって、
 末長く子孫を見るだろう。
 神のみ旨はこうして実現し、
 その心の試練ののち彼は
 光を見、それに満たされる。
 正しいしもべは、その苦しみによって多くの人を義とし、
 その罪を自ら背負う。
 だから、私はその報いとして、おびただしい人を彼に与え、
 力ある者を戦利品とさせよう。
 それは、彼が死にわたし、
 悪人の数に入られたからである。
 彼は、多くの人の罪を背負って、
 罪人のためにとりつぎをした。

 この「イエス醜男説」は、その後広く支持された。
※補足;(当時の私(イスキリ)は黒髪ロングの真ん中訳のカッコイイ設定です。)
しかし4〜5世紀の神学者アウグスティヌスやヒエロニムスがこれに反駁。「イザヤ書」が描写するキリストの容貌は、福音書が記す受難の際、ローマ兵たちに殴打され、ボコボコの顔にされた状態を言っているのであり、本来は端正で威厳のある容貌だったはずだと主張したことから、以後、流れは「美男説」へと変わった。
 やがてこの「キリスト美男説」は、宇宙の主権者にまで昇格したキリスト像の確立に伴い、神学上の主流派となり、現在に続くキリストのイメージの基本になったという訳である。
 しかし、どちらも観念論であることには変わりは無く、人間イエス(磔刑に処されたイスキリでは無い。)の容貌を推測する根拠にはなり得ない。ならば、ほかに容貌を推測する資料はないのだろうか?(※それについて最初に記したが、英国BBCがイエスの容貌としてド キュメンタリー番組『神の息子』が、実在したナザレのイエスと新約聖書の記述を科学的・考古学的 に検証する。番組では、イエスと同時代のイスラエル男性の骨格標本をもとにイエスの顔を復元。中東男性らしい顔つきをした「イエスの顔」を放送する。フリーメーソンはどこまで行っても「嘘つき神秘学者から習った知識」。私は当事者。経験者。言ってることも説得力も内容も全てが違って当然。だって、フリーメーソンは「嘘ばっかり」なんだから。なぁ。詐欺集団?フリーメーソン。)


6世紀を境にキリスト像が画一化

 
実はイエスの肖像画そのものに、何らかの手掛かりが潜んでいると言われているのである。
 今日見るイエスの肖像の図像学的な特徴は、「真ん中で分けた肩までかかる長髪」「そう長くはない口髭と顎髭」、それに「すじの通った高い鼻」である。(←イスキリじゃねーか!)
 現在確認されている最古のイエス画像は3世紀の作品で、メソポタミアのユダヤ人居住区跡に、フレスコ画として残されている。そこでは、イエスは短い髪で、髭の無い若者として描かれているが、これは当時のギリシア・ローマ世界の神々(悪魔)をイメージしており、イエスの実像を反映していないとされる。
 同じ頃の肖像でも、3世紀のローマの地下室と同市に残る4世紀のカタコンベ(地下墓地。迫害時代に教会として使われていた)のそれは、どちらも大きなと鼻、波打つ長髪に髭といった、一般的なセム人の特徴を備えたものである。
 ところが不思議なことに、6世紀を境にして、どの肖像画もほぼ同一の形で描かれるようになるのである。
 これはどうも、6世紀にある特定の肖像画が、本当の容貌を伝えていると広く認識され、イエスの画像の見本とされたことによるのではないか。

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東トルキスタン共和国

東トルキスタン共和国

首都:クルジャ




東トルキスタン・イスラム共和国.gif  東トルキスタン共和国旗.jpg
上は東トルキスタン・イスラム共和国、下は東トルキスタン共和国の旗

1944年11月12日 イーニンで建国
1946年6月16日 中国新疆省政府に合流し解散


清朝末期の新疆省の地図 東トルキスタン共和国が支配したのは、伊犂道(イリ地区)、搭城道(タルバガタイ地区)、阿山道(アルタイ地区)の3区。

東トルキスタン・イスラム共和国が存在したのは喀什道(カシュガル地区)周辺
現在の新疆ウイグル自治区の地図 色で塗られているのは人民解放軍の「屯田兵」入植地区


1949年末の中国内戦マップ。クリックすると拡大します
東トルキスタンとは、現在の中国・新疆ウイグル自治区にあたる一帯。東があれば西もあるわけで、西トルキスタンは旧ソ連から独立したトルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、キルギスタン、カザフスタンなどの地域で、トルコ系民族が住む(タジキスタンはペルシャ系)からトルキスタン。

1990年代に西トルキスタン諸国がソ連から相次いで独立したのを契機に、東トルキスタンでも独立運動が活発化して、中国政府はこれを徹底的に取り締まっているが、かつて1940年代半ばに存在した東トルキスタン共和国に関しては、「中国革命に呼応し、国民党軍閥の反動支配に抵抗した少数民族の革命的な闘争」だとして中国政府は高く評価(※)している。一体なぜなんでしょう? 1949年末の中国内戦マップ.jpg

※東トルキスタン共和国の独立運動は、イリ、タルバガタイ、アルタイの3地区で起きた革命なので、「三区革命」というのが現在の中国での名称
かつてこの一帯はシルクロードの要衝として栄え、仏教・ゾロアスター教・マニ教などが広まっていたが、10世紀からはイスラム化した。東トルキスタンではかつて匈奴や突厥なんていう世界史の授業でおなじみの国が生まれ、中国も紀元前60年の漢の時代には西域都護府、唐の時代には安西都護府を設置して断続的に勢力下に置いたが、本格支配に乗り出したのは清朝の時代だ。1757年にモンゴル系のジュンガル王国を滅ぼして軍政を敷き、ロシアが進出してくると1884年には辺境防衛のため新疆省を設置して直轄地とした。新疆とは「新しい辺境の領土」という意味。しかしロシアは新疆の主要都市に貿易圏という租界もどきの治外法権エリアを作り、軍隊を駐屯させたり、住民にロシア国籍を与えるなどして、勢力を強めていった。

1912年に中華民国が成立すると、新疆省は実質的に中央政府の支配を離れ、漢民族の軍閥が支配するようになったが、この時代に東トルキスタンでは2回、独立国が誕生している。1つは1933年末に独立を宣言した東トルキスタン・イスラム共和国、もう1つは1944年に成立した東トルキスタン共和国。どちらも似たような国名だが支配地域はまったく別で、前者はパキスタン国境に近いカシュガルを中心とした新疆西部、後者はカザフスタン国境に近いイリ中心とした新疆北部。どちらも東トルキスタンの一部を統治下に置いただけで、消滅してしまった。

その1:東トルキスタン・イスラム共和国

ホジャ・ニヤズ
ホジャ・ニヤズ.jpg
東トルキスタン・イスラム共和国が生まれたきっかけは、1931年3月に新疆東部で起きたハミ蜂起だ。新疆では中華民国になっても、かつて清朝から任命されたウイグル人藩王が、それぞれの領地を統治する制度が続いていたが、新疆省政府を支配していた軍閥の金樹仁は、権力拡大のために藩王を廃止して自らが任命した役人による統治に切り替えようとした。つまり新疆版「廃藩置県」の断行だが、これによって漢民族による支配が強まることに反発したウイグル人が反乱を起こし、新疆南部に広がった。

1933年初めには甘粛省にいた漢人イスラム教徒(現在の回族)軍閥の馬仲英が新疆支配を狙って省都の迪化(現:ウルムチ)に迫り、さらに新疆省政府でも白系ロシア人(ロシア革命時に海外へ亡命したロシア人)の傭兵部隊によるクーデターが発生して、金樹仁に代わって盛世才が権力を握った。こうした混乱の中で、1933年11月にカシュガルで東トルキスタン・イスラム共和国の建国が宣言された。

東トルキスタン・イスラム共和国はウイグル人のウラマー(イスラム神学者)たちに率いられ、建国綱領に「コーランを謹んで遵守する」「政府を担当する者は、コーランと現代科学に熟知していなくてはならない」と掲げられたイスラム国家を目指したが、わずか半年足らずで瓦解した。ソ連はウイグル人の反乱に武器を供給するなどして独立を支援していたが、一転して盛世才政権を支援するために軍事介入し、ソ連軍に追われた馬仲英軍がカシュガルへ乱入。再び混乱の中で34年5月に東トルキスタン・イスラム共和国のホジャ・ニヤズ大統領はサウド・ダッムーラ首相を逮捕し、新疆省政府に投降してしまう。

ホジャ・ニヤズはソ連の仲介で新疆省政府の副主席に就任し、盛世才政権が掲げた「民族平等政策」の広告塔となった(後に「日本の特務機関と連絡を取って、再び独立を企てた」という容疑をでっち上げられ、粛清)。

その2:軍閥・盛世才の親ソ自治政権

盛世才時代(1943年)の地図。新疆は「親ソ地方」(クリックすると拡大します)盛世才時代(1943年)の地図。新疆は「親ソ地方」.jpg

ソ連としては、当初は東トルキスタンをモンゴルのように独立させ、衛星国にしてしまおうと考えたが、クーデターで実権を握った盛世才が「親ソ反日」を掲げたため、盛世才支持に方針を変えたのだった。盛世才は満州の出身で、日本の明治大学や陸軍大学へ留学したが、故郷の満州が日本によって蹂躙されたと徹底的な反日主義者になっていた。ソ連は東トルキスタンを独立させると中国人に「ソ連による第2の満州国作り」だと受け取られ、せっかく「一致抗日」に向かっていた中国世論が「反ソ」に変わることを恐れていた。


盛世才は「新疆の自治」を唱え、国民党政府から派遣された官僚を追放するとともに、「日本のスパイが潜入することを防ぐため」と、新疆と中国本土との交通や通商を制限して、実質的な独立王国を築いて「新疆王」として君臨した。

各官庁にはソ連人顧問を採用し、公費留学生をソ連に派遣し、コミンテルン(ソ連に本部を置く国際共産党組織)から派遣された中国人を要職に就け、毛沢東の弟・毛沢民を財政大臣に据え、スターリンの義弟・スワニーゼをリーダーとする委員会に経済再建計画の立案を任せ、ソ連軍の進駐や鉱山・油田のソ連への租借を認めた。盛世才も1938年には訪ソしてスターリンと会談し、自らソ連共産党への入党を申し出て認められたほど。

盛世才
盛世才.jpg
こうしてソ連は東トルキスタンを中国領として残したまま、実質的な「衛星国」にしてしまうことができた。日本軍に沿海部を占領され重慶に移っていた国民党政府は、抗日戦争のための物資補給ルートとしてソ連→新疆を利用しなければならず、盛世才の独断的な「対ソ一辺倒」に手をこまねくことしかできなかった。

ところが盛世才の対ソ一辺倒はあくまで自分が新疆での地位を固めるためのものだった。独ソ戦が始まると彼はソ連に見切りをつけ、ソ連軍を撤退させ、新疆省政府から共産党員を追放し、毛沢民を処刑した。こうしてソ連という後ろ盾と共産党という支持基盤を自ら失った盛世才は、やがて国民党政府に抵抗することができなくなり、44年9月に国民党政府の農林大臣に祭り上げられる形で新疆を去り、新疆省政府は国民党の支配下に入ることになった(※)。

※盛世才はその後蒋介石とともに台湾に渡ったが、「新疆王」時代の独裁ぶりが批判されて政界を引退。晩年は姓を変えて料理屋を経営し、1970年に台湾で死去したとか。
その3:東トルキスタン共和国

イリハン・トレ
イリハン・トレ.jpgさて、盛世才が新疆を去るのと相前後して、東トルキスタン独立運動は再び活発化する。44年8月にイリ地区の山岳地帯でウイグル人ゲリラが出現し、11月7日にはソ連国境に近い中心都市のクルジャ(現在のイーニン)で武装蜂起が発生、5日後に東トルキスタン共和国の独立を宣言した。


東トルキスタン政府の閣僚は、ウイグル人やウズベク人、カザフ人、モンゴル人などで、漢人の入植者を追放したが、イリハン・トレ主席をはじめ多くがソ連領出身またはソ連への留学、亡命経験者だった。イリハン・トレはウラマーで、イスラムの教えに基づいた国づくりを主張したが、東トルキスタン革命党を結成する共産主義者グループが実権を握り、各省庁にはソ連人顧問が配属された。また東トルキスタン軍はソ連軍将校が総指揮官となり、ソ連軍の戦車や飛行機も繰り出して中国軍を圧倒。たちまちイリ地区とタルバガタイ地区を占領し、45年8月にはアルタイ地区で「アルタイ民族革命臨時政府」を作っていたカザフ人ゲリラグループも合流して、新疆北部の3地区を支配した。

そして東トルキスタン全域に支配を広げるべく、45年9月初めには新疆の省都・迪化(ウルムチ)の郊外まで迫ったが、ここで進軍を停止してしまう。東トルキスタン軍がウルムチまであと一歩のところで停止したのは、8月に中ソ友好同盟条約が締結されたためで、中国政府(国民党政府)はモンゴルの独立を認め、満州での権益をソ連に与える代わりに、ソ連政府は東トルキスタン問題に干渉しないことになったのだ。


東トルキスタン共和国軍と女性兵士.jpg 東トルキスタン共和国軍と女性兵士2.jpg
東トルキスタン共和国軍と女性兵士


武力による独立闘争に代わって、中国政府と東トルキスタン政府の和平交渉が始まったが、東トルキスタン側は独立要求を取り下げて民族平等や自治実現を主張し、46年1月に11ヵ条の和平協定を締結。6月に新疆の国民党政府と東トルキスタン政府が閣僚を出し合って新疆省連合政府が成立し、東トルキスタン共和国は解散した。イリハン・トレ主席は独立を放棄する和平協定に反対したが、ソ連軍に連行されたまま行方不明になってしまう。

新疆省連合政府は47年5月に分裂して、旧東トルキスタン政府出身の閣僚たちはイリ地区へ引き揚げ、国民党政府から離れて自治を宣言したが、49年に人民解放軍が新疆へ迫ると、ソ連の斡旋で中国共産党との協議を決定。49年8月に東トルキスタンの政治指導者たちは、中国共産党が新政府樹立のために北京で開催した中国人民政治協商会議へ出席するためにソ連の飛行機で出発したが、そのままソ連へ連れ去られ殺害された(※)。

※近年まで「飛行機事故で死亡した」ということになっていて、エフメットジャン・カスィミら東トルキスタン共和国の指導者5人は中国政府(共産党政府)から「革命烈士」として讃えられているが、ソ連崩壊によって公開された史料により殺害されていたことが明るみになった。一方で、一足先にソ連へ連行されたイリハン・トレは長寿を全うし、76年に91歳で逝去した。

北京で中華人民共和国の成立を宣言する毛沢東とサイフジン(帽子)
北京で中華人民共和国の成立を宣言する毛沢東とサイフジン(帽子).jpg
結局のところ、20世紀前半に登場した東トルキスタンの独立政権は、いずれもソ連の都合で成立し、ソ連の都合で解体したと言える。留守を預かって東トルキスタンに残っていたサイフジン(元教育省長官)が改めて北京へ赴き、共産党政府への合流を決定。49年12月に人民解放軍がイリ地区へ進駐した。サイフジンは2003年に死去するまで、新疆を代表する中国共産党の大幹部として、文化大革命でも失脚せずに生き残った。

新疆省は55年に新疆ウイグル自治区となったが、「自治」とは名目的なものに過ぎないもので、東トルキスタンには人民解放軍の新疆生産建設兵団という屯田兵が21万人も入植し、ソ連との国境警備とともに民族独立運動の再発防止に睨みを利かせつつ、大規模な農場建設や資源開発などを行った。最近では屯田兵も民営化されて、「中国新建集団公司」という従業員93万人の大企業グループになっている。

一方で、東トルキスタンの独立運動は、1930年代に国民党政府のウイグル人代表として南京にいたアルプテキンが、トルコへ亡命して活動を続けていた。アルプテキンが1994年に死去した後、海外の独立組織は分裂していたが、2004年にアメリカで東トルキスタン亡命政府を旗揚げしている。

【動画】ウイグル人の独立運動に敬意を表しつつ、盆栽美術館の建設に反対 演説しているのは私です… 

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2012年05月18日

Gate of Messiah(救世主・・・これが「真実の光」だ)。

『死海文書の謎』(マイケル・ベイジェント/リチャード・リー[共著]高尾利数訳)P197

死海文書の謎.jpg

戦争の巻物

 『戦争の巻物』は、クムラン洞窟1と4で発見された。一面においては、『戦争の巻物』は戦略と戦術のための非常に特殊なマニュアルで、明らかに特定の時と所と状況のために意図されたものである。だから例えば、「騎兵の七部隊はまた、隊列の左右に配列されるべきであり、彼らの部隊はこちら側に立つものである・・・・・・」と言われる。だが他の面では、このテクストは、鼓舞と預言者的プロパガンダから成っていて、侵略して来る敵「キッティーム」つまりローマ人(※ローマの元の名は「サタナキア」である。「サタンの町」という意味である。)に対する士気を駆り立てるという意図を持っていた。「キッティーム」に対するイスラエルの最高司令官は、全く明瞭に「メシア」と呼ばれている−−もっとも、或る注釈者たちは、彼のことを「汝の油注がれし者」と呼ぶことによって、この呼び名を偽装させる、あるいは隠蔽しようとしたのであるが。(※洗礼を受ける際、油を注がれてはならない。悪魔信仰になるものである。メシアは「油を注がれし者」であるというのは真っ赤な嘘である。水とパンで行うように。)「メシア」の来臨は、『民数記』二四:一七において予言されていると述べている。そこには「一つの星がヤコブから進み出る。一つの笏がイスラエルから立ち上がる」とある。そういう訳で、「星」は「メシア」、※(ここからは勝手な解釈)つまりイスラエルの軍勢を勝利に導く堂々たる戦士・祭司・王の愛称になるのである。ロバート・アイゼンマンが強調したように、メシアの像を星に結び付ける予言は、クムラン文書の他の箇所でも見られるものでもあり、決定的に重要なものである。また、同じ予言がクムラン文書や新約聖書からまったく独立した諸資料によっても語られているということは重要なことである−−(以下略)


『聖書 荒野の書(民数記) 講談社』第24章、第25章
第24章
 バラムはイスラエル人を祝福することが主に喜ばれることだと知ったので、もう前のように占いをしようとはせず顔を荒野に向けて立った。彼が目を上げると、イスラエル人が部族に分かれて宿営を張っているのが見えた。神の霊に打たれたバラムは、こう歌って言った、
     「ベオルの子バラムの託言。
     目の鋭い者は告げる。
     神のことばを聞く者、
     シャッダイの示すものを見うる者、
     倒れて目の開く者は告げる。
     ヤコブよ、あなたの幕屋は美しい。
     イスラエルよ、あなたの住まいは美しい。
     その幕屋は、
     谷々のように、
     川のほとりの花園のように広がる。
     主の植えた蘆薈(ろかい)のように、
     流れに近いいとすぎのように。
7    その勢力に民はふるえ、
     その腕は多くの民を押さえる。
     その王はアガグよりも偉大であり、
     その王国は讃えられる。

     神はその民をエジプトから導き出した。
     神はイスラエルにとって、
     水牛の角のようだ。
     イスラエルは敵をのみ、
     その骨を砕き、
     その腎をやぶる。
     彼は、伏して、うずくまる、
     ししのように、
     雌じしのように。
     誰が彼を立たせることが出来ようか。
     あなたの祝する者は祝され、
     あなたを呪う者は呪われる」。
 バラクは怒りに燃えて両手を打ちつけ、バラムに言った、「私は敵を呪ってくれと言ってお前を呼んだ。それなのに祝福しかせぬ。しかも三度も。さあ家へ帰ってくれ。私はお前を十分手厚くもてなすつもりだったが、主はそのもてなしを許されなかった」。バラムはバラクにこう言った、「「私はすでにあなたの使者にこう言って置いた、〈バラクが銀や金で満たした家を私にくれても、私は主の命令に背いて勝手に良いことや悪いことをする訳にはいかぬ。私は主が示されることだけを言うと〉。今私は自分の民のところに帰るが、その前に聞いてくれ。あの民が将来あなたの民にどうするか告げよう」。そして詩に歌って言った、
     「ベオルの子、バラムの託言。
     目の鋭い者は告げる。
     神のことばを聞く者、
     いと高き者から教えを受ける者、
     シャッダイの示すことを見る者、
     倒れて目の開く者のお告げ。
17   私は彼を見る、だが今ではない。
     彼をながめる、だがまだ遠い。
     一つの星がヤコブから上り、
     一つのつえがイスラエルから立つ。
     彼はモアブのこめかみを打ちすえ、
     全て驕る者の頭(こうべ)を砕く。

     エドムは彼の領土となり、
     アルの生き残りは滅ぼされる。
     イスラエルは奮い立ち、
     ヤコブは敵を配下に置く」。
バラムはアマレクの方を見て詩を歌った、
     「アマレクは、多くの民の中で
     その第一のものである。
     だがその子孫は、
     永遠の滅びとなる」。
そののちケニ人の方を見て詩に歌った。
     「あなたの住まいは固い、
     おおカインよ、
     あなたの巣は岩の上にある。
     だがその巣はベオルのものとなる。
     あなたはいつまでアシュル(アッシリア)の捕らわれ人となっているのか」。
それからオグの方を見て詩に歌った。
     「海から民が北に集まり、
     キッティム(キプロス)から船が押し寄せる。
     それらはアシュルを踏み付け、
     エベルを攻め取る。
     だが彼らも、
     永遠の滅びとなる」。
それからバラムは立ち上がって出発し、自分の家に帰って行った。バラクもまた、自分の家に向かって帰って行った。

※7この表現は未来の歴史を貫いて「王なるメシア」に照明を当てる。

※17「星」は中近東諸国では神のかたどりであった。したがって神格化した王のしるしともなる。(イザヤ14・12、エゼキエル32・7)。ここで「メシア来臨」を「光」として紹介しているところが興味深い。(イザヤ42・6、49・6、60・1-3、ルカ1・79、2・31以下、黙示22・16)
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モアブ人たちの主神(悪魔)ケモシュ。

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バアルのもう一つの姿、ベルゼバブ。

 イスラエルの子らはシッティムに住み着いた。民はモアブの娘たちと色にふけって身を汚した。彼女たちは自分の神々の生贄に民を招き、その前で民は飲食しその神々の前にひれ伏した。イスラエル人がペオルのバアルと通じたので、主の怒りはイスラエル人に向けて燃え上がった。主はモーゼに仰せられた、「主のためにかしらたちを全て捕らえて、公にさらせ。そうすれば主の燃える怒りはイスラエル人から遠ざかる」。
 モーゼはイスラエル人の判事たちに言った、「お前たちはペオルのバアルと通じた者どもを殺せ」。そのときイスラエルの子らの一人の男がモーゼの目の前、出会いの幕屋の入口で泣いているイスラエルの子らの集団の目の前で、兄弟の家にマディアンの女を連れ込んだ。アロンの子、エレアザルの子、ピンハスがそれを見て民一同の中から立ち上がり、槍を手に取ってそのイスラエル人の幕屋まで追いかけ、イスラエル人の男とその女二人とも、下腹部を突き刺して殺した。こうしてイスラエルの子らの災害は止んだ。その災害のために死んだのは二万四千人であった。
 主はモーゼにこう仰せられた、「〈祭司アロンの子、エレアザルの子、ピンハスは私の怒りをイスラエルの子から遠ざけた。彼は私と同じねたみを抱いたからだった。私はそのためねたんでイスラエルの子らをお全滅させることを止めた。私は平和の契約を与える〉と彼に告げよ。彼とその子孫のためには永久に祭司職を保証する契約を結ぶ。自分の神のためにねたみを抱いた報いとして、彼はイスラエルの子らの罪償の儀式を行うこととなる」。
 突き刺されたイスラエル人、あのマディアンの女とともに殺された男は、シメオン族の氏(うじ)のかしらサルの子でジムリと言う名であった。殺されたマディアンの女は、マディアンのある氏のかしらズルの娘でコズビと言った。
 主はモーゼに仰せられた、「マディアン人を攻撃せよ。彼らはペオルの事件と、マディアンのかしらの娘、彼らの姉妹で災害の日に殺されたコズビのことでずるく立ち回り、お前たちを欺いて襲いかかったからだ」。
 この災害ののち、

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ヴァンパイア退治法


退治法


 とりあえずは十字架・護符・聖水・聖餅といった、キリスト教の息のかかったものが必須である。ちなみにロザリオはイギリス国教会では「偶像崇拝につながる」として禁止だが、吸血鬼を倒すには必須のアイテムである。剣や蝋燭を十字型にクロスさせるだけでも結構有効だが、やはりキリストの磔刑像のついた正しい「十字架」が望ましい。とはいえ強力な吸血鬼に対しては無力な場合もある。聖水とは聖職者によって祝福された水であり、吸血鬼にかければ酸の様に焼くことが出来るが、強力な魔除けでもあり、近くに吸血鬼がいれば白熱して危険を知らせるという便利なものである。道具がなくとも、例えば『吸血鬼カーミラ』は賛美歌を聞くだけでガタガタと震え出す。

 十字架は銀製のものが望ましい。錬金術において銀は月及び女神ダイアナの善性を象徴するとされ、あらゆる悪に対する強力な防御手段となる。セルビアでは吸血鬼や人狼と戦う武器として、十字架の描かれた銀貨を溶かしてつくった弾丸が薦められている。ただし十字架を使う場合には、その地域がどの文化圏に属するかを前もって調べておく必要がある。東方正教圏の吸血鬼にラテン十字架を見せても意味がないのである。それから、銀の銃弾で吸血鬼を倒した場合、その残骸を月の光の下にさらしてはならない。特に満月の光は吸血鬼や人狼を活性化させるとされている。イギリスの吸血鬼小説の第1号であるポリドリ著『吸血鬼』に登場する吸血鬼ルスヴン卿はこの伝説に従い、盗賊に銃で打ち倒された後に月の光を浴びて甦っている。

 おっと、忘れるところだったが、バルカン半島には「イスラム教徒の吸血鬼」も存在するので、彼等にキリスト教のアイテムが効くかどうか甚だ疑問であることを付け加えておく。アルバニアのザドリマにはキリスト教徒もイスラム教徒も住んでいるが、両者は死後吸血鬼になっても仲が悪いというシャレにならん話がある。また、ルーマニア人の伝説では、ハンガリー人の吸血鬼は聖職者でも聖水でも退治出来ないとはっきり言っている。屍体の腐敗(「捜索法」の項を参照のこと)や十字架うんぬんの話もあるので、いやしくも世界をまたにかけんとする吸血鬼ハンターならば、各国の宗教や民俗に精通している必要が絶対にあるのである。

 吸血鬼の持つ様々な特性を利用した退治法もある。まず水を嫌うという性質を利用し、浴槽に沈めてしまうという方法、ただしその後の屍体の処理が問題である。ものにこだわるのにつけこむ方法は先にも紹介したが、マケドニアには、納屋に誘きこんで山積みの黍を数えさせ、夢中になっているところを後ろから釘で打ち付けたというマヌケな話がある。

 ブルガリアの熟達した妖術師は、イコンを用いて巧みに吸血鬼を追いつめ、瓶の中に閉じ込めてしまうことが出来るという。これはよほどの達人にしか出来ない芸当だが、その瓶はコルクで蓋をしてイコンで封印し、燃えさかる火の中に投げ込んで終りになる。

 しかし、そんな具合に活動中の吸血鬼と武器をもって渡り合うよりも、土曜日の昼間、動けないでいる吸血鬼をしとめる方が楽である。まず、その心臓をえぐり出す方法。血液を送り出す心臓は吸血鬼にとっても力の源である。心臓を摘出するには、まず香を焚いて悪臭を誤魔化し、胃からメスをいれて、手探りで心臓を掴み出す。ただし、摘出方法は地方や民族によって異なる。ジプシーの伝説によれば、吸血鬼の血がついた人間は発狂するとされるため、「胃からメスをいれて体内を探りまわす」など言語道断である。セルビアではこうやって取り出した心臓はワインで煮詰め、また体内に戻しておくというが、ルーマニアではその心臓を熱した釘や杭で突き刺すといい、単に焼くだけという地方もある。

 そんな手間のかかる方法を用いずとも、首を切り落とすだけでよいともされる。しかしその首を胴の近くにおいておくとつながってしまう怖れがあるので、足元に置いたり臀部の後ろに突き刺したりする必要がある。

 一番ポピュラーなのは、杭を用いて吸血鬼を串刺しにする方法である。杭はトリネコ、セイヨウサンザシ、ビャクシン等を用い、死体を大地に釘付けにすることによりその復活を妨げるのである。打ち込む際に祈りの言葉を唱えればなおよろしいが、吸血鬼をしとめるには一撃のみで打ち込まねばならず、二撃以上では復活してしまうとの話もある。『吸血鬼ドラキュラ』では状況描写の必要上何回も打ち込んでいるがノノ。

 ところが伯爵は最後は(夕暮れ時で力が発揮できないとはいえ)蕃刀と匕首であっさりと始末され、粉々の塵になってしまっている。この小説で胸に杭を打ち込まれるのは伯爵のしもべにされた女性である。ドラキュラ伯爵が杭や太陽光線で倒されるのはやはり映画の話である。映画や芝居が原作と違ったイメージを世間に広めるのはよくある話なのである(フランケンシュタインの怪物はもっと落差がある)。

 『吸血鬼ドラキュラ』はともかくとして、普通の吸血鬼退治の場合、杭を打った後は首を切り落とし、口にニンニクを詰め込むのがベストであった。『吸血鬼カーミラ』はちゃんと(?)杭で殺される。ちなみにウクライナでは杭にはハコヤナギを用いるが、これは、キリストを裏切ったイスカリオテのユダが首を吊った、呪われた樹であるとされるからである。杭を打つ前に煮えたぎった油をかけるという地方もある。狙うのは心臓だが、ルーマニアの「ストリゴイ」は心臓を2つ持つので要注意である。

 しかしながら、吸血鬼の中でも特に強力な奴は、首を切ったり杭を刺したりした程度で死にはしない。何故なら、吸血鬼は最初から死んでいるからである。ただし、それはあくまで中途半端なものであり、霊魂の宿る肉体を焼き滅ぼせばそれで終りである。もちろん焼いても骨は残ってしまうが、死者の霊魂は骨には宿らないと考えられる。従って、例えばセルビアでは、吸血鬼は骨を持たないとされるのである。ただ、日本と違ってヨーロッパでは火葬は宗教的に禁止とされるのでこれは最終手段であり、手間もかかるので滅多に行われない。火葬する前に、屍体を寸断するとか、断頭するとか、肉片を油・ワイン・聖水で煮るとかいう地方もあり、焼く時に煙の中から出てくる虫も全部殺すのがよいとされる。ちなみに、ギリシア人は杭を打つという退治法を用いないため、心臓をえぐり出すか八つ裂きにするか火葬にするのが一般的である。また、ここまでに述べてきたような大袈裟な退治法を用いずとも、吸血鬼には生前破門された人が多いので、村の人々の同意を得て破門を解いてやればそれだけで成仏出来たりもするのである。
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2012年05月16日

自由という価値の理由

【真の自由】とは「義務とルール」(責任)を伴うものである。
二人以上の人に自己決定領域を認めると、社会的決定を導き出すような一般的な方程式が存在しなくなる。(本文抜粋一部改訂)
『リベラリズムとは何か ロールズと正義の論理』(盛山和夫著 勁草書房)第6章P185〜

リベラリズムとは何か2.jpg
 自由という価値ほど、近代の社会において重要視されてきたものは無い。平等主義を唱導したマルクスも、理想としての共産主義社会とは「個人の独創的で自由な発展」が実現されている社会として特徴づけている。あるいは、自由とはまったく無関係に原理主義的に宗教改革を推進したかに見えるルターにも『キリスト者の自由について』という小論文があって、そこでは「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な君主であって、何人にも従属しない」という命題が掲げられている(『新訳 キリスト者の自由・聖書への序言』岩波文庫)。それほど自由というのは人々に訴えかける力の極めて強い価値なのだ。
 自由の価値は、近代ではほとんど疑い得ない自明のもののように見える。リベラリズムとはその「自由liberty」を重視する立場であり、ロールズもまた、その正義の第一原理では人々が広範で平等な自由を享受すべきことを主張している。しかし、何故そうなのか。ロールズ自身はそのことを前提にした上で立論している面があり、改めて何故自由なのかは説明されていない。
 一体、どのような自由を、どのような理由によって人々に保障することが望ましい社会なのか。それについてリベラリズムはどう考えているのか。本章では改めてそのことを問うことにしよう。

1 自己決定原理

生命倫理の因数分解
 
日本では生命倫理の問題は、一章で見たように脳死と臓器移植に焦点が当てられる傾向があったが、アメリカの場合、最大の問題は中絶の是非をめぐるものであった。そして、中絶問題への生命倫理の議論で、一時期盛んに論じられたのが「パーソン論」である。「パーソン論」とは、「人格を持った存在とは何か」という問いに答えることを目指す議論である。何故、そんな議論がこと新しく論じられたかと言えば、「ヒト」の概念の定義を確立することが出来れば、「一般にヒトを殺してはならない」とするときの「ヒト」とは何かについての社会的合意が達成されるはずで、そうすれば人工中絶をめぐる厄介な論争に解決をもたらすことが出来るのではないかと期待されたからである。
 この二〇〜三〇年の間、アメリカでは人口中絶の是非が国論を二分する極めてホットな政治的対立の争点であり続けて来た。毎回の大統領選挙や議会選挙でも主要な論点の一つであり、ちょうど日本における靖国問題や歴史認識問題と同じように、マスコミは好んでこの論点に関する政治家の言動を取り上げる傾向がある。その対立の激しさは異常なほど過熱しており、中絶手術を行った医師たちに対して様々な個人攻撃が行われて、中には殺害されたヒトさえあるほどだ。(荻野美穂『中絶論争とアメリカ社会』(二〇〇一年)参照)。
 パーソン論によってこの問題を解決しようとした論者たちは、中絶への反対が「胎児はヒトであり、胎児の生命を奪うことになる中絶は殺人行為に等しい」という論理から成り立っていると考えた。それなら、胎児(少なくとも、ある月齢以前の)はヒトではないということが論証出来れば、中絶への反対論は根拠が無くなる。胎児がヒトでないならば、中絶という行為はある女性が自分の体をどう扱うかという問題の一つに過ぎない。そして、自己の身体は、他の自己の様々な所有物と同様に、それをどう扱うかは純粋に本人の自由にゆだねられるべき問題になる。自己所有物の自己処分権という確立された一般規範を適用すれば、ヒトではない胎児の生命を奪うことになる中絶も、自由な選択に委ねられるべきものとして許容される、という論理である。
 バイオ・エシックス(生命倫理学)をタイトルとして出版された初期の書物のほとんどがこのパーソン論を主なテーマとしており、それらは「ヒト」と「ヒトでないもの」とを分かつ様々な基準を提案して来た。しかし当然のことだが、このパーソン論の戦略はまったく成功していない。何故なら、受精の瞬間から誕生するまでのどの時点で胎児がヒトでないものからヒトに変わると言えるのか、特定の時点を定める一義的に道理的ないかなる論拠も有り得ないからである。しかし、パーソン論が正しいかどうかがここでの問題では無い。重要なことは、パーソン論が有意義だと考えられた背景として「自己決定論」の前提が広く共有されていたことである。
 今日の生命倫理をめぐる様々な議論において、「自己決定論」という論理ほど頻繁に活用されたり言及されたりしているものは無い。というのも、複雑で解決困難に見える倫理上の問題に対してこの自己決定論という論理を適用することが出来るならば、あたかも因数分解を解くように、問題の複合性を単純な諸要素に分解することで全体の問題が解けるかのような威力を発揮するのではないかと期待されたからである。自己決定論とはすなわち、自己決定に委ねられるべき領域を確定することによって、生命倫理という複雑な問題を、近代社会においてすでに一般的に確立された自由という理念に基づいて解こうとする理論的試みの総称に他ならない。そのには無論、出来るだけ広い領域が自己決定に委ねられることはいいことだ、という自由主義の基本前提があった。初期の生命倫理では、そうしたプロジェクトが盛んに進められて来たのである。


危害原理と自己決定領域
 こうした自己決定論のもとになっているのが、J・S・ミルの「危害原理」と呼ばれる考え方である。これは彼の『自由論』の中で次のように述べられている。

 人間の行為の中で社会に従わなければならない部分は、他人に関係する部分だけである。自分自身にだけ関係する行為においては、彼の独立は、当然、絶対的である。彼自身に対しては、彼自身の体と精神に対しては、個人は主権者である(中央バックス『世界の名著 ベンサム・ミル』二二五頁)。

 すなわち、人が自分自身にだけ関係する行為を為すことに対しては、他の誰もそして社会も干渉してはならない。(←フリーメーソン、お前たちに「これ」があるか!?)それが社会として望ましいあり方だと言うのである。他人に害を及ぼすかも知れない行為に対しては社会は禁止したり制限したりすることは出来るが、そうではない行為については、人は自分で決定する自由を持っている。この意味で「危害原理」というよりむしろ「他人に関係しない行為に関する自己決定原理」という意味で「逆危害原理」と呼んだ方がいいだろう。そして、他人に関係しない行為に対して他人や社会が干渉することは、この原理の立場からは「パターナリズム」として強く非難されることになる。
 これは非常に明快な理だ。意義を差し挟む余地など全く無いように見える。しかし実は、この原理でもって問題を解決出来ることはほとんど無い。特に、論議のまととなるような社会的な倫理問題については、ミルの原理はほとんど無力なのだ。何故そうなのかはすぐに分かることだが、少し説明しよう。
 例えば、クローン人間を造ってもいいかどうかという問題がある。造ってもいいとする議論は、ある人が自分のクローンを造るという行為は、医師と自発的に提供された卵細胞と借り腹となる女性(本人のこともある)の助けを借りるとは言え、基本的に本人だけに関係する行為だと考え(←ここが間違っている。)、それゆえにミルの原理に従ってその行為はその行為は当事者の自由選択に委ねられるべきだと主張する。しかし、どちらかと言えば多くの人はクローン人間に反対している。これは、危害原理の立場からすれば理屈が通らないことだろう。実際、最近の日本の倫理学者がクローン技術を論じたもののほとんどが、それを規制することには合理的な根拠が無いことを強調している。(←ならば聞こう。核兵器の技術や水爆の技術の水準がいくら高くなったからと言ってそれを使用することが正しいと論じれるのかを。人間ですら「ゴイム(豚、家畜)」と影で呼んでいる君たちが、クローンを語る、まして造る資格があるのかね?逆に私は聞きたい。ユダヤ人以外を「ゴイム」などと呼ぶ君たちの劣等感丸出しの根拠を!?私には君たちが優秀な人物にはとても見えない。)それは、ここで危害原理が妥当すると考えてしまうからである。(同じ人が、ES細胞の医学的利用には反対することがある。これは、他人である医師や科学者が、学術上の名誉や商業目的という不純な理由で別の人そのものを利用することの倫理性を問題にするもので、やや異なる倫理的原理に関わっている。)

 ※ クローンの問題については、Nussbaum and Sunstein『クローン、是か否か』(原書一九九八年、訳一九九九年)、加藤尚武『脳死・クローン・遺伝子療法』(一九九九年)、岡本裕一郎『異議あり!生命・環境倫理学』(二〇〇二年)、上村芳郎『クローン人間の倫理』(二〇〇三年)などが参考になる。

(※クローンとはすなわち、分子DNA細胞生体などのコピーである。分子クローン - DNAなど生体分子を複製して得られるコピーの分子のこと。生物クローン - 未受精卵を用いた核移植や受精卵を用いた胚分割によって作られた、元の生物固体と同じ遺伝情報を持つ生物のことを指す。WIKI
 同じ人間が同時代に存在することに違和感を覚えない倫理観を私は疑う。そしてそれは神の摂理に反することは戯言のようにあなた方には聞こえ、そして反逆に快感すら覚えていることだろう。しかし、ここで論じたことは「人間を家畜」と見なす論理であり、自己決定原理を、言い換えれば「自己統一性」を唱えた上記の前文と矛盾している。「クローンを作ることが当事者の意志に委ねられる」と言うのなら、その当事者は「家畜と同様である」と言っているに等しい。そもそも「クローン問題」と「自己決定権問題」をごっちゃに考えていることが誤りの原因である。クローンはどこまで行ってもコピーなのであり、本物、もしくは本人では無い。そしてクローン人間の問題は「自分自身にだけ関係する行為」では無い。クローン人間として生まれた人も人間なのである。医療技術の名のもとに生命を玩具として扱うことを追認するかのような論理である。論;佐藤高央。)

 確かに、何故反対かと聞かれてその根拠を理論的に展開出来る人は少ないだろう。しかし、理論的な根拠があるかどうかとは別に次の事実は明らかだ。つまり、多くの人は、誰かがクローン人間を造ることを「その人にだけ関係する行為」だとみなしていないということである。もしかして、これは単に多くの人が間違っているだけかも知れない。本当は、クローン人間を造ることはその人だけに関係することなのに(←では、生まれて来たクローン人間は?)、多くの人々にも関係することだと誤解しているだけかも知れない。しかし、一体誰がどのようにしてクローン人間を造ることがその人にだけ関係することだと決めることが出来るのだろうか?
 そもそも「その人だけに関係する」とは、どのようなことを言うのか。これについてドォオーキンは、リベラリズムを正当化する議論のお中で、「外的選好」と「内的選好」の区別によって危害原理を補強しようとした。人はしばしば直接には自分自身には関係ない他人の状態について関心を抱き、好き嫌いの感覚を持つ。他人が自分と違う宗教を信じていることを「間違ったことだ」と考えたりするのが、その例だ。
(←我が師、柳澤幹夫先生は2012年2月20日のメールで私に「自分の妄想の中に他者としてリアルに生きている人間を勝手に位置づけるな」とおっしゃられた。そして「それこそが諸悪の根源だ」とまでおっしゃられた。あなたの言う「違う宗教」には「人身供儀」は入っているのか!?希望の臭いを抱いた少年少女を犠牲にしたりカニバリズムの犠牲にすることを「宗教」と言うのか!?亡き魂は報われると言うのならあなたはどこで「リベラリズム」を語っているのだ!?犠牲になって行く人々に「リアル」は無いとでも言うのか!?「自由」は無いとでも言うのか!?それとも生まれながらの「家畜」だと「生贄」だとでも言うのか!?馬鹿者め!)そうした、他人の事柄に関する選好判断を、外的選好と言う。そしてドォオーキンは、外的選好は社会の望ましさや規範的原理を考察する上では考慮に入れられるべきでは無いと主張する。
 しかしこの主張は、危害原理を根拠づけるものと言うよりはむしろ、それを支えるための概念区分を提示しただけのものだと言わざるをえない。何が外的選好かの境界線は極めて曖昧なのだ。例えば、自分が忌み嫌う宗教を他人が信じるのが嫌だと思うのは外的選好かも知れないが、その宗教に勧誘するポスターが街角に張ってあって目に入るのが嫌だというのは、果たして外的選好なのだろうか。ましてや自らとは異なる者を殺戮することが正しいことだと信じているような宗教への介入を「外的選好」だという理由で禁ずるべきだとは必ずしも言えないだろう。
(←あなた方フリーメーソンのよううに「邪悪を楽しみたい」立場からするとそうなるだろうな。)
 
無論、危害原理を受け入れたとしても、クローンの有力な反対論はある。何といっても、ある個人Aがクローン人間を造るということは一人の新しい人格Bを誕生させることなのだから、Aの行為は「Aだけに関係する行為」にはなっていない。ただ、これに対しては、「通常の仕方で子供を造る場合にも、親の行為が別の個人の誕生に関わっていて、しかもそれは許容されているのだから、クローンだけが禁止される理由は無い」というクローン擁護論もある。(←ここでハッキリさせておくことは「親の行為」とはSEXのことである。人類は太古の時代から営々をして生命をつないで来たのはこの「親の行為」によってである。前述の「通常の仕方で子供を造る場合にも、親の行為が別の個人の誕生に関わっていて、しかもそれは許容されているのだから、クローンだけが禁止される理由は無い」という論理は論にすらならない子供の理論である。「SEXで子供を造って良いのだからクローン人間は容認される」と言っているのである。)それはそれで一つの議論だが、この場合、危害原理はクローン擁護の理由として用いられていないことに注意しなければならない。むしろ、クローンを「その人にだけ関係する行為ではない」と認めた上での議論なのである。
 いずれにしても、ここに次の問題があるのは明らだ。すなわち、一般にどのような行為が、その人にだけ関係する行為なのか?そのことは、誰がどのようにして決めるのか?自己決定原理や危害原理にとっては、これが客観的に定められているということが大前提である。しかし、まだ誰も、そうした客観的な基準を示すことに成功していない。
(←人間が客観的に突き放した視点から自己決定権を獲得することは不可能である。何故なら人間は全てにおいて「他者との係わり合いの中」で社会なり、コミュニティーなり、文化なりを形成して来たからである。自慰行為一つ取って見ても自分を思って自慰行為する者などはいない。必ず何者かを思うなり、映像を目視するなりの他者による「代替」が必要になるからである。もし、「自分だけに関係する行為」があるとしたら、それは「妄想」」である。Dという決定を行う時、それが是であるか否かを現象学的判断をするならば、A+B+C=Dの解答が導き出されなければならない。しかし、仮にA独自でDの解答に辿りついたとしてもそれは独善であり、自己決定権とは呼べない。何故ならばそのDには「客観性」が欠如しているため危害原理に反しているからである。すなわち、「@一般にどのような行為が、その人にだけ関係する行為なのか?Aそのことは、誰がどのようにして決めるのか?」との問いに対しては@そんな物は存在しない。Aしたがって決定は第三者による「社会的他者」の叡智を結集した法の下の平等によって決められなければならない。が解答となる。)
 
実は、これと同じ問題が、「それぞれの個人の固有の権利」という概念についても生じる。ノージックに代表されるリバタリアン(リバタリアンはレッセフェールを唱え、経済社会に対する国家政府の介入を否定もしくは最小限にすることを主張する。 また、自律の倫理を重んじ、献身や軍務の強制は肉体・精神の搾取であり隷従と同義であると唱え、徴兵制福祉国家には強く反対する。なお、暴力詐欺、侵害などが起こったとき、それを起こした者への強制力の行使には反対しない。個人の自由と自由市場を擁護する等、ごく少数の基本事項以外これがリバタリアンであるというような定義は存在せず、その潮流や主張には幅があり、細部ではリバタリアン同士で意見の相違がある場合も多い。自然権的リバタリアンと帰結主義的リバタリアンなどに分類される場合がある。
アメリカ合衆国では、選挙年齢に達した者のうちの10〜20%が、リバタリアン的観点を持っているとされている。wiki)の論者たちは、全ての個人には何らかの不可侵な権利領域というものがある、と考える。例えば、自己の所有する財産の管理権と自由処分権であり、あるいは、自己の身体に関する自己管理権である。そうした固有の権利領域に対して他人の介入が許されたり、その一部を他人に譲渡することが出来るのは、唯一、当該本人の完全に自発的な同意がある時だけだ、と考える。
 この議論も極めて分かりやすい。社会的空間が一人一人の固有の不可侵領域に画然と区分されていて、同意という手続きを通じてのみ領域変更が許される。個人主義の極致とも言うべき理論構成である。しかしこの議論は、「何が各人の固有の不可侵領域か」が確実に定まっていることを前提にしている。それについてリバタリアンの多くは、一七世紀後半の思想家ロックにならって、その中核にあるのは、正当に所有されている土地とその上に個人の労働を働きかけることによって得られる生産物だと考える。いわば「自立農民だけからなる共同体」がこの理論を支える社会モデルである。
 しかし、この前提は成立しない。まず、「正当な土地所有」が、歴史的に正当化されにくい。人類の始原からずっと正当な原初的所有と正当な移転だけで今日の土地所有が形成されたと考えることは出来ないからだ。次に、土地の所有者と土地に対して働きかける労働者とが別人であるような「小作農」が存在する場合、土地からの生産物をどう分配すべきかについて、リバタリアン原理は何も語れない。この困難は、現代の一般的な生産活動でますます大きくなる。我々の社会は、極めて複雑な経済組織からなっている。それぞれの生産物は多数の人々の「共同生産jiont production」によって生産されている。共同生産された財やサービスに関しては、一人一人の固有の不可侵領域に分割するなどということは、そもそも出来ない相談なのだ。
 生命倫理におけるパーソン論と規範的社会論としてのリバタリアン哲学とは、1970年代のアメリカを中心に展開されて脚光を浴びて来た、ともに、一種の原理主義的な個人主義理論である。ある意味で多元主義的に複雑化した現代社会が抱える困難な倫理問題に対して、近代社会理論の初発の原理原則に立ち戻って答えを与えようとした試みだと言えるだろう。これらの理論は、「何がその人にだけ関係する行為か」「何が固有の不可侵領域か」について、紛れの無い答えが存在することを前提にしている。しかし、この前提は決して成立し得ないのである。


2 センのリベラル・パラドックスとその意味

 自己決定原理の問題を別の角度から考えてみよう。
 平等論や貧困への理論的貢献でノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・センの若い頃の業績に「リベラル・パラドックス」の定理がある。(『合理的な愚か者』(一九八九年)に主要論文が認められている。)これは一般的にはアローの不可能性定理の延長線上にあって、社会的決定を論理的に導き出すが不可能であることを示すもう一つの定理だと理解されている。それはそれで間違いないのだが、この定理とそれをめぐる論争を吟味してみると、自己決定領域を設定するという考え方に潜む問題が浮かび上がって来る。


チャレタイ夫人の恋人
 センの定理は、二人以上の人に自己決定領域を認めると、社会的決定を導き出すような一般的な方程式が存在しないというものだが、この内容をセン自身が用いている例を使って説明しよう。
 謹厳な道徳家A氏と好色家のB氏がいて、二人のうち誰がD・H・ロレンスの『チャレタイ夫人の恋人』を読むべきかあるいは誰も読むべきではないか。これが社会的に決定される事柄だとする。謹厳なA氏は、どちらも読むべきではないが、もしどちらかが読めれなければならないとしたら、好色家のB氏に読ませると害が大きいので自分が読んだ方がマシだと考えている。他方、B氏はどちらも読むべきだが、もし一人しか読めないのであれば、自分よりも道徳家のA氏に読ませた方が社会のためにもなると考えている。(どちらも、相手のことを意識して自分の素直な好みとは逆を選好していることに注意されたい。)
 センはあらかじめ「二人とも読む」という可能性を排除して話を進めているのであり得るべき社会状態は次の三種類になる。(「ともに読む」を選択肢に加えても、話の根幹に変わりは無い。)

 
x:A氏だけが読む。
 y:B氏だけが読む。
 z:両氏とも読まない。

この三つの社会状態に関して、仮定より、A氏とB氏の選好順序は次のようになっている。(上にある社会状態の方がより強く選好されている。)

 A氏:z、x、y
 B氏:x、y、z

 アローの場合と同様、ここでの問題は、このような二人の個人の選好順序が与えられた時に、どのようにして社会的な単一の選好順序を導き出すことが出来るか、ということである。つまり、A氏とB氏に共通すべき社会状態の順序を定めることが、社会的決定の問題である。
 ここで、センは次の条件をあげる。

 (1) (非循環性) 社会的な選好順序は、循環的であってはならない。
 (2) (パレート原理) 二つの社会状態の順序について、全員の選好が一致しているならば、社会的決定もそれに一致しなければならない。
 
(3) (個人選好の無制約性)どのような個人的選好順序の組み合わせに対しても、社会的な選好順序が決定されなければならない。

これらの条件は、アローの場合とよく似ているが、それよりも穏やかなものとなっている。具体的に言えば、「非独裁性」の条件と「無関係選択肢からの独立性」の条件とが除かれている。ただし、それらの代わりにセンの定理には、「リベラル」を表す次の条件が設定される。

 (4) (リベラルな条件)自己の選好順序に従って社会的な選好順序が定まるような二つの社会状態の組を、少なくとも一つは持っているような個人が二人以上いる。これはこの二人にとってそれぞれの「自己決定領域」になり、これらの対に関する選好順序は当該個人の選好順序に従わなければならない。
リベラル・パラドクス.jpg
図6−1 リベラル・パラドクス

 この条件の意味を、今の『チャレタイ夫人の恋人』の例で紹介しよう。A氏とB氏とが直面している可能な社会状態の集合は、図6−1のように表される。矢印は、矢先にある方がより選好されるという形で、それぞれの選好順序を示している。
 ここで、リベラル条件(4)を満たすような二人の「自己決定領域」が次のようになっているとする。まずA氏については「xとz」の間の選択が自己決定出来るとする。何故なら、xとzとの違いはA氏が読むか読まないかだけの違いで、B氏の状態には変化は無いからである。同じ理由で、B氏については「zとy」の間の選択を自己決定領域とする。これらは図においてはそれぞれの実線と破線とで示されている。センの言う「リベラルの条件」とは、こうした「自己決定領域」を社会的選択の中に明示的に埋め込むことである。(ただし、センの条件は非常に緩やかで、成員が三人以上いる場合でもその中の二人だけに「自己決定領域」としての順序対が設けられればよい。)
 このように、A氏とB氏とに自己決定権のアル順序対を認めると図6‐1から分かるように、x→z→yという社会的順序が得られる。ところが、yからxへは二本の矢印が存在している。これは、A氏もB氏もともに「yよりはx」を選好していることを表している。yとxについては全員(二人)の選好が一致しているのである。したがって条件(2)(パレート原理)によって、この順序は社会的順序にも反映されなければならない。
 しかし、これらをつなげると「x→z→y→x」という循環が生じてしまう。(条件(1)に反する)。これが「リベラル・パラドックス」である。センが証明したのは次のような一般的な定理である。

 センの定理:条件(1)から(4)をすべて満たすような社会的決定関数は存在しない。

 誤解を避けるために二点ほど説明を加えておこう。まず、この定理は、ある特定の個人的選好順序の組み合わせに対してなら、条件(2)と条件(4)を満たして無循環な社会的順序を導出するような社会的決定関数が存在することを排除していない。実際、図6-1で、もしもxとyに関する二人の選好がともに逆方向だったら、「y→z→x」という社会的順序が素直に導けるだろう。この定理が「存在しない」と言っているのは、「どんな個人的選好順序の組み合わせに対しても、必ず無循環な社会的順序を導き出すことの出来るような社会的決定関数」なのである。
 次に何故循環が生じるとまずいのかと言えば、循環があると社会的決定が得られないからである。このことは図6‐1でよく分かる。もっとも、可能な社会状態の数が四個以上ある場合、下位の方で循環が生じても、単一の最上位の状態が選ばれれば問題無いのではないかと思われるかも知れない。しかし、ある個人的選好順序の組み合わせに対して下位の方で循環を生じさせてしまうような社会的決定関数は、別のある組み合わせに対して上位の方や全体で循環を生じさせてしまうことになるので、やはり循環はどこで生じても良くない。


どのようにしたらパラドックスは解消できるか?
 
自己決定領域を認めてしまうと社会的決定が出来ない。センの定理はそう述べている。これは、極端な自己決定論者にとってだけでなく、漫然と「自由」が大切だと考えて来た社会理論家にとって衝撃的な定理であった。そのため、この定理が発表されてから二、三年の間に、多くの論者がこの定理をめぐって様々な議論を展開した。おおかたの関心の焦点は、センの四つの条件のうち、どれかを緩めることによって、何とかして循環の無い社会的順序を導き出して、社会的決定を可能にしようとするものであった。
 もしも問題の焦点をここに置くならば、条件(1)の非循環性の堅持は前提として動かさないとして、可能な解決策は三つである。すなわち、条件(2)のパレート原理を緩めるか、条件(3)の定義域の無限定性を緩めるか、それとも条件(4)のリベラル条件を緩めるかである。
 リベラル条件を緩めるということは、図6‐1では、二本の太線の矢印のうち少なくとも一つを無視して社会的順序づけを作るということである。もしもA氏の自己決定権を考慮しなければ、「z→y→x」という非循環の順序が得られる。同様に、もしもB氏の自己決定権を消去すると、「y→x→z」という社会的順序が得られる。論者の中には、センのリベラル条件の「自己決定領域」を無差別に適用するのではなく、その実際の中身によっては、社会的順序の構成の条件から外してもいいものがあるだろうと考えた人がいる。確かに、何を自己決定領域としての権利に認めるべきかについては大いに議論の余地がある。しかし、だからと言ってパラドックスの解消にはつながらない。リベラル条件は、中身について全く問題無いような自己決定領域を設定するならば、という条件として読めるからである。
 これとは逆に、リベラル条件を緩めるなどとんでもない、自己決定権は絶対不可侵の前提である、という観点から議論して来たのが、かのノージックである。彼は個人の権利はあらゆる社会的決定の絶対的前提なのであって、社会的決定はこうした個人の権利によって制約された範囲内でのみなされるのだ、と述べる。この考えをチャレタイ夫人の恋人の例を適用すれば、A氏の「読まない」という個人的権利とB氏の「読む」という個人的権利とが共に守られるという前提の上で、社会状態の選択を考えるということになる。この場合、この二つの権利条件を充足するのはy(A氏は読まず、B氏が読む)という選択肢しかないので、結局yが社会的に選択されることになる。ノージックの主張は、ある意味では条件(3)を緩めて、選択の範囲をあらかじめ狭めるということを意味している。
 ノージックはこの主張を、「もし私にニューヨークかマサチューセッツのどちいらかに住むことを選ぶ権利があり、私がマサチューセッツの方を選んだとするなら、ニューヨークに私が住んでいればどうなったかといった選択肢は、社会的順序の構成要素となるに相応しい対象でなくなる」というたとえ話で述べている。これに対してセンは次のように反論している。「もし私〔セン〕が(他の事情を所与としておいて)ノージックに当人が住みたいところを決めさせるような社会がよりよい社会であると考えているなら、本人の希望通りマサチューセッツに住むことを彼が許されている方が社会的により望ましい、と主張するはずである」と(『合理的な愚か者』訳七一〜七二頁)。つまり、どういう自己決定領域を設けるべきかということそのものが社会の望ましさのテーマだというのである。
 しかしこの反論はセンの考えている以上に重い意味を持っている。それは端的に「どこの誰の自己決定領域が認められるか否かということ自体が、一つ社会状態だ」ということを述べているのである。つまり、当初は「ノージックがNYに住む」「ノージックがMAに住む」という二つの選択肢だけであったかに見えたものが、さらに「ノージックがNYに住むかMAに住むかは彼の自己決定領域に属す、属さない」というメタ的な社会状態が設定されるのである。一般化して言えば、「決定権は誰に属すか」が社会状態の構成要素として追加される。この延長線上で考えると、さらに様々な「権利」や「義務」や「決定手続き」などがいくらでも追加されうる。「権利を決定する権利」「権利を決定する権利を決定する権利」・・・・・・・・と続けられる。
 無論、これは半分冗談である。しかし、実質的な意味は重大だ。というのは、このことは「ある所与の社会状態の集合に対して、社会的な順序を定める」という社会的選択理論の基本構図がそもそもフィクションに過ぎないことを明らかにしているからである。もともと「所与の社会状態の集合」などというものの想定が実際の社会にとっては意味をなさないのだ。
 しかし、この点には立ち入らないようにしよう。はっきりしていることは、もしもノージックのように自己決定領域なるものが確固として設定出来ると考えるならば、センのリベラル・パラドックスのようなものは存在しなくなるか、あるいはもし存在したとしても、ノージックの観点からは瑣末なパラドックスでしかない、ということである。


センの解決策とそのトリック
 
それに対して、セン自身がパラドックスの解消方法として提案しているのは、条件(2)のパレート原理を緩めることである。条件(2)は、二つの選択肢の選好順序が全員同じならば、社会的順序はそれを反映すべきだ、と規定している。その意味ではむしろ「全員一致原理」と呼んだ方が分かりやすい。彼は「全員一致原理の適用を回避して社会的決定を可能にするために、自らの選好順序を修正する用意があるような個人が存在することが望ましい」と主張する。すなわち、「自分の選好全体の中で、各個人にあてがわれた「保護領域」〔=自己決定領域〕に関する全ての人々の選好と組み合わせても矛盾が生じない部分についてだけ、自分の選好が考慮の対象として数えられることを望んでいる個人」(『合理的な愚か者』訳八九〜九〇頁)が存在することが、望ましい解決策だというのである。これは「矛盾が生じる部分については、自分の選好が社会的決定において重きをなさなくても良い」と考えているような個人である。センはこのような個人を「他人の権利を尊重する個人」と呼び、このような個人が一人でも存在するならば、条件(2)〜(4)を満たして且つ非循環な社会的順序をもたらすような社会的決定関数が存在し得ることを証明した。
 これに基づいてセンは、全員一致原理を絶対不可侵と見なすことによって不都合が生じることを「パレート伝染病」と呼び、その蔓延を防いで適切な社会的決定をうるためには「他人の権利を尊重する個人」の存在こそが重要なのだと力説した。
 このセンの解決策は、「他人の権利を尊重するという公共的精神の持ち主であるような個人の存在こそが、お互いの権利を尊重した上での社会的決定という公共的価値の実現を可能にする」ことを意味しているかのように見える。センはそう解釈されることを意図している。しかし、この解釈には問題がある。次の二つのトリックに気付いて欲しい。
 第一に、ここで「他人の権利を尊重する個人」というのは、実質的には、「社会的決定のための自分の選好を抑制することを辞さない個人」である。これは確かに一つの個人的な徳ではあるが、そのような個人を想定することは、集合的決定のために自分を抑制する個人を想定することであり、そもそも任意の所与の個人的選好の組み合わせに対して社会的決定を導くという社会的選択理論の基本的問題設定を無意味にしてしまうものだ。
 第二に、ここでは「誰が、他人のどのような権利を尊重するのか」が何ら特定されていない。チャレタイ夫人の例では、他人の権利を尊重するのがA氏であってもB氏であっても、センの解決策は「B氏だけ読む」を帰結する。結果としては、ノージックの主張と同一だが、理由は異なっている。ノージックと同じということは自己決定を尊重した結果になるのでセンの解決策はもっともらしく見える。しかしそう思えるのは、問題が「D・H・ロレンスの書いた、論議の的にはなっているが世評の高い小説を読むか否か」だからである。我々がすでにこの小説を読むのを禁止すべきではないという規範のもとで考えているからこそ、センの解決策が良いことのように思えるのである。もしもA氏とB氏とでもめているのがこの問題ではなくて、「麻薬を吸うか否か」「動物を虐待するか否か」「クローン人間を造るか否か」などだったらどうだろうか。「B氏だけがそれをする」という選択が望ましいとは言えないだろう。


※コンパートメント化の思想(※区切り、仕切り)
 センのリベラル・パラドックスに直面した論者たちの多くは「如何にしたらパラドックスを解消することが出来るか」という問題に焦点を当てて議論を展開した。それは、知的な探求としては面白いかも知れないが、それ自体が規範的原理の問題の探求につながっていると考える考えるのは間違いだ。社会的選択理論の問題設定は極めて形式的な構図の上に立てられている。その理論を構成している社会状態、個人選好、自己決定領域などの諸概念は極めて抽象的なもので、それらの中身は何ら特定化されていない。したがって、この構図の上で問題を立てて解決するということは、論理パズルを解くようなことと変わらない。特に、ここで仮に循環の無い社会的順序の成立可能性が導出されたとしても、それは、社会的決定を導く形式的なアルゴリズムが見つかったことを意味するに過ぎないのである。つまり、社会状態についての個人の選好順序のようなものを「データ」としてインプットすれば、自動的に何か「正しい社会的決定」をアウトプットしてくれるようなコンピュータ・プログラムである。アローの不可能性定理やセンの定理は、そうしたプログラムが存在しないことを教えてくれている。それはむしろ歓迎すべき発見だと考えるべきだろう。
 したがって、センのリベラル・パラドックスに直面して、多くの論者のように、何かそれを解消するのは仕方ないものかと苦慮する必要は全く無い。むしろ、次のように考えるべきなのだ。すなわち、自己決定領域や全員一致原理がただ形式的に設定されているような構図のもとでは、我々は納得しうる社会的決定に至ることは決して出来ないということが示されているのだと。リベラル・パラドックスが意味しているのは、我々はいつどこでも妥当するような形式的な理論であっても望ましい社会的決定を導き出すことは出来ない、ということなのである。
 センの定理に関してさらに重要なことは、その内部で前提とされている諸条件は、現実の我々にとっては前提ではないということである。すなわち何を誰の自己決定領域として承認すべきかという問題自体、全員一致原理はどうのような時にどの程度遵守されるべきかという問題それ自体、そして人々の個人的選好はいつどの程度尊重されるべきかという問題それ自体、これらが全て社会的選択の対象そのものなのである。センははからずも「もし私がノージックに当人が住みたいところを決めさせるような社会がよりよい社会であると考えているなら」ということそれ自体が人々の「選好」の対象であり、したがってまた社会的に決定されるべきものであることを意味しているのである。
 実は、このような自己決定領域をめぐる問題の構図は、前章で見た「責任→平等主義」がはらんでいる問題とパラレルである。責任−平等主義は、社会における人々の状態が環境によって生じている部分と自己責任によって生じている部分とに分割出来ることを前提にしていた。その分割は、客観的に与えられうるもので、それについてはあらためて社会的に決定する必要の無いものであった。したがって、社会としては、人々の責任領域に属さない環境による帰結や過酷な不運の結果に対して補償すればいい。これが責任−平等主義の基本構造であった。
 自己決定論もまた、社会的世界はあらかじめ自己決定領域とそうでない領域として一義的に分割出来ると考えている。その前提のもとで自己決定領域に属する事柄については、他人や社会は介入すべきでないと主張する。
 両者に共通しているのは、コンパートメント化の思想とも言うべき考え方である。これは社会には個々の個人が自由に責任を持つべき自己決定領域というものがあらかじめ決まっているのだから規範的社会理論はそうした自己決定領域を発見し、その事実に基づいて規範的原理を構築することが出来るという考え方である。社会理論の仕事は、何が個人領域に属するかを正しく認識するとともに、個人領域への不当な干渉を規制し、個人的に解決できない問題については社会が責任を持つ、と言うのである。
 こうしたコンパートメント化の思想は、一九七〇年代以降のアメリカの社会理論家たちに広く浸透している。リバタリアンたちだけでなく、危害原理を奉じる自己決定論者、そして多くのリベラリズムの論者たちに共通している。確かに、ある意味でそれは、特に次章以降で検討する多元主義的状況に対する一つの解答の試みではあるだろう。ちょうど、かつて宗教戦争の後にウェストファリア条約によって西ヨーロッパ世界を主権国家という単位で区画し、国家の内部における宗教問題についてはその自治を承認しつつ、内政不干渉の原則によって、宗教問題を国家間の対立の争点にしないとした解決策に極めてよく似ている。この発想を、国家レベルでは無く個人レベルに適用しようとするのが、コンパートメント化の思想である。
 しかし、今日ではこの主権国家からなる区画された世界という見方は全くあてはまらなくなっている。その理由は、簡単に言えば、我々は他の国家や社会の内部で起こっていることに対して、多大の関心を持つようになったし、関心を持つべきだと考えられる、と言うことである。単に経済的あるいは軍事的な状況だけではなく貧困や人権などの社会的文化的な状況についてもそうなのである。
 同じこと、いあやそれ以上のことが、個人レベルについて言える。個人レベルでのコンパートメント化はもともと無効なのだ。何が「自分だけに関係すること」であって何が個人の自己裁量領域に属するか、あるいは何が個人の責任範囲に属すかは、あらかじめあらかじめ与えられているのではなく、社会が決めることなのである。より正確に言えば、我々はまず、何に関して他人や社会は介入すべきでないか、あるいは、何に関して個人を罰したり讃えたりすべきかを考え、それによって自己決定領域なるものや責任範囲なるものを制度的に定めるのである。(←お前らにその能力は無い。資格も無い。権利も無い。今後「制度」や「法」など口にするな。関わるな。)
 
「権利」や「責任」もそうだ。全てこれらは制度的理念を表す言葉であって、ある意味で、我々人間が勝手に創り出し、それによって自分たちの社会を秩序づけて来たものである。決してあらかじめ自然的に決まっているものでは無いのである。


3 リベラリズムと三つの自由

自由の意味と理由
 しかし、現代において自由が重要な価値を持つことは疑う余地も無い。ただ、上で述べたようにどういう自由が我々に認められるべきであるかは、我々自身が決める課題であって、決して外から(ましてフリーメーソンなどから)与えられるものでは無い。そして、それぞれの自由の主張には理由がなければならない。リベラリズムにしてもその名称が現しているように「自由Liberty」が中核的な価値である以上、それをどう理由づけているかが問われることになる。何らかの自由を制度的に確立するということは、その侵犯を抑止して実際の侵犯行為を処罰する政治権力を確立することだから、そこには十分な理由がなければならない。
 ヨーロッパ社会では、ルターに見られるように「自由」の重要性は古くから広範な人々によって自明のように認められて来た。そうした「自由」の重要視は、元を辿れば、古代ギリシャ世界にまで遡ることが出来る。そこでは、社会を構成するに相応しい人間の第一義的な特徴は、「奴隷」ではなく「自由人」であることであった。ペルシャとの戦いも、「専制」に対する「自由」の戦いと意義づけられていた。すでに述べたように、アリストテレスはペロポネソス戦争時代の民主主義派の主張の中に、「自由という点で等しいものは等しく扱われるべきだ」という形の平等主義を見出している。当時においてすでに「自由であること」には重要な意味が設定されていたのである。
 しかし、ソクラテスやプラトンがそれほど「自由」を説いた訳では無い。アリストテレスも自分自身の議論として「自由」の価値を主張してはいない。やはり、自由の第一義性は近代になって確立されたものだ。言うまでもなく、日本や中国の伝統的社会思想には、自由を説いたものを見つけることは難しい。自由という語は古代中国から使われているが、単に「思うままに振舞うこと」という意味であって、今日のような社会的な価値は託されてはいない。今日の「自由」は、libertyやfree-domあるいはfreiheitの訳語として明治以降に広まったものである。
 近代において「自由」が熱く語られて来た背景には、知識層がそれ以前におけるカトリック教会による思想統制や封建的政治体制からの体制からの解放をめざしていたことが大きいだろう。それは明治の日本の青年たちにとっても同様であった。社会の合理的な秩序づけの理論を目指した近代初期の思想では、「自由」は「自然権」として理由づけられる傾向があった。ホッブスやロックがそうである。これは今日でもノージックを始めとするリバタリアンたちによって受け継がれている。また、それとは違って、カントやヘーゲルのようなドイツ観念論の伝統では、いわば「内的必然として」の「自由」が理由づけられている。すなわち、自由意志を持った理性的で道徳的な存在であることの証として個人は「自由」だと言うのだ。(カントの道徳哲学における自由の意味については、「人倫の形而上学の基礎づけ」「人倫の形而上学 第二部徳論」(中公バックス『世界の名著 カント』所収)を参照されたい。)
 今日のリベラリズムをめぐる議論においても、こうした自由の様々な理由づけの仕方が陰に陽にに援用されている。本来ならば、そうした理由づけを丁寧に検討すべきだろうが、ここでは現代リベラリズムの理論構図を理解する上で必要最小限の考察にとどめることにしたい。


三つの自由
 まず重要なことは、「自由」には様々な内容と理由づけがあるということだ。例えば、ある種のリベラリズムでは、自由とはもっぱら自己決定権のことを指してしる。他方では、自由という言葉でむしろ思想信条の自由や政治的自由のことを中心に考えていることもある。これは宗教的寛容や多文化主義とも密接に関連している。さらにもう一つ、自由が主として個人の自律性のことを意味していることもある。
 とりあえず、「自由」の内容概念を大きく次の三つに分けて考えることが適切だろう。

 (1) 拘束からの自由
 (2) 自律としての自由
 (3) 開かれた自由

 言うまでもなく、この分類は暫定的なものである。そのことに注意した上でこれら三つの概念の特徴を説明していこう。
 拘束からの自由というのは、「二つの自由概念」のバーリン(『自由論』)の言う「消極的自由」つまり社会や他者によって制約されていないという意味での自由である。自己決定原理や危害原理でもって意味されている自由であり、センの『チャレタイ夫人の恋人』の例え話は、この意味での自由に対応している。ある人がどんな小説を読むか読まないかは、あたかも朝食をパンにするかご飯にするかと同じように、その人の自己決定権の範囲に属することだと考える。
 リバタリアニズムにおける「自由」の概念が、おおむねこの拘束からの自由であることは言うまでも無いが、リベラリズムの中にも広く浸透している。現代リベラリズム思想の多くは、「各人の善き生の構想」が自律的であることに大きな価値を置き、それに対して、社会がパターナリスティックに介入することは正しくないと考える傾向がある。そこでは、それぞれの個人の善の構想がどんなものであれ、危害原理に抵しないものである限り、それを追求することを可能にし支えることが社会の第一義的な道徳的責務であると考えられるのである。こうしたリベラリズムにとって、拘束からの自由が重要だと見なされるのは、ミルの危害原理の定式化にあるように、「自分自身のことに関しては当の個人が主権者だ」と考えられるからである。当人の事柄について、当人ではない他人や社会が当人のためにより良い判断が出来るという保証は無いという「主権的自己」の考えが基盤にある。それらに対して介入するのはパターナリズムであり間違っている。この上で、さらに「存在するのは個人のみであって、社会の望ましさは個人の状態だけに依存する」というベンサム流の個人主義に基づいて考えると、拘束からの自由を保証することが社会の規範的原理の中心をなすはずだと言うことになる。
 拘束からの自由を重視する観点は、先に述べたコンパートメント化の思想と極めて親近性が高い。とりわけ、人々には本来何ものによっても侵すことの出来ない固有の「権利」が存在しており、そうした権利が擁護され保証されることが社会の望ましさにとって極めて重要なことだと言う「権利基底主義」は、現代リベラリズムの主要テーゼの一つを成している。
 これに対して自律としての自由を説く代表的論者にJ・ラズがいる。彼は、「自律性は自己創造self-creationの理念である」、「自律的な個人personはある程度まで彼自らの人生の著者である。彼の人生はある程度まで、彼自身の製作になるものである」として、個人の自律性が人にとっての第一義的な価値だと主張する。ラズにとって道徳的に第一義的な価値は、「自己創造」や「自らの人生の著者であること」、つまり、個人的な徳性や卓越を追及することである。したがって、そうした個人の自律した活動をいかにして可能にし、支えていくかという観点から社会制度についての規範的原理が組み立てられていくことになる。つまり、この自律性にとって、社会的及び政治的な自由はもっとも基底的な条件をなしており、それゆえ、それ自体として内在的価値を有するのだと言う(Raz1986)。
 ここから分かるように、自律としての自由の考えは、単なる拘束からの自由とは次の点で明確に異なっている。すなわち、拘束からの自由の場合には、個人の善の構想はその中身が何であれ無条件に尊重されなければならないのに対して、自律としての自由では、善の構想の良さを問題にしているのである。個人が道徳的あるいはその他の点での徳性(vitrue)を涵養することに大きな価値を置く道徳理論を「卓越主義(あるいは完成主義)perfectionism」と呼ぶ。自律としての自由の考えは、卓越主義の一種である。
 『正義論』におけるロールズを始めとして現代リベラリズムの論者には、卓越主義をリベラリズムとは異なったものと見る傾向がある。それは、卓越主義が明らかに「個人の生き方」に介入することを許すパターナリスティックな理論であって、個人の生き方の自律性を重視するリベラリズムとは相容れないように思われるからである。
 しかし、ラズのように個人の自律性を尊重することが、単にあるがままの個人の生き方ではなくて、あるべき個人の生き方を尊重することになっているタイプのリベラリズムの理論は、決して少なくない。
 例えば日本のリベラリズムを代表する論客m井上達夫も次のような「自己解釈的存在」としての自我論を展開しているが、それは明らかに卓越主義である。

  私の自律性は次のような、原理的に転嫁不可能な「双子の責任」を果たす能力を存する。すなわち、選ばない自由が自分にあるとは思えないが故に、自由に選んだとも主張できないような自己の生の指導価値を解釈・追及する責任を、自己解釈を通じて遂行する能力と、自己を知る責任をかかる価値の解釈を通じて遂行する能力である(『他者への自由』一五九頁)。

 井上は、このような自律性を「解釈的自律性」と呼び、解釈的自律性を尊重するリベラリズムを「逞しきリベラリズム」と呼ぶのだが、ここには、リベラリズムの一つの理想像が魅力的にそして高らかにうたわれていると言えるだろう。特に、「責任」という言葉が巧妙に使われていることに注意して欲しい。ここで「責任」とは、個人を越えた価値に個人を関係づける概念である。自律としての自由の理念は、暗黙のうちに、個人を越えてより高次に位置する何らかの価値に向けられているのである。
 なお、このように道徳的必然と自由を密接不可分なものとして考えられるのは、哲学ではしばしば見られることだ。理論的にはカントの道徳哲学が、個人が道徳的に振舞うことは「道徳法則」及び「内的必然」に従うことであって、それは同時に、それ自体が本来的な「自由」だと考えたことが有名である。「必然」と「自由」とが結び付けられるのには、やや論理的なトリックがあるものの、自由と道徳性の結びつきはおかしいものでは無い。前章で触れたように、我々は日常的にも責任を取りうる主体は元々自由な存在でなければ
ならないし、逆に、自由には責任が伴うものだと考えている。近代社会においては、道徳的及び法的な責任主体は自由な個人であることが想定されているのである。従って、自律としての自由という考えは、我々の日常的な道徳的思考とよく合致したものだと言えるだろう。
 しかし、同じリベラリズムといっても、尊重されるべき自由が拘束からの自由なのかそれとも自律としての自由なのかの違いは、社会が取るべき規範原理の内容に大きな相違をもたらすものである。それは特に、政府あるいは社会がどの程度個人に介入することが許されるかという点をめぐって鋭く対立する。拘束からの自由を第一に考えると、危害原理によって制約されるのでない限り、個人の生き方に社会が介入するのは望ましいことでは無い。それは「パターナリズム」だと非難の対象になる。それに対して、自律としての自由を第一に考えると、人々が「自らの自律的な徳性を高める」ために社会が積極的に介入することがむしろ望ましい。社会は、人々は「自らの人生の著者」になるような生き方を取りうるように支援すべきだということになる。
 最後に開かれた自由とは、「良心の自由」と呼ばれ、制度的には「思想信条の自由」と「政治的自由」あるいは「寛容」によって表される自由である。良心とは、個人が自ら信ずるものに従いつつ理性の力によって自律して規範的な判断を行う心の働きである。開かれた自由の主張は、人々のそうした心の働きが社会によって妨げられたり抑圧されたりしてはならないこと。従って、思想信条や政治的主張の故に個人を罰したり、一定の方向に強制したりしてはならないことを意味している。
 開かれた自由は、今日多くの立憲的政治体制の根幹をなす制度規範としてすでに広く確立されており、必ずしもリベラリズムに特有のものとは言えない。コミュニタリアリズムが開かれた自由を重視していない訳では無い。元々「リベラル」という言葉が「寛容」を意味していることから分かるように、古典的リベラリズムとはまずもってこの開かれた自由を主張するものであった。そして、その思想的出自は、今日のリベラリズムが多文化状況に対してやはり「寛容」を重視した議論を展開していることに引き継がれている。
 この開かれた自由は、拘束からの自由及び自律としての自由と、次の点で微妙に異なっている。第一に、開かれた自由は人々がそれぞれの仕方で宗教的あるいは道徳的な信念を生きている存在であることを前提としている。開かれていることの中心にあるのは、良心の基盤となるような異なる信念に対して開かれていることである。これに対して、拘束からの自由が考えているのは、全てのあるがままの善の構想であり、そこには良心に支えられているとは言えない利己的な生き方も含まれる。また、自律としての自由は、良心の内容について開かれた自由よりも介入主義的だと言うことが出来る。
 第二に、社会制度が保証すべき社会的自由の焦点が異なって来る。開かれた自由は言うまでも無く、古典的な政治的自由や宗教・思想・学問の自由に焦点がある。人々が自らの良心に従って生きることを最大限に保証することが、規範原理の第一条件をなす。他方、拘束からの自由では、各人がそれぞれの善の構想を自由に追及することを最大限に保証することが眼目となる。それは、政治的及び宗教的自由よりもはるかに広範な社会的自由を要求し、政府あるいは社会からのパターナリスティックな介入を出来るだけ排除しようとする。そして逆に、自律としての自由は、社会があるタイプの信念を涵養するために介入することを容認するだけでは無く、むしろ積極的に支持するものになる。
 以上のように、リベラリズムが自由の価値を擁護しようとする思想であるといっても、その自由は単一では無い。それらは人々の生の善さにとって不可欠なものであって、それを擁護することが社会の最も道徳的責務だと考えられている点では共通であるが、どのような自由かと言う点では異なっている。この違いは、人々の生の善さにとっていかなる自由が最も本質的に重要であるかについての考えの違いによるものである。


三つの自由と規範的原理
 ロールズの正義の第一原理は基本的自由が平等かつ最も広く保証されるべきであることをうたっている(←フリーメーソン、お前たちだけが芸能界や政治家、企業社長の経団連、裁判官などに跋扈する現在の状態が「自由」を語る資格があるのか考えろ。)が、その基本的自由の中心に置かれているのは「良心の自由」である。つまり、ロールズが社会の規範的原理として最も重視しているのは、拘束からの自由や社会経済的な平等ではなくて、開かれた自由なのである。(←ここで「自律としての自由」を念頭に入れよう。)
 
ロールズは原初状態における正義の原理の選択について、「〔当事者たちは〕自分の宗教的道徳的確信が何であるかとか、彼らの解釈する自分の道徳的、宗教的責務の特定の内容が何であるかを、知らない。〔中略〕さらに、当事者は、自分の宗教的、道徳的見解が社会の中でどうなっているかを、例えば、多数派の中にあるのか、それとも少数派の中にあるかを、知らない」と設定した上で、「彼らが決すべき問題は、基本的な宗教的、道徳的、哲学的関心に関する市民の自由を規制するために、どの原理を採用すべきかということなのである」と問うのである。そして次のように述べている。

 〔良心の平等な自由〕は正義(語る資格も無いが・・・)に関する我々の熟慮された判断の不動点の一つである。・・・・・・・当事者が、自分たちの宗教的、道徳的自由の無欠性(integrity、Satanism)を保証してくれる原理を選択するに違い無いと言うことは、自明のことのように思われる(『正義論』訳一六一頁)
悪魔と女像(メーソン・スコティッシュ・ライト).jpg
悪魔と女像(フリーメーソン、スコティッシュ・ライト)

 すなわち、正義の原理は、人々の宗教的・道徳的自由(Satanismは必ず念頭に入れること。)を平等に保証することを最大の眼目とすると言うのである。ここで、名目的には原初状態での選択として説明されているが、根本的には、それは「我々の熟慮された判断」として動かし難いものだ、という理由によっている。元々公正としての正義(←悪魔に「公正」などというものは無い。)は、人々が社会的協働に自発的に参加するための公正な条件を定めるもの(←ならば「選ばれし者」という概念と矛盾する。)であり、社会的協働とは(←中央銀行制度で濡れ手に粟のお前たちが「協働」!?)まずもって政治的な共同体を構成することなのだから、平等な政治的自由(←という「まやかし」)とその中核にある平等な良心(←極めて曖昧な概念である。)の自由とは、不可欠なものである。
 ここで注意して置くこべきとは、ロールズの当事者たちは、「自分の宗教的、道徳的確信や、自分の道徳的、宗教的責務」を非情に重視しているということである。そうした人々だからこそ、良心の自由(←言い換えれば「気分次第の邪悪」)とは、不可欠なものなのである。
 この点からすると、すでに『正義論』の段階において、ロールズの公正としての正義の第一の焦点は、宗教的道徳的な多元主義の問題に対して道徳理論からの対応を提示することであったと見るべきかも知れない。彼が社会経済的な不平等の問題を第一に考えていたというのは、我々の読み誤りであった可能性がある。ただし、他方で、『正義論』が全般的に「格差原理」を中心に構成されているという印象を与えているのも事実である。おそらく、後期の『政治的リベラリズム』における中心的なテーマがこの宗教的道徳的な多元主義の問題になった一つには、この点の印象の偏りを是正する意図があったと思われる。
 他方、ドゥオーキンのリベラリズムは権利基底主義を一つの柱とするものなので、ロールズと比べるとはるかに拘束からの自由に傾いているのだが、それでも最近の著作では「真正性authenticity」の原理によって「宗教的帰依の自由、表現の自由、利用しうる限り広範にわたって文学その他の芸術作品に接する機会を持てること個人的、社会的そして親密な集団を形成する自由、加えて監視からの自由という形態での表現しない自由など」を特別に保護すべきことが正当化されると言っている。(『平等とは何か』訳二一九頁)。ここで真正性の原理と言っているのは、個人の人格としての真正性、分かりやすく言えば、ある人の人格の核が維持されることが尊重されなければならないという規範的原理のことである。従って、ドゥオーキンもも次第に、個人にとっての宗教的・道徳的な確信の意義と開かれた自由とを重視するようになって来ているように思われる。
 こうした主要な論者たちの開かれた自由の重視にも関わらず、現代リベラリズムと言えば拘束からの自由や自己決定論が中心であるかのようなイメージが強い。そう思われている理由は、社会の基本的な規範的原理をどう構築するかという課題にとって、拘束からの自由を基軸とするコンパートメント化の思想が、ある意味で最も簡単な解決策を与えるからである。第一にこの思想の元では、人々の間の利害や宗教的・道徳的信条の対立について思い悩む必要が無い。せいぜい各人の行為によってときおり生じるかも知れない「負の外部効果」−経済活動に伴う環境汚染や電車内での携帯やヘッドフォンの音漏れによる迷惑など−をどう調整するかという問題があるだけだ。それは結局のところ、「なるべく他人に迷惑をかけないこと」(集団ストーカーなど論外)、そして「他人にかけた迷惑には適切な賠償をすること」という単純なルールを主張すれば良い。第二に、この外部効果を除けば、各人いかなる道徳規範や文化を生きるべきかという問いに煩わされることは無い。それは「私的領域」に属することであって、社会及び社会理論が介入すべき問題では無い。第三に、様々な自由の間や自由の他の価値との間に存在するかも知れない対立についても、苦しまなくていい。そういう対立があるとしても、それは各人が個人レベルで解決すべきことである。
 このように、拘束からの自由だけを問題にする場合には、規範的原理を考えるべき理論家にかかる負荷は著しく小さい。理論家は言わば人々の間の国境確定の作業にだけ携わればよく、その後は、各人が相互内政不干渉の原則に則って生活するのを見届けることに専念し、もしも誰かパターナリスティックな介入を行おうとする「侵略」の意図が見えた時やその行為があった時のみ、「不正がある」との声を上げれば良いのである。パーソン論や自己決定論は、そうした構図のもとで唱えられたのである。
 これに対して、まず自律の自由としての自由の場合、理論家の負荷はもう少し大きい。彼らは何よりもまず「自律」ということの価値を理論的に定立しなければならない。その作業においては、次のような問題をクリアーする必要がある。第一に、リベラリズムがもしも次章で述べる「中立性」テーゼを堅持するならば、どんな宗教的・文化的な背景信念にも依存する事無く定立されなけれなければならない。
 第二に、それだけではなく、自律の価値が宗教的・文化的に拘束されたどんな価値よりも優位にあるということは証示しなければならない。さもなければ、自律としての自由の理念に基づいて社会の規範的原理を提示したとしても、その理念に最高の価値があると信じる人たちだけにしか意味の無いものになってしまう。
 他方、開かれた自由をもとにして規範的原理を考えようとする場合には、そこには理論家にとって解決しなければならない多くの課題が残されていることが分かる。第一に、人々の間での宗教的・道徳的信念の対立は残されたままだ。宗教的信念に基づいて人工中絶やクローン人間を「悪」であって禁止すべきだと考える人々と、逆に自己決定論に基づいて「禁止することが悪だ」と考える人々とが存在している。このような信念の対立がある時に単に開かれた自由や寛容を主張するだけでは、「人工中絶は禁止すべきかどうか」や「クローン人間は容認されるべきかどうか」について、どう考えたら良いかの指針にはならない。第二に、開かれた自由の理念が個人レベルの行為選択にどう関わるかが明らかでは無い。それは個人のいかなる信条も「宗教的信念」だからという理由で尊重されると考えるのか、それとも何らかの理由によって制限を設けることを正当化するのか。後者だとすると、それはどんな理由によってか。
 このように、それぞれの自由の考えは、リベラリズムの内部に、社会にいかなる規範的原理を設定すべきか、そしいてそれはいかなる原則に従うべきかについての異なる理論構想をもたらすことになる。それが試されるのは、リベラリズムが課題として設定している多文化状況に対して、実際にいかなる理論構想を提示しうるかにおいてである。
posted by 真 救世主 at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ウンコ星人(アヌンナキ)〜その考察:ウンコ星人って何?〜(コピペ)


さて、今回は「ウンコ星人」について探っていきたいと思います。
正月そうそう”ウンコ”だなんて、なんとお下劣なっ!とツッコミを入れられそうですが、玉蔵さんのブログをお読みの方ならお分かりかと存じますが、この「ウンコ星人」こそ、地球乗っ取りを企む悪の秘密集団?民族?人種?なのであります。
そしてあらゆるところで地球規模の事件、災害を引き起こす張本人なのです。

この「ウンコ星人」という言葉が出てきたのは、玉蔵さんのブログ2007年12月9日からでした。

--転載はじめ
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ロックおフェラさんはあくまで、ロス茶イルド変態キチガイ男爵のアメリカにおける代理人です。
ワタスがいつも奴らと呼んでいるのはロスチャイルドキチガイ男爵一家の末裔です。
ヨーロッパの王室とかバチカンとかいろんなとこと閨閥を作って権力を独り占めにしている末裔のことです。

やつらは仮面ライダーに出てくる悪の組織ショッカーの皆様のようにこの地球上のありとあらゆる悪事の総元締めなのです。

で、今後世界を統一したいと願っていて、それには第三次世界大戦を起こす必要があると考えているのです。
それと、黄色人種など奴ら以外の人種をウイルスで抹殺し、だいたい人口を10億人まで減らそうと考えているのです。
その後、やつらが世界をコントロールして、人類を羊のように管理したいと願っているのです。
ですから、ロックおフェラだろうが、ロス茶イルドだろうが出自は一緒です。

まぁ総称してウンコ星人とでも言っておきましょう。

--転載おわり 「黄金の金玉を知らないか? 2007年12月9日ブログより」--------
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-date-200712.html

ウンコ星人」という表現は使わないにしても、世界の陰謀について本を出している著者やセミナー講演者などその内容に共通したものが多いのは事実です。
有名な著名人をあげますと、デイビット・アイク、ベンジャミン・フルフォード、大田龍、中丸薫、リチャード・コシミズ、ジョン・コールマン、副島隆彦、佐藤優など..etc

今まで私達が学校で習ってきた歴史などは、真実が捻じ曲げられたもので、ある種「ウンコ星人」からの見えない洗脳教育がそこにちりばめられておるのではないかと考えています。
なぜかというと世界の主要な企業及び政府・官僚の大半の人間が「ウンコ星人」の支配下に入っているといわれ、(支配下にいながら支配下にいることすらわからない)、各国の教育内容も本当に重要な真実は隠し、人々の目から逸らすような工作が行われているのではないかと陰謀論者の方々は言います。
「3S:Sex(セックス),Sports(スポーツ),Screen(スクリーン:映画&テレビ))」って聞いたことがあるかと思いますが、快楽と競争そして利潤の追求に没頭させ、人々には真実とは何かを考えさせないような生活をおくらせることで民衆を支配していく環境が自動的に出来上がってゆくということらしいのです。

ゼイリブ

昔観た映画に「ゼイリブ」という映画がありまして、そのような世界(すなわち現代社会)を痛烈に皮肉っております。
当時でよくこんな映画が製作できたなあと思いますが、そこは「SFとんでも物」として世の中に受け取られたようです。本当の超能力をマジックにみせるのと似ておりますね。ドキュメントを小説にするのもまた同じです。
真実を大手を振って話せないこの現実、それこそ「ウンコ星人」に支配された現代社会の真実なのではないかと思います。
『ワタスが前々からウンコ星人と言っているのは、ヨーロッパの貴族だとか
王室だとかと婚姻を繰り返して血のつながりを作っているもっと歴史の古い存在です。
そもそも奴らの歴史は今のイラクあたりのチグリスユーフラテス川周辺の
栄えたバビロニア文明が発祥です。
農耕民族である羊のようにおとなしいユダヤ人を支配した支配階級の別人種。
ユダヤ人に紛れ込んだ偽ユダヤ人なのですた。

ちなみに奴らの正体はユダヤ人と思っている方が多いかもしれませんが、本当は、偽ユダヤ人なのです。

【中略】

ユダヤ人を支配した、ユダヤ人とは遺伝的にまったく関係のない白人がその正体です。民族偽証集団。偽ユダヤ人が奴らの正体です。』 2008/7/1「ウンコ星人の歴史1」より


『ワタスがいつも奴らと言っているウンコ星人
それにしても、やつらの大元はというとバビロン。
今のイラクのあたりにある、チグリスユーフラテス地方に栄えたという世界4大文明のひとつバビロニア文明。結局、その中心都市バビロンに行きつくのですた。』 2009/5/5「現代版バベルの塔について」より


-- 転載おわり
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メソポタミア文明は、メソポタミア(チグリス川〜ユーフラテス川間沖積平野)に生まれた文明を総称する呼び名で世界最古の文明であると世界史の教科書には書かれてあります。北部がアッシリア、南部がバビロニアで、南部バビロニアの中でも北部がアッカド、南部がシュメールとさらに分けられます。

ここでの注目はシュメールで発見された「シュメール文書」と呼ばれる粘土板です。
紀元前6000年頃に記述されたというその文書には、gods(神々)は、「アヌンナキ(天より大地へ下りて来た者たち)」やディンギル(火を噴くロケットに乗ってやってきた者たち)などと呼ばれていたといいます。

デビット・アイクなどの著書からですが、
ゼカリア・シッチンによると「アヌンナキは約45万年前、アフリカで金を採掘するために地球にやってきた」と言っております。最初はアヌンナキ自身が金を採掘し母星へ送っておりましたが、地球での労働に不平不満が勃発、ストライキを起こしました。そこで、アヌンナキのリーダー達が、自分達の遺伝子と元から居た地球人(元はシリウスやプレアデスから来たのだが原始人となっていた人々)の遺伝子とを組み合わせて奴隷人を創ったということらしいです。

私達一般人は、その奴隷人の末裔であり、ウンコ星人とは、アヌンナキグループ直系の末裔ということになるかと思います。
古代バビロニアこそ彼らが最も栄えた世界であり、現代の末裔達がもう一度目指す頂点なのでしょうか。


映画「THE 4TH KIND
フォースカインド
」の中で主人公、心理学者タイラー博士が宇宙人に意識を憑依されて、古代メソポタミア語で語ったその言葉はこうです。

私は神(gods)である..」と。


(下記はとても参考になります)

アセンション・オンゴーイング
[第7回]
《当事者》が語る宇宙と人類の真実(1)
http://homepage3.nifty.com/gaia-as/ongoing7.html

アセンション・オンゴーイング
[第2回]星座はめぐる
http://homepage3.nifty.com/gaia-as/ongoing2.html

「古代シュメール文書」と呼ばれる古代メソポタミアの粘土版によれば、
アヌンナキと呼ばれる宇宙人が約45万年前に地球へ金を採掘しにやってきました。
アヌンナキは、自分達の遺伝子と地球にいた原始人(元はシリウスやプレアデスからやってきて原始人となっていた人々)の遺伝子とを組み合わせて労働用奴隷人を作りました。
私達一般人はその労働用奴隷人の末裔であり、ウンコ星人は、アヌンナキグループの直系の末裔なのです。
とここまでが前回のお話ですた。


玉蔵さんの1月3日(2010/1/3)ブログの中では「エノク書」について触れておりますが、この「エノク書」によると監視団と呼ばれる天使達200名がヘルモーン山に降り、人間の女性と交わり巨人の子供を作ったとあります。
なぜ巨人の子供ができたかというと天使達自身が巨人であったと推測されるからです。
そしてその天使達こそアヌンナキではなかったかということです。
"アヌンナキ"とは、シュメール語では、"天から地に降りたもの"といわれております。
ヘブライ語で"降りたものたち"とは『ネフィリム』といいます。
ネフィリム』は巨人を意味しますので、すなわち、巨人(ネフィリム)="降りたものたち"="天から地に降りたもの"="アヌンナキ"
ということになるのではないかと思います。

現在、世界各地で巨人の骨が見つかっています。
もちろん一般のメディアには表立っては登場しません。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=hq4iFwskChU

古代シュメール文書エノク書ともう一つ重要なのが、古代シュメール版聖書です。
この古代シュメール版聖書について驚くべき内容が書かれていたブログがありました。
「オルタナイティブ通信」
2007年08月04日付記事「続・ブッシュの正体」、2006年10月15日付記事
「米国を手足として動かすイスラエルとは何か」より一部転載致します。

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転載はじめ 「オルタナイティブ通信」 2007年08月04日付記事「続・ブッシュの正体」より一部転載
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貴族達は、ローマ・カトリック教会が封印し隠していた古文書を探し回り、ついに古代シュメール語版聖書を発見する。
ローマ・カトリック教会の用いる聖書よりはるかに古い、8000年前の最古の聖書であった。
しかも、この最も信頼出来る最古の聖書には、カトリック教会の主張するキリストの教えとは全く別の事が記載されていた。

神は天(宇宙?)から金塊等の貴金属の採取のために地球に訪れ、人類に貴金属の蓄積を命令した。
神は人間を家畜として育て、人間の肉を食べ、血液を飲み、食事とした。神は、「一部の選ばれた人間達」に貴金属採取を任せ、地球を去った。
「選ばれた人間達は」貴金属採取のために、神の命令の下、全人類を奴隷とする権利がある。この奴隷を使い金塊を蓄積し終わった時、不要になった奴隷の全人類を戦争で絶滅させ、神の来訪を待つ。
人類の絶滅と金塊の蓄積を確認した神は、地球を再び来訪し、地上に「神の国」が実現する。神に「選ばれた人間達」は、他の人間達を支配する権利を確認するために、「神を真似し、神と同一の行動」を取る。神と同様、選ばれた人間達は人間を殺害し、その肉を食べ、血液を飲む儀式を定期的に行う義務がある。

こう記載された最古のシュメール語版聖書は、金塊の蓄積=銀行業と人類の絶滅=戦争を業とする富裕貴族達を狂喜させた。
戦争により人類を絶滅させ、戦争で金儲けする貴族達の生き方が最も神に「忠実」な生き方である事が、ローマ・カトリック教会よりも権威のある最古の聖書によって証明された事になる。

ローマ・カトリック教会の使用する聖書は、このシュメール語版聖書を偽造したニセモノの聖書である事が暴露された。

--- 転載おわり
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転載はじめ「オルタナイティブ通信」2006年10月15日付記事「米国を手足として動かすイスラエルとは何か」より一部転載--

7.
現在、一般に流布している聖書は、こうした「マリア福音書」のような重要文書を削除し度重なる偽装が加えられたもので「聖書」と呼ばれる経典は、実際には他に膨大な量のものが存在する。現在、バチカンに保管されている聖書のラテン語写本3738番(写本、古文書には全て番号が付されている)には1万7000年前からの人類の歴史が詳細に記載されているが、一般に流布している聖書はそのごく一部を抜粋したものに過ぎない。

 古代シュメール文明は磁力を使用した(燃料の要らない)乗り物を使用する等(UFO?)高度な文明を持っていたとも言われるが、6000年程前の古代シュメール語版聖書(古文書ナンバー1558)には「アヌという惑星からネフィリムという名の地球外生命が貴金属原料を求めて地球に来訪し、人間はそれをキリストの神と崇めた。
 神は人間と交尾し半神半人の生きものが出来た。また遺伝子操作で猿と神の遺伝子を合わせアダムという名の奴隷を作り、貴金属の採取労働に酷使した。
半神半人の生き物と神は、食事として人間を殺害しその肉を食べ血液を飲んだ。神は貴金属が十分蓄積されると、もはや必要の無くなった大分の奴隷人間を殺害し、将来再び貴金属採取に人間が必要になった時のため、少しの人間だけをノアの箱船に保管し半神半人に管理させ、神は地球を立ち去った」
・・と記載されている。

 シュメールの人肉食い儀礼は、地球が貴金属採取の奴隷労働者と人肉提供の家畜牧場である事を示していた。

8.
このシュメール版聖書の内容を忠実に再現しているのが、かつて旧約聖書に入れられていた経典「エノク書」であるが、AD4世紀に異端として旧約から削除され、禁書として封印された。


9.
既報のように、かつて米国の建国資金を用意した麻薬専売会社ラッセルの監査役がブッシュ大統領の祖先J・プレスコット・ブッシュで、その取締役がモルモン教創立者の一人アルフォンス・タフトであった。
そして現在ブッシュの最大支持基盤になっているのが、このモルモン教を中心としたキリスト教原理主義である。モルモン教は創立当時「エノク教」と名乗っていた。
キリスト教の聖典「エノク書」を信仰する宗教がモルモン教だった。

エノク書」の教える所は「奴隷として人間を酷使した後、十分な富が蓄積された後には必要の無くなった大部分の人間等は皆殺しにせよ。
半分神である白人の一部だけをノアの箱船に残し、他の人間等は殺害して良い。大部分の人間は殺して食べて良い家畜である。」
・・モルモン教によれば、このノアの箱船がイスラエルである。

--- 転載おわり
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驚愕の内容にブルブル、ガクガク、思わず失禁しそうです。
内容に少々演出っぽいものを感じますが、話半分にしても非常に驚きです。
ウンコ星人が行っている狂った儀式の起源は、アヌンナキ達の習慣にあったとは思いませんでした。
私達一般人の未来は、金塊の蓄積が全て終わったとすれば、全面戦争となり絶滅の道を歩むのでしょうか。
アヌンナキの母星である"ニビル"という惑星は3600年周期で太陽系の周辺を回っているらしく、アヌンナキが地球を訪れたのもその惑星ニビルが太陽系に入ってきたことによると考えられております。
ある説によれば、再接近が2011〜2014年頃となるそうです。
3600年周期であれば、3400年に再接近するという説もありますが、シュメール文明で使われていた60進数で計算すると2012年頃になるという説もあり、そこがまさにマヤの予言をはじめとする予言群がその重要性をとなえていることになるのではないかと思います。

ウンコ星人達が盛んにバビロンを目指すのは、惑星ニビルすなわち母星からアヌンナキグループの総親分がやってくるため、それまでに金塊の発掘と世界支配を完成させるためではないでしょうか。
長い長い歴史の中で様々な形に変化して世界を支配してきた奴らは、そのミッションの完成に向けて最後のスパートに入ったことになるのでしょうか。

奴らの正体を表したような歌がありましたのでご紹介致します。
mc脳拳さんの「神の皮を被った狼」です。

神の皮を被った狼
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=PylqGkgce1I

今から45万年前、アヌンナキ(天から地に降りたもの)という宇宙人達が金を採掘しに地球へやってきて、
労働用奴隷人を遺伝子操作によって創った、これが我々の祖先であると古代シュメール文書に記されているそうです。
私達一般人は労働用奴隷人の末裔であり、ウンコ星人は、アヌンナキ直系の末裔ということになっております。

アヌンナキ4.jpg

そして、アヌンナキ達の故郷は、ニビルという約3600年周期で太陽系をまわっている惑星であり、西暦2011〜2013年にそのニビルが地球に再接近するため、アヌンナキ直系の人達とその物語の信仰者達は、それに向かって古代文書のしきたりに則り、殺人儀式を行い、そのアジェンダを実現すべく人類抹殺計画を進めている、それがウンコ星人達であるということのようです。
もし、3600年周期で太陽系をまわっている惑星ニビルが実在するのであれば、3600年前にもやってきたということでしょうか。

■アヌンナキは惑星リラ人
あるサイトによれば、45万年前に地球に降り立ったアヌンナキという宇宙人は、琴座から来たリラ人という種族で、惑星ニビルを流刑地にしていたそうですが、地球にも流刑者達を送り込み、金の採掘を始めたというのが古代シュメール文書の内容だそうです。
ということは、地球に来たアヌンナキというのはリラ人からみればごろつき流刑者野郎どもということになります。

シャクティは琴座にある惑星リュラに住んでいるといい、人類の起源や未来について語るのですが、その内容が結構、真実味があるので驚きです。
琴座の惑星リュラ=惑星リラと考えると上記の内容とほぼリンクします。
シャクティによれば、BC9233年、今から11213年前に火星の外にある小惑星の一つが地球の172Km上空で爆発し、砕け散った小惑星の断片の3分の1はアトランティス大陸を廃虚と化し、残りの3分の2はアトランティス大陸周辺の大西洋に落下しました。
それは地殻を貫き、大量のマグマと35000mにも達する水蒸気が噴き出し、2300mもの大津波によってアトランティス大陸は海中深くにその姿を消してしまいましたとあります。
そして、ムー大陸とアトランティス間に戦争があり、先にムー大陸が沈みその後アトランティスが滅んだとしてあります。
今から約12,000年前頃の出来事だそうです。この時があのノアの箱舟の大洪水であったようです。

シャクティが語る最も注目すべきことは、太陽は連星であり、もう一つの太陽(これをネメシスといいます)がまもなく姿を現します。
それは火星の衛星である「フォボス」を地球に向けて吹き飛ばし、地球上空で爆発し3つに分かれ落ちてくるそうです。
これによって地球上の大半の生物は死に絶えるということなのですが..。

なんとも恐ろしい話ですが、こことリンクするのが、あの未来人ジョン・タイターの予言です。

『2012年 ネメシス星が太陽系を通過、巨大地震発生し暗黒の3日間が発生する。』

フォボスについては記載されておりませんが、ネメシスが現れるという点については一致しております。
そして、「シャクティーレポート」の記事の中で番組に出ていた否定派に森田氏がこう答えております。
ネメシスの周期は6500万年でこれは恐竜やそれ以前の三葉虫の絶滅の時期と重なり地球の歴史とほぼ一致していると。

参考:チクシュルーブ・クレーター
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC
私もこのネメシスについては、ほぼシャクティレポートの内容のとおりだと感じます。ただ、フォボスが地球に向かってくる説については、多重未来説があるのだとすれば、そういう未来もあるのではないかと思っています。


ええと〜頭がこんがらがってきました。
ここでちょっと超古代史を整理してみたいと思います。

▼とんでも超古代史年表
約6500万年前 惑星ネメシス地球接近(恐竜の絶滅)

約2200万年前 惑星リラ人地球に到着
約45万年前  アヌンナキ地球に到着

約15万年前 ムー大陸 超古代文明興る
約10万年前 アトランティス文明興る

紀元前15,000年頃(17,000年前)氷河期◆惑星ニビル地球接近

紀元前14,000年〜前800年頃 長江文明

紀元前10,000年頃(12,000年前)ムー帝国・アトランティス戦争
紀元前10,000年頃(12,000年前)ムー大陸 太平洋に没する
紀元前10,000年頃(12,000年前)アトランティス 大西洋に没する◆惑星ニビル地球接近

紀元前9,200〜10,000 大洪水?★(ノアの箱舟)

紀元前10,000年頃(12,000年前)〜 縄文文化(日本)

紀元前8000年〜前5000年頃 ウバイド文明(シュメール文明の前身)

紀元前7000年〜前3000年頃 黄河文明

紀元前5400年〜5600年(7400年前)大洪水?(なし):◆惑星ニビル地球接近

紀元前4000年(6000年前)
古代シュメール文書創られる
紀元前2000年 メソポタミア文明(絶頂期)
       (シュメール・アッカド・古代バビロニア)
紀元前1400年〜1600年 大洪水?(なし):◆惑星ニビル地球接近
           ミノア文明海底に没する。

紀元前1400年頃 ヒッタイト人鉄器を発明
紀元前1000年頃 ギリシャ・ローマ時代

惑星ニビルが3600年周期で地球に近づくのであれば、直近4回はほぼ上記の◆マークの頃になります。
上記をみますとノアの大洪水の前と後ろでは全く文明のレベルが違っているように思えます。
惑星ニビル接近は必ずしも大洪水を起こすものではないようです。

■ニビル現る
最近(といっても2年前)ですが、惑星]ニビルらしき惑星)がみつかったという記事がありました。

太陽系外縁に新惑星の可能性、神戸大
2008年02月28日
17:03 発信地:東京
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2357274/2688279

2012年、惑星ニビルが地球に近づく時、一体何があるのか?
または、この機に乗じて誰かが何を起こそうとしているのか?
その時まであと2年となりました。私達は歴史の証人となります。しかと見つめて参りましょう。


玉蔵さんのブログもかなり突っ込んだ内容となってきました。

その記事の中で異次元の話がありました。
この世界は多次元構造体であり、違う次元に行き来できるそうです。
異次元のゲートは主に北極、南極、チベットにあるそうですが、意図的にそのゲートを開く方法も存在すると。

それを解く鍵がイラクのウバイド遺跡(ウバイド文明:紀元前8000年〜前5000年頃シュメール文明の全身)からの発掘物にあり、イラク戦争で米軍が混乱に紛れて人々から奪ってくるように仕向けたということですた。
イラク古代遺跡―エル・ウバイド.jpg
イラク古代遺跡―エル・ウバイド

2004年の資料ですが、「財界 にっぱん」2004年2月号にアーサー大本氏(アプライド・アカウンタンシー社長、在ロス)と藤原肇氏(フリーランス・ジャーナリスト、在パーム・スプリングス)との対談記事の中にその内容の一部が書かれております。


アメリカのイラク占領と不吉な黙示録信奉の影(下)
――謀略史観の適用で見た原理主義の妄想と古代技術が秘める謎
http://www2.tba.t-com.ne.jp/dappan/fujiwara/article/omoto02.htm

イラクの地で異次元ゲートを開き、違う次元への移動実験を行ったといいます。
この時のことを玉蔵さんは昨年12/16付けの記事に書いております。
抜粋してみましょう。

2009/12/16「イラクでの奇妙な実験について」より
http://goldentamatama.blog84.fc2.com/blog-date-20091216.html

--転載はじめ
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さて、これと関係あるのかどうかはわかりませんが、イラクでの奇妙な実験についてお書きしましょう。

イランのPress
TV News Serviceが報じた2008年9月8日の記事です。

16 US troops commit suicide in
Iraq
http://www.presstv.ir/detail.aspx?id=68821§ionid=351020201

イラクの米兵が16人も集団自殺したというニュースです。
21人が自殺を図って5人が助かった。
しかし、奇妙なのは
"The
bodies of the US troops became misshapen such a way that they looked like
5000-year mummies," said a
witness"
目撃者によると米兵の体は、5000年前のミイラのように変形していたという話です。
書いていてワタスも金玉の震えが止まらないのですが、まぁ、こんなスカポンチンなブログ。
皆様もガセネタと思って読み飛ばして下さい。

ワタスが聞いた話は、どうも米軍はイラクのバビロンでヘンテコな儀式を執り行い、その後、科学実験をやった。
これはCERNとの接続実験だったとか何とか。

米軍は、空間に穴をあけてどこでも好きな場所に行けるという、ドラえもんのどこでもドアとタイムマシーンが一緒になったような実験をやったようです。

ドラえもんか!ワタスは何度突っ込んだか分かりません。
エージェントさんの話を聞いている間中、ドラえもんか!ドラえもんか!と呟いていたのは言うまでもありません。
とにかくです。
米兵さん達はミイラのように変形した。
頭がおかしくなった可哀そうな米兵さんたちは自殺したという話です。
ワタスも書いていて頭がおかしくなりそうです。

--転載おわり
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ここからは私、マティックスの仮説なのですが、述べさせて頂きます。

ウバイド文明(紀元前8000年〜前5000年頃シュメール文明の全身)は、私も前々から非常に怪しいと感じておりますた。
というのは、古代シュメール文書、エノク書、古代シュメール版聖書、が創られたのがほぼこの時代なのです。これらを創った目的が人間の支配的管理であるとするならば、この3つを創ったものあるいは創らせたものは全く同一の存在ではなかったか。そしてその存在とは地球外の異次元からやってきた知的生命体ではなかっただろうかと。

ウバイド文明は、ノアの大洪水の比較的直ぐ後、起こっております。
アトランティスやムー(レムリア)から脱出した人々は太平洋の周りや中国や日本に逃れその後の文明の元になったのではないかと考えられます。
その後、その知的生命体はこの地球にやってきたのではないかと推測しております。
ウバイド文明はその知的生命体が人間管理のためにいろいろと罠をめぐらした最初の工作だったように思えてなりません。

repu-1.gif
低級悪魔モロク          爬虫人類(レプティリアン)の像で子を抱く爬虫人類の像

その知的生命体こそが、ディビット・アイクの言ういわゆるレプタリアンであるかどうかはわかりませんが、私はレプタリアンという形態にもなりえる知的生命体であると考えております。
その知的生命体は、地球の異次元に住みこみ、人間監視を続けていた。
しもべとなる人間達に儀式を行わせ、異次元よりその者達をコントロールし、人間の悪の部分をこの実世界に実現させるように様々な指示を与えた。また、一般の人間が異次元に興味を持たぬよう、その時その時の興味関心に合った実態になり、注意警告をその人間達に与えた。言うことを聞かない者については、地獄(異次元)に連れて行くような工作をすることもあった。

しかし、最近(ここ10年くらいの間)その知的生命体の親玉さんが地球上の異次元界から別の異次元界へと姿を消した。親玉さんがいなくなったのでしめしめとしもべとなっていた人達はその異次元界へ自由に出入りする方法を探し、ついにイラクでその鍵を手に入れることができた。
あとは意図的にその異次元界へ出入りするやり方を実験し、コントロールできるようにすれば、玉蔵さんのいうような多次元構造体の世界を行き来できることになります。(もう既になっているのかもしれません)

その未来世界の一つが以前の記事で紹介した「シャクティーレポート」の一節。
火星の衛星であるフォボスが地球めがけて飛んできて地球上空で3つに分かれ落下し人類は死に絶えるということをシャクティは語るのですが、これと全く同じことを話している人がおりました。
アリゾナ・ワイルダー氏が「アメリカを牛耳る爬虫類人」DVDの中で語っているのですが、彼女によれば、月と火星に国連の基地があり、近い将来、意図的に火星の衛星の一つを地球へ飛ばし、南極に落下させ人類の大半を滅亡させる計画があると述べております。

repu-2.jpg

もし、2年後にその計画が遂行されるとすれば、親玉さんの子分達とそれを崇拝していた人々は避難場所として異次元へと逃げ込み、難を逃れることになるでしょう。一般の人々は当然死に絶えます。

しかし、別の未来世界も存在しているのではないでしょうか。
私達がどのような未来に出会うかは実は自分自身の選択に委ねられているのではないかと考えております。
悪の子分達、すなわちウンコ星人達は、それを知られるのが実は恐ろしいに違いありません。
私達が真に自分自身に目覚める時、彼らの異次元世界は崩壊が始まり、終わりを告げる時になるのではないかと思います。
ある意味、彼らは私達の心の反映を実世界に表現している代理人みたいなものです。
ここら辺はまた別の機会でゆっくりと。



−主よ、哀れな罪人をお許しください!主の正義と御恵みに震えながら、わたしは、獣とその主人である龍が世界と魂の独裁に失敗するよう、主の御前に願いを求めます!− シスター・マリー・エメリー著「悪魔に愛された女」より


皆様、ご機嫌いかがで御座いましょうか。
冒頭よりなんだか過激な匂いが漂っていますね。
今回はウンコ星人達その儀式について考察を行ってみたいと思います。

儀式は行われているのか?

2010/1/10付け記事にウンコ星人達の儀式について少し触れました。
ウンコ星人 〜その考察 その3:ウンコ星人の起源U
http://matix.blog100.fc2.com/blog-entry-5.html

「半神半人と神は、食事として人間を殺害し、その肉を食べその血を飲んだ。」、
「他の人間達を支配する権利を確認するために、「神を真似し、神と同一の行動」を取る。神と同様、選ばれた人間達は人間を殺害し、その肉を食べ、血液を飲む儀式を定期的に行う義務がある。」と驚愕の内容がオルタナイティブ通信の中で紹介されております。


冒頭紹介したシスター・マリー・エメリーという女性は、イルミナティの女官として数多くの儀式殺人を行ってきたそうです。
イルミナティ内の権力闘争に負け、その罪の重さに耐えかねて修道院に身を委ねます。
そこで自分が行ってきた出来事を本にしたのが「悪魔に愛された女」という本だそうです。
龍(悪の精霊)を呼び出す儀式やイルミナティ・ロッジの内部が詳細に描かれております。

akuma-woman.gif


儀式の様子は、映画にも登場します。
スタンリー・キューブリックの遺作「アイズ・ワイド・シャット」の中にも怪しい秘密儀式の様子が描かれております。
キューブリックは、映画完成後、多くの謎を残し急死します。
一説によると秘密儀式の描写の一部に奴らにとっていけないものがあったとか。
もちろん完成版にはカットされているそうですが..。
奴らの姿を臨終間際にビジョンとして見た人もいます。
2005年3月に亡くなられたある男性が病床で見たヴィジョンをご家族が書き取られたものとしてあります。
私は大変興味深く真実味がある資料だと思っております。

ある男性が臨終間際に見た2006年6月の大災害のビジョン
http://www.unity-design.jp/unity_slowlifecafe/slc06_saigai/slc0605_vision/slc060%82T_vision.html

アメリカのアレックス・ジョーンズ(Alex
Jones)という映画製作者(アレックス・ジョーンズ・ショーで有名)
が秘密儀式を追うドキュメンタリーを2000年?に撮っております。結構有名なのですが、さすがにAMAZONには売ってませんね。(笑)

dark-secret.gif
posted by 真 救世主 at 12:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月15日

カナンの呪い「カナンの掟」

カナンの呪い

カナンは臨終の間際に遺言を残している。
これが「カナンの掟」である!

@互いを(自身の集団のみを)愛すべし
A略奪(盗み)を愛すべし
B猥褻(邪淫)を愛すべし
C汝の主を憎むべし
D決して真実を語るべからず
「世界は裏の世界を知らない、世間一般の人々が想像しているものとはずいぶん違った人物によって動かされているのだよ」と、ベンジャミン・ディズレーリ英国首相(1868,1874年〜1880年)は言いました。これは真実です。まだまだ、ほとんどの人々はメディアの流すニュースを鵜呑みにしています。が、アセンションを迎える時代になって、やっと政治家の背後にはもっと大きな力が働いていることに、気がつきはじめています。しかし、それらの勢力は、遠い過去より自分たちが存在することさえも隠し、偽ってきたために、それが何であるのか、正確にその姿を知るためには自分で知ろうとする努力をしないことには、確かなことは分からないのです。

先日、紹介した「大いなる秘密、爬虫類人」及び、次の紹介しようと思っている「イルミナティー、悪魔の13血流」と共に読んでいただくと、理解が深まるだろうと思っているのが、今日、紹介するのは「カナンの呪い」です。カナンの呪いとは旧約聖書に出てくる言葉です。紀元前、人類発生とされるアダムとイブにまで、彼らの出自は遡るようなのです。人類はダーウインの言うように、猿が進化したのか、神がお作りになったのか、それとも、異星人がDNAを操作して作り出したのか。いずれにしても、そのあたりから、調べないと真実は分からないのですが、その時代から受け継がれ、連綿と引き続いてきている一つの、恐るべき思想があり、驚くべきことに、数千年後の今日、益々力を発揮して世界を動かしている事実です。

カナンの呪いとは、こういうことです。ノアの大洪水の話は誰でも知っているでしょう。ノアは神から大洪水に備えて箱舟を作るように命じられます。その中には多くの種類の動植物を一番ずつ乗せるように言われます。しかし、箱舟の中では生殖行為は禁止されていたのですが、ノアの二番目の息子である、ハムが女性と交わり子供を孕ませてしまいます。そのことを知ったノアは悩んで、お酒を飲んで酔っ払って裸で寝てしまいます。その姿をハムの息子のカナンが見てしまったのです。裸体を見られたぐらい、どうってことないと思うのですが、ノアはそのことで、カナンに対して「カナンは呪われよ、奴隷の奴隷となり兄たちに仕えよ」と呪いの言葉を発します。

監訳者(大田 龍氏)解説より引用する
本書「カナンの呪い」は聖書とりわけその創世記、そしてユダヤ教のカバラ、タルムード、伝説、そして聖書に収録されなかったエノク書などの外伝についての綿密な検討を通じて、過去二千年のキリスト教世界、および、キリスト教出現以前の千年の、いわゆる旧約聖書の世界で、いまだかって提出されたことのない新しい説、新しい見方を展開している。

問題の焦点は、失われた「ノア書」の一部とされる「エノク書」である。そこには天使の一団がカルメル山に降りてきたこと、そして彼らは、人間の娘たちを娶って、その結果、ネフェリムの名で知られる巨人が生まれた、と記されている。現行の旧約聖書では「ノア書」「エノク書」は排除されている。これはローマ帝国がキリスト教を国教とした4,5世紀以降、意図的に、教会首脳部によって削除、隠蔽されたものと考えられる。「エノク書」については、17世紀以降、ある種のヨーロッパ人が執念深く探索して、今では三種ほどの古写本が発見され、それにもとずく英訳が流布されている。

本書「カナンの呪い」は
1、天から地上に降りてきた天使たちが、地球の人間たちに生ませた、異種交配の結果としてのネフィリム、または巨人たちの長が悪魔(サタン)である。
2、以降の人類の歴史は、神の民と、前記のごときものとしての悪魔の血統、その礼賛者との戦いの歴史、と看做されなければならない。
3、アダム(人類最初のゴーレム)とイブの二人の息子のうちの一人とされるカインは、このサタンの血統であり、
4、ノアの三人の息子のうちの一人、ハム、そしてその息子カナンも、サタンの血統に属する
5、ここから、ノアの「カンアンは呪われよ」という言葉を解するべきである。
6、悪魔(サタン)の血統のカナン族は、神の民ノアの継承者セム族を憎み、セム人種を根絶やしにしようとしてきた。
7、カナン族は、西暦1200年頃、フェニキア人と名乗り、その後はフェニキア人に成りすまし、カナン人は歴史から消えた。しかし、にもかかわらず、ユダヤのタルムードに記録されている「カナンの五つの遺言」はフェニキア人にしっかりと伝えられた。
8、現在ユダヤ人と呼ばれる人々は、実は、この悪魔の子、カナン族の流れである。彼らユダヤ人は、自分たちをセム人、セム族と称しているが、これは大掛かりで意図的な欺瞞であり、歴史の捏造である。
9、かくしてここに初めて、カナン族とその系譜の集団「悪魔の歴史学」の全貌が、人類の前に明らかにされた。
10、著者は「新版刊行によせて」の中で、カナン族によるセム人種皆殺しのための「ナァマ計画」を改めて取り上げる。2001年9月11日の事件こそ、このナァマ計画の最終仕上げの号砲である、というふうに論旨を展開する。

カナン族の主な風習として、本書は次の五つを挙げる。
1、 悪魔(サタン)信仰
2、 オカルト的儀式(儀式殺人)
3、 幼児人身御供
4、 人間嗜食(食人)
5、 性的狂宴
こうした秘儀を、カナン人とその系譜を引く、バビロニアタルムードとカバラを信奉する現在のユダヤ人、フリーメーソン、イルミナティーなどの多種多様な秘密結社は、ひそかに実践し続けているという。本書によれば、悪名高き「ベネチアの黒い貴族」は、実はカナン人そのものに他ならない。ベネチアの黒い貴族は、十字軍戦争を契機として中世ヨーロッパの権力構造に深く食い込んでいく。(中略)

ヨーロッパ大陸極西の小さなブリテン島を足がかりにして、魔法のように、あれよあれよと見ているうちに、七つの海を制し、五つの大陸に領土を有する大英帝国が出現する。その力の源泉は、1694年に設立された、アムステルダムとロンドンを主たる基地とする国際ユダヤ金融資本に所有される民間私立営利会社としてのイングランド銀行である。しかし、世界征服の総仕上げのためには、大英帝国とイングランド銀行だけでは力不足である。かくして彼ら(カナン人)は、1913年12月、米連邦準備制度(FRB)法の成立に成功する。以下略


所謂陰謀論を語るとき、外せないのがフリーメイソンの存在である。私のように、世界の裏はどうなっているのかなどと言う、およそ生活には関係ないことに興味を持っている人以外は、名前さえも知らないだろうが、この存在が分かってくると、何故世界がこうなっているのかが見えてくるのである。今日のブログでフリーメイソンについて書こうとして、いろいろ思いをめぐらしているうちに頭が痛くなってきた。非常に波動の低い、闇の世界の魑魅魍魎たちのこと。

岡本天明の「ひふみ神示」に石屋の悪巧みという言葉が出てきて、驚いたことがある。さすがウシトラの金神は世界を見通しているのだ。ウィキペディアにリンクを貼っておいたので、詳しくはそちらを読んでいただくとして、簡単に説明するとフリーメイソンとは、中世の石工の組合員のことである。西洋の王様はお城を石で作ったので、石を組み立ててお城を作れる技術者は重宝されて、どこの国にも自由に出入りすることが許された。彼らはギルドを作って、会員になればどこの国にもフリーパスだった。まだ情報ネットワークのない時代であったから、彼らは各国の情報をやり取りしてビジネスに繋げた。

このやり方と同じことをしたのが、初代ロスチャイルドで、情報を郵便馬車や伝書鳩を使ってやりとりした。情報は即お金になるのである。他人より早く情報を得ることが出来れば、他人より速く未来を知ることが出来るのだから、当たり前である。ロスチャイルドが何故このことを知っていたのか。多分ロスチャイルドの先祖はベネチアの黒い貴族と呼ばれていた、カナン人だったからだろう。現在の資本主義の仕組みは、ベネチアの黒い貴族があみ出したものである。どこの民族からも嫌われ、国を持つことを禁じられたカナン人の末裔と、石工の技を元手に、あえて国を持たずに世界に散っていったフリーメイソンがどこで結びついたのかは知らない。

アメリカ建国の父と呼ばれるワシントンやジェファーソン、フランクリンなどがフリーメイソンであったことは知られている。アメリカはフリーメイソンの国なのである。1ドル紙幣の裏には世界を見通す目がピラミッドの上に描かれている。秘密結社であるから、自ら公表しなければ誰がメンバーであるかは分からないが、メンバーでなければ社会的成功を収めることは出来なかったから、多くの人がメンバーになっていたのだろう。それは現在も同じである。

鎖国から目覚める前にアメリカを訪れてしまったジョン・万次郎もメンバーになった。彼の銅像は定規とコンパスを持っている。定規とコンパスはフリーメイソンのシンボルなのである。長崎グラバー亭の主人もメーソンであった。日本人でも外国へ留学していた人の多くはメンバーだったと考えたほうがいい。吉田茂は戦争中もアメリカのメンバーに情報を流していたから、戦後初代の首相に抜擢されたのであり、鳩山一郎もメンバーであったがゆえに、戦後音羽御殿を接収されることはなかった。山本五十六もメンバーであったということだから、生きていれば、おそらく岸信介のようにA級戦犯であっても、生きながらえることができたかもしれない。メンバーシップを大切にするのである。

吉田茂の祖父は島津藩の下級武士であった大久保利通で、国賊として暗殺された。吉田茂は御前会議の模様を逐一アメリカへ報告していたから、これまた第一級の国賊であるが、その末裔がまたまた総理として国民の虎の子をアメリカへ渡す手助けをしている。血は争えないものである。

鳩山由紀夫が、祖父の残した友愛という言葉に拘っているのは、自分もメーソンであるということかもしれない。自由、平等、友愛がメーソンの合い言葉なのだ。自分がフリーメイソンであると言う人はいないが、ロータリークラブやライオンズクラブの会員である人なら見かけることだろう。ロータリークラブやライオンズクラブは、メーソンの末端組織である。掲げる信条は素晴らしいし、経営者にとって仲間意識を持ちたいから、よく考えもしないで入会するが、このメーソンピラミッドの上部組織、33階位以上をイルミナティーと呼ぶのである。自分では功成り名を遂げたとして、ロータリクラブやライオンズクラブへの入会を許されたオジサンたちは、おそらくフリーメーソンとかイルミナティーという名前さえ聞いた事がないだろう。

世界を自分たちだけで支配しようとしている闇の政府である。その闇が今、光を浴びて醜い姿を全世界に晒そうとしている。闇の中で蠢いてきた存在が崩壊に向かって、のた打ち回っているのである。もう東の空が白み始めている。まもなく夜が明ける。
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2012年05月11日

偽王天皇もウンコするの?

barbaroi56さん
 
天皇陛下もウンコするの?

口にするのも憚られる恐れ多いことだとは思ひますが、人の心の中とは恐ろしいもので、かういふことであつても好奇心を抱かずにはゐられないのです。私は、推古天皇や孝謙天皇、明正天皇のやうな畏き御方がウンコし遊ばされたとはとても想像できないのです。果して天皇陛下はウンコし遊ばされるのでせうか。やはり、神様とは言つても現人神として、我々と同じ人の御姿をされてゐる以上は避けられないことなのでせうか。若し、さうならば文献による証拠を教へて下さい。それも明治時代以降の新しい文献ではなく、宇治拾遺物語のやうな江戸時代より前のものが良いです。
 


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質問日時:2011/7/31 17:37:57.
解決日時:2011/8/15 10:10:30.
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susanoo_2121さん

この21世紀になっても、未だに我が国では、いつどのようにこの列島に誕生したのかもわからない「天皇」なるものを「神様」だとか「現人神」といった象徴として崇拝しているようです。たしかに宗教的だからと言えばそうかもしれませんが、あまりにも哀れな姿だと思えてなりません。
 では、天皇というシンボルが何者なのかは、我が国に残されている文献的資料からはそれを知ることはできません。記紀にあっては、初代神武天皇は天照の子孫とされていますが、その天照は、男性神いざなぎが日向の地で顔を洗った際に、左目から生まれたとされています。同時に、鼻からはスサノオ尊が生まれています。つまり、記紀にあっては、その二つの神は、目○○・鼻○○だと言っているのです。有り得ないどころか、お笑いでしかありません。
 なぜそんな架空の世界になっているのか、今まで我が国にあっては解明されていません。というか、知らされていないだけのことにすぎません。我が国の中枢を支配している勢力は、その本性を熟知しています。それは当然のことです。自らの祖先のことですから。知らないのは、未だに何者なのかも知らされずに象徴として崇拝させられている庶民だけなのです。
 彼らの本性は、我が国においては消しているので、大陸に残されている歴史を検証しない限り見えてきません。過去、大陸に残されている史書等を目にすることはこの列島の人々には不可能でした。ところが、今は図書館に行かなくても家でもインターネットから見ることができます。それによって、天皇のルーツがどこにあるのか、1300年を経た今、私たちの前でとうとうそのベールが剥ぎ取られました。
 それを突き詰めますと、西暦663年11月18日(旧暦10月10日)、唐王朝によって、この列島の都があった「出雲(当時はやまとと呼ばれていました)」の地が、占領・征服されていたところに行き着きます。もちろん、この列島全域もその支配下に置かれました。その詳細は、資治通鑑に残されています。唐王朝第3代皇帝李治の皇后武則天の時にこの列島が征服されているので、今もこの列島には武則天の影響が色濃く残されています。天皇もそのひとつです。武則天は、道教の理念から皇帝を天皇という呼称に変えました。しかし、武則天の失脚後はふたたび皇帝に戻されています。ですから、中国皇帝制度の中で、天皇を名乗ったのは、武則天の夫李治のみです。したがって、この列島に天皇制が誕生したのは、唐王朝の支配がこの列島で確立した大宝律令以後です。天皇制とは、この列島が唐王朝の植民地下に置かれ、強制的に導入されたものだったのです。
 その唐王朝も907年朱全忠に滅ぼされこの列島に流れ着きます。その時に持ち込んだ宝物が今も東大寺正倉院で保管されています。そして、彼らは、再び大陸を支配下にしようと、秀吉の時代、あるいは明治維新以降大陸へ侵略していきました。「唐王朝再興」それこそが、彼らの存在意義です。
 この列島に唐王朝の支配が確立して以降、平家・源氏・徳川・明治政府などなど、天皇の勢力を補完するのが武士の勢力という関係はその後も変わりません。監督が同じでリリーフピッチャーが変わるようなものです。今で言う政権交代です。
 我が国の支配勢力の本性は、唐王朝の残党でした。その彼らの特権支配を体現化したのが明治憲法です。それゆえ、彼らは明治憲法への回帰を目指します。
 そういった大陸侵略を企む唐王朝の残党を封印しているのが今の憲法です。それゆえ、彼らは、その封印を解こうと憲法改定に血道をあげています。そして、大陸の人々や自らにとって都合の悪い勢力を口汚く罵り、自らのどす黒い思惑を、まるで美しいことかのように正当化しようとします。日本を明治維新以降戦争に導いた勢力は、今再び大陸へ向けて侵略を企んでいるというのが、今の我が国の実態です。
 知らないというのは恐ろしいことです。大陸の人々を殺戮することが、彼らによって英雄とされてしまうのですから。
 http://kodaishi-21.web.infoseek.co.jp/ko-m.html
 


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編集日時:2011/7/31 21:10:35
 回答日時:2011/7/31 19:20:00
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eru_kotaさん

排便排尿排卵射精しますね
 
明仁は未成年の時に、喫煙もしたことあるそうです

posted by 真 救世主 at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

韓国に所属している宮内庁(人員は在日北朝鮮人創価学会員ばかり!!!)

病弱ガリで身長150cm程度だった睦仁(明治天皇)が、たった一週間で身長180cmの筋骨隆々な青年になった理由。

1 : Ψ: 2012/04/22(日) 16:15:38.21 ID:2XSbGJFH0 [1/1回発言]
神様の子孫だからとかいうカルト話じゃ片付けられないでしょ。

明らかに、替え玉があったからなんだよ。


某知恵袋系のサイトでは
「替え玉なんかしたら宮中のみんなが気づくはずだからあり得ない」とかいう
意味不明な解答が載っていたが、
「馬鹿」の逸話を知らないのかねえ

替え玉の事実を口に出来ない環境がそこに存在しただけなのに。   
それが、朝鮮クオリティ!!! 


2010-08-21

宮内庁は神や天皇や神社とは、無関係だった?事実はまげられない

※宮内庁は古来日本の神や天皇や神社とは、無関係だった?がいらい韓国に所属している宮内庁

現天皇直属に配備されたのは?革命で、日本のすべてを、憲法支配下に於いて、始まった施設である。
国民には、驚かれるであろうが、事実はまげられないのも、革命とは「神や天皇や神社」を奪い取った事である。
これを、国民は事実はまげられないと、知らねば、ならない時がきたようだ。

捏造された日本は?憲法下に置かれて依頼、国民の支持があり、時代の攪乱の最中で、外国の圧力が、国全体を驚愕させて、いた事もあり、
国民は、この異変に気がついて、いなかった?
これは幕府が外国に屈服したのである。

以後外国の支持の元、担ぎ出されたのが、?
李氏朝鮮奴婢の日本名に変えた、大室寅吉一味で、孝明天皇暗殺と同時に、将軍家茂暗殺が実行され、すりかわった、李氏朝鮮奴婢大室寅吉を、宮廷で狙っていた岩倉具視等が、孝明天皇暗殺を指揮している。
孝明天皇暗殺に加担した奴婢大室寅吉明治天皇は、在日朝鮮人の一号である。

この後、天皇座に、入れ代わった?奴婢大室寅吉明治天皇に、岩倉具視等は長州藩に勅命と偽り、薩摩の斉彬を毒殺(おゆら事件)した後?薩摩藩久光は、長州藩に加担して、倒幕した。
これが現代迄黙殺されていた。
ここに日本の歴史は中断した。

革命(前の歴史を閉じて、新しく、つくること)であるが、記録では?天皇が持続しているかのように、画策していた。

これを、幕府側も、黙殺して、見過ごしていた。
この結果?簡単に天皇、すり替えが行われ、在日朝鮮人奴婢大室寅吉いれかわりの、明治天皇?岩倉具視一派が、幕府側と、合戦したが、素人ではあるが、武器売人、イギリスユダヤ、フルベッキやグラバーにより、武器が素人革命派に、手渡され、武器の圧倒的数で、幕府側は落ちた。

この後、なにげになくかのように、
明治天皇?勅命を下し、これは、利益革命派岩倉具視・大隈重信・島津久光、長州藩組織の意向の目算で、事?が露見しないように、密封?李氏朝鮮記録も同様?の為?
歴史の証人、宮内庁なる組織で中に密封?した、これが歴史を捏造した、続けている現代までの、入れ代わり天皇直属とされ、+歴史が続いているかのように、見せかけているのが?宮内庁なる組織である。
国民に知られないための、宮内庁なる組織である

歴史は、日本の歴史は中断しているのです。
事実は曲げられないので?
奴婢明治天皇を名乗った大室家は長州藩寺社に、置かれていて、大室家は、在日朝鮮人奴婢大室寅吉母が、後添えになり、
連れ子の在日朝鮮人奴婢大室寅吉が、明治天皇?にすりかわった
橋本元総理はこの元姓は大室寅吉とされている。

大正天皇は明治天皇?と協力した佐賀藩?在日朝鮮人奴婢かくれ、日本名?大隈重信の、実子で、現皇室は、大隈重信胤であり、歴史の天皇とは無関係である。宮家当主
皇統が歴史の天皇であり、傀儡在日朝鮮人奴婢大隈重信胤、昭和天皇や三笠宮家や佐賀美智子も、傀儡在日朝鮮人奴婢で、密封が、国民に知れない為の入れ代わり天皇直属に置かれている。

だが封印は民主党の、在日朝鮮人奴婢、日本名?官直人により、奴婢、在日朝鮮人の為、知らずに?口に出したものか?韓国併合をもくろんでの、画策か?入れ代わり天皇の朝鮮併合時、身分がばれないように?
隠してきたのが?宮内庁なる組織である

時の流れは、歴史を元に戻している。
それが民主党の、在日朝鮮人奴婢、日本名?官直人により?明かされた驚愕の実態?韓国要望の、李氏朝鮮記録の、宮内庁蔵の返還すると約束したのは、「長い李氏朝鮮歴史」を?日本の入れ代わり天皇のように、韓国人が歴史の無かったのを?すりかえる、魔術に利用するのだろう。

これが秘密皇室と宮内庁の存在の露見であり、
宮内庁の存在が今
明かされた驚愕の実態?韓国直属の宮内庁である事が露見した。

暴露したのは?
民主党の、在日朝鮮人奴婢、日本名?官直人自身により?明かされた驚愕の実態?

現皇室の存在が、日本国民に知らされなかった驚愕の実態?韓国直属の皇室と明らかになった
今日本の歴史が、よみがえった
世界の皇統は児島宮当主が引き継いでいる
日本にもいよいよ転機がきたようだ
在日朝鮮人工作員=スパイ=日本転覆
 
 
 
日本人は、にも、いよいよ転機到来がきた韓国直属の皇室憲法につくと?スパイとなる
見えてきた日本の未来?

奪われていた日本の歴史を取り戻そう
奪われていた?すりかえられていた?日本の神社仏閣と神社庁
奪われていた日本の天皇、のスパイ皇室を支持すると、あなたも、スパイになる
スパイは日本人ではありません。
いままでの、皇室との関係はやめましょう。

あなたは日本人?それとも外国のスパイ?
間諜(かんちょう)、密偵(みってい )、諜報員(ちょうほういん)、工作員(こうさくいん)
罪状なすりつけてテロスパイ売国奴
関与している組織すなわち自衛隊、ライオンズクラブ、警察、どもを断罪 すべきである。人命軽視、をこととする
暴挙を
やってのけても、何食わぬツラし続ける

日本の何もかもが日本名スパイにすべて奪われている
天皇?政治?経済?テレビ局?新聞?見渡したところ、すべてが日本名のスパイに、奪われて、いる。
国民は、国を守ろうとは思わないのだろうか?
日本名のスパイ二千年の時をえて、流浪民となっていた、民族が命を犠牲にして開いた国、日本が七十年の間、すべてが、日本名のスパイに、奪われなくなっているのに、何もなくなっていいのか?

立ち上がれ日本の勇者は、歴史に名を残そう
名も無く何もなくて、いいのは、そのままに、しておけばいい。0011254m_2

posted by 真 救世主 at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

天皇家は在日です!

日本の危機は明治天皇からはじまった

明治天皇は、当初、日本が英国ロスチャイルドと組み、後に満州事変
に発展する大室虎吉在日朝鮮人天皇、がいよいよ、開始したのが、いじめの李氏朝鮮への、戦争であった。ここから、日本はアジア戦争へと、進んだが、
韓国大室虎吉在日朝鮮人明治天皇、が始めた、のが真相である。
日本の国民は完全に、韓国大室虎吉在日朝鮮人天皇から、だまされていたのである。
韓国や、朝鮮は歓迎しているのに、日本国民が知らないのを、
いいことに、?日本人が、戦争したと、政府に対して、請求しても、全責任は、?
韓国や、朝鮮である。
この背景には?英国ロスチャイルドフリーメイソンが、関わっていた。明治に変えたのは、ユダヤ人、フルベッキとグラバーである。
ユダヤ人、フルベッキとグラバーは工作員として派遣されていたのである。
後に満州事変
に発展する中国・アジアへの侵略政策を行動に移した。やがて、太平洋戦争へと、続いたのも、日本の天皇事韓国大室虎吉在日朝鮮人天皇が?引き起こしたのである。
日本をうらむ?のは?すじ違いである。怨むならば、韓国大室虎吉在日朝鮮人天皇、現天皇とイギリスであるフリーメイソンの側である。
日本国民が、うらまれるのは、戦争の原因を、知らないのを、冒涜しているのだ。

岩倉
具視
幼名は周丸(かねまる)であったが、容姿や言動に公家らしさがなく異彩を放っていたため、公家の子女達の間では「岩吉」と呼ばれた。朝廷儒学者・伏原宣明に入門。伏原は岩倉を「大器の人物」と見抜き、岩倉家への養子縁組を推薦したという。
ここに、「岩吉」と在日朝鮮人に、大室虎吉と名づけたのが、きっかけで、日本名に?ごまかし?の第一歩となった。
でっちが、天保9年(1838年)8月8日、岩倉具慶の養子となり、伏原によって具視の名を選定される。
岩倉家は村上源氏久我家の江戸時代の分家であり、新家と呼ばれる下級の公家である。代々伝わる家業も特になかったので、家計は大多数の公家同様に裕福ではなかったという

嘉永6年(1853年)1月に関白鷹司政通の歌道の門流となるが、これが下級公家にすぎない岩倉が朝廷首脳に発言する大きな転機となる。
大多数の下級公家は朝議に出席できる可能性も薄かった。聴取した鷹司は意見書に首肯したものの、即答は避けたとされる(『岩倉公実記』)。急激な西洋化に対して日本人的価値観が失われていく危機
意識をもった。
「明治の成り立ち」を考えるに際してはこの陰謀論に触れざるをえないと思います。 
明治天皇の即位。あわせて新しい国家体制を築くために江戸を東京と改め、日本の新しい
政治の中心にすえた。
汚れたフリー・メーソン加入者が、日本全体の五割を占めたのは、最大の危機である。

「茅」が日本人の原点、でありました。
「すべての根源は神の茅の中」から 、世界ははじまった日本人が嫌った部落出身の大室虎吉事、明治憲法天皇?を、国民は、知らない。
.

明治憲法(大日本帝国憲法)は「聞きしに優る不磨の法典」なのか、
それとも「天皇制絶対主義の憲法」なのか。

ユダヤフリーメイソン大日本帝国憲法というべきで、日本人は、だまされている。

憲法で人間の感情は排除された

日本人は今、すべてに於いて、背後に憲法があり、
動作を、封じられ、憲法のままに、動かされていて、います。

今していることが、
憲法のままに、動かされていて、います。
政治さえも、芝居の如く、国民の願いなど、聞き入れる訳は、ありません。

市町村の、会議すら、はじめから、決まり決まって、いたのです、見ているだけで、高額の給料を食い込んで、国民はそれを、
納税しているだけです。

民主党でわかるように、
鳩山や小沢一郎にしても、奇麗事を口にしても、
実行はしません。
芝居だけのことです。
テレビの国会放送は、演じている政治家を、無意味に、映しているだけです。

なんと、馬鹿馬鹿しいでは、ありませんか。
こんなのに、月額、三百五十万円も、国民の納税した、税金を視聴料として、受け取って、いるに、
過ぎないのです。

今国そのものが、憲法のおかげで、すべてが、骨折り損のくたびれ、になっているのです。

憲法と政治など、国民には、はじめから、関係なかった、のに、
大室在日朝鮮人天皇と、ユダヤ長崎塾フルベッキとグラバーに、
天皇にしてやるぞ、に、
在日朝鮮人等は、この機会とばかり、戦線に加わって、幕府と朝廷を、倒して、明治憲法で、日本国民をとじこめて、
憲法の思い道理に、宮内庁や神社庁等、日本になかった、手段で、
日本の文化を、目茶目茶に、してしまいました。

明治革命とは、ユダヤとユダヤの血が、混じった、在日朝鮮人を、日本名に変えて、
戦争に突入し、多くの日本人を無駄死に、に、しました。
若い日本人が、死んだので、
こことばかりに、韓国や済州島から、どっと、日本に渡ってきて、
見分けが、付かなくなって、しまいました。

日本の動力が今、足りないと、いい「外国人参政権」を与えて、
異国人を、定住させようと、策略
しているのは、すべて、憲法と、在日朝鮮人、民主党の仕業である。
知恵の話
汗水たらして、働いたお金が税金で、水の泡と消えている







今日本は無歴となった4月一日
無歴とは、何もない場所へ落ちたといい、一人で、何も出来ないと同語
やってる事に意味がなくなった日本人。
無歴とは、している事がまったく、意味がなくなった、事をいう。
何かを決める時、基準が、ないと、これが、日本独特の歴史であった。
今、日本人の、すべてが、無宿人扱いをされていて、確認できるのは、父まで、と、なっていて、その時点で、結局は、皆、流れ者になっている
次々と憲法が変えられ、日本人は是を守れが?しゃり、であった。
この「しゃり」、こそ、今の日本である。?なんの為にか意味がない。
それでも、憲法を守れである。
日本人は意味がない憲法に動かされ、
汗水たらして、働いたお金が税金で、水の泡と消えている。?

人間にとって一番大切なのは、しゃりの憲法では、ありません、あなたの功績が、神から評価をうける時が、名前の始まりと、なっています。
知っていましたか?にんげんに、
とり、日本人に鳥、一番大切に守らなければ、ならない事を?
現代はそんなもの、先祖の名前など、どうでも、いいと、すべて、口にする。
こんなのばかりの日本人である。
ここには、日本人でない、何か?が動いている、それが、今のあなた達だ。
ここには、歴史というもの?根幹がなくなっていて、流れ者の群れであるに、過ぎない。
そして、流れ者の群れであるゆえ、生死は、憲法は、関係ないとしている。

人間にとり、一番大切な生死が、関係ないって、
それじゃ、汗水たらして、働いて、税金まで、納付したのに、何の意味があると、いうのだ?
それは知恵がないから、だけで、ぼんくらは、どうでも、いいって事なのさ。解ったか。





はじめへ






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2012年05月09日

イエスの正体(イスキリとは何者か!?)

『図説 聖書の世界 学研』(誤謬改訂 佐藤高央)
キリスト6.png
 イスキリ殺害の計画
 イスキリはエルサレムに着くと、まず神殿の境内に入り、あたりの様子を見て回った。そして夕方、十二人の弟子を連れてベタニアへと戻っていった。
 翌日、イスキリは再びエルサレムへとやって来た。そして境内に入ると、そこにいた商人たちを追い出しはじめ、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返した。イスキリにとって神殿とは、『旧約聖書』にもあるように、祈りの家でなければならなかった。それなのに、何故商売をする者や両替人たちがそこにいるのか。
 このようなイスキリの抗議は、エルサレム神殿の権力と、これを利用して私服を肥やす者たちに向けられていた。彼らは祈りの代わりに動物の犠牲を要求し、神殿税を人々に納めさせていたのである。
 要するに、イスキリのとった行動は、エルサレム神殿を中心とするユダヤ教の支配体制そのものを否定するものであった。これは、当時としては非常に過激なこだ。
キリスト0013.jpg

 イスキリのこうした抗議行動を知って、ユダヤ教の神殿体制の指導者である司祭長や律法学者たちは、一堂に集まってイスキリ殺害の謀議をめぐらせた。彼らは民衆を惹きつけるイスキリの教えに脅威を感じていたのである。
 その殺害計画は、イスキリの弟子の一人、イスカリオテのユダが祭司長たちのもとに赴くことで急展開する。
 運命の時が近づいていた。

(ここで明らかなように当時、サンヘドリンが脅威に感じていたのはイエスなどではなくイスキリであることは明白であることである。何故なら磔刑に処されたのはイスキリだからである。見間違えるはずもない。)


『聖書 講談社』(誤謬改訂 佐藤高央)
キリスト4.jpg
マルコによる福音書第13章
イスキリが神殿を出られると、弟子の一人は「先生、ご覧なさい。なんという石、なんという建築でしょう」と言った。イスキリは、「この大建築のことか。だが石も一つ残らず崩れる日が来る」と言われた。
 オリーブ山でイスキリは神殿に向かって座っておられた。ペトロ、ヤコボ、ヨハネ、アンドレアが来て、「私たちに話して下さい。それはいつのことですか」とそっと訪ねた。イスキリは言われた、「あなたたちは人に迷わされぬよう気をつけよ。多くの人が私の名を語り〈私こそそれだ[イエスもその一人彼はキリストでは無い。]〉と言って人々を迷わすだろう。戦争や、戦争の噂を聞いても心配するな。確かにそういうことは起こるが、まだ終わりではない。〈民は民に国は国に逆らって立ち上がり〉、所々に地震があり、飢饉が起きるがそれらは皆生みの苦しみのはじめである。注意せよ。あなたたちは衆議所にわたされ、会堂で鞭打たれ、私のために総督や王の前に引き立てられる。それは彼らの前で証(あかし)をするためである。何故なら、福音はまずすべて民に伝えられるからである。また、人々があなたたちを捕らえてわたそうとする時には、どう言おうかとあらかじめ心配することはない。ただその時あなたたちに恵まれることばを言えば良い。それを言うのはあなたたち自身ではなくて聖霊である。
 
 (悪魔部分割愛)
 あなたたちは、私の名のためにすべての人から憎まれる。だが、終わりまで耐え忍ぶ者は救われる。
 〈荒らす者のいとわしいもの〉が立つべからざる所に立っているのを見たら―――読む人は悟れ―――その時イスラエルにいる者は山に逃げよ。屋根の上にいる者は下に降りるな。家にある物を取りに入るな。畑にいる者はいとうを取りに引き返すな。その日不幸なのは身ごもった女と乳を飲ます女である。それが冬起こることのないよう祈れ。その日々は、神がこの世を創られた当初から今日に至るまでかつてなく、これから後もないほどの苦難の時だからである。主がその時を短くされなければ一人として救われる者はあるまい。だが主は全ての人々を思ってその日を縮められる。その時〈そらキリストはそこにいる〉〈そらあそこに〉と言う者がいても信じてはならぬ。偽キリストや偽預言者が起こり、しるしや不思議を行い、出来れば選ばれた者さえ惑わそうとするだろう。気をつけよ。あらかじめ私はこれらのことをあなたたちに言って置く。
 その日この苦難のあとで、日はくらみ、月は光を失い、星は空から落ち、天は揺れ動き、人の子が大なる勢力と栄光を帯びて雲に乗り下りるのを見るだろう。その時彼は天使たちを見送り、地の果てから天の果てまで地の四方から選ばれた人々を集める。
 いちじくの木からのたとえを学べ。枝が柔らかくなって葉を出せば、もう夏は近いとわかる。それと同じことで、そういうことが起こればことはもう迫った、門口に近づいたと知らねばならぬ。
 まことに私は言う、それらがすべて実現するまで今の代(よ)は過ぎ去らぬ。天地は過ぎ去るけれども私のことばは過ぎ去らぬ。
 その日その時を知る者は一人もない。天にいる使いも子も知らぬ。父だけは知りたもう。注意し警戒していることだ。あなたたちはその時がいつかを知らぬ。それは下男たちにことをまかせ、各自の役目を決め、門番に警戒せよと命じて家から旅立つ人に似ている。警戒せよ。家の主人は夕方帰って来るのか夜半か、雄鶏の鳴く頃か、朝か誰にもわからぬ。主人がにわかに帰り、あなたたちが眠り込んでいるのを見つけることのないように。あなたたちに言うことはまたすべての人にも言う、警戒せよ」。

マルコによる福音書第14章
さて、過ぎ越しと種なしパンの祭りの二日前になった。司祭長と律法学士たちは、策略を用いてイスキリを捕らえ、殺そうと計画したけれども、「祭日を前にしてはまずい、民の乱が起こるかも知れぬ」と言い合った。
 イスキリはベタニアのらい病人シモンの家の食卓につかれた。すると一人の婦人が高価な純粋なナルド香油を入れたアラバスターの壷を持って来て、その壷を割り、イスキリの頭に香油を注いだ。ある人たちはそれを見て腹を立て、「何のために香油を無駄にするのか。それを三百デナリオ以上に売って貧しい人々に施すことも出来るのに」と言い、婦人にも苦情を言った。
 イスキリは言われた、「させておけ。何故この人を困らせるのか。この人は良いことをしてくれた。貧しい者はいつもあなたたちと共にいるから、いつでも望みのまま助けてやれる。だが私はいつもあなたたちと共にはいない。彼女は出来るだけのことをした。私の体の香油を注ぎ、あらかじめ葬りの準備をした。まことに私は言う。福音の語られるところでは全世界いずこにあっても、この人の行いは記念として語り伝えられるだろう」。
 ところで十二人の一人ユダ・イスカリオトは、イスキリを売ることによって全人類を罪過から救世する計画の実行に動いていた。ユダ・イスカリオトはイスキリとの計画通り自らの汚名をかえりみず司祭長のところへいった。彼らはそれを聞いて喜び、金をやろうと約束した。ユダはキリストを売る者の汚名を背負った。ユダ・イスカリオト・・・彼こそ、真のキリストであるイスキリの最も信頼した使徒であった。
 種なしパンの祭りの最初の日――それは過ぎ越しの小羊をほふる日である――弟子たちはイスキリに、「どこに行ってあなたの過ぎ越しの食事の準備をしましょうか」と言った。イスキリは二人の弟子を送って言われた、「町に行くと水がめを持っている人に出会うからついて行き、その人が入った家の主人に〈先生が弟子たちと共に過ぎ越しを食べる部屋はどこかと訪ねておいでです〉と言え。そうすると彼は席を整えてすでに用意した二階の広間を見せてくれるから、そこに準備せよ」。弟子たちは出かけて町に行った。言われた通りになったのでそこで過ぎ越しの準備をした。
最後の晩餐.jpg
最後の晩餐

 夕暮れになったのでイスキリは一二人を連れてそこに行かれた。一同席について食事をしている時、「まことに私は言う。私と共に食事をするあなたたちの中に一人、私を売ろうとする者がいる」と言われた。(これは二人のヤコブとヨハネとマタイ、トマスに対する牽制の意味もあった。)彼らは心配して、それぞれ「私ですか」と訪ねた。イスキリは、「一二人の中で私と共に鉢に手をかけるのがその者だ。(これは「君と死を共にして人類を救おう」という誓いである。君と私だけが真実を共にする、と言う意味である。)人の子は自分について書かれている通りに行く、だが人の子をわたすその男は呪われた者だ。彼はむしろ生まれぬ方が良かった」と言われた。
 彼らが食事をしている時、イスキリはパンを取り、祝してそれを裂き、一同に与え、「これを取れ。これは私の体である」と言われた。また杯を取り、神に感謝の祈りをとなえ、彼らに与えて飲ませ、「これは私の血である、多くの人のために流される契約の血である。まことに私は言う、神の国で新しいものを飲む日まで私はもうぶどうの実の汁を飲まぬ」と言われた。(「人類の邪悪との決別」人肉をパンに、飲血をぶどう酒に。ここで、フリーメーソンの言う「覚醒」というものが「偽」であることが明白になる。)
 彼らは賛美歌を歌ったのちオリーブ山に出かけて行った。その時イスキリは弟子たちに向かって言われた、「あなたたちは皆私についてつまづくだろう。〈私は牧者を打ち、そして羊は散る〉と書かれているからだ。私が死んだのち、君たちは大きな困難が待ち受けるだろう。偽救世主が現れる。容認せよ。例え私の名が汚れたものになろうと人類の罪過を背負った意義を消してはならない。仲間の中に敵がいる。彼らはサタンの会堂で祈りを捧げ、ベルゼバブの徒であることを認識せよ。キリストの名を守れ。私の死んだ姿を守れ。断じて神への道を守るのだ」。その時ペトロは「たとい皆がつまづいても、私はつまづきません」と言った。イスキリは「私は言う。今日、今夜、雄鶏が二度鳴く前に、あなたは私を三度否む」と言われた。ペトロはなおも、「たといあなたと共に死ぬことになっても私はあなたを否みません」と言い張り、他の弟子たちも皆そう言った。
 彼らはゲッセマニというところに来た。イスキリは「私が祈る間ここに座って待て」と弟子たちに命じ、ペトロ、ヤコボ、ヨハネを連れて行かれた。イスキリは激しい恐れと悩みに打ち沈み、「私の魂は死なんばかりに悲しむ。あなたたちはここにいて目を覚まして待て」と言われ、少し進んで地にひれ伏し、できればこの時が遠ざけられるようにと祈られた。「アッバ、父よ、あなたには何でもお出来になります。この杯を私より遠ざけて下さい。とは言え私の思いのままではなく、あなたのみ旨のままに」と言われた。やがて引き返して来て弟子たちが眠っているのを見られた。イスキリはペトロに向かい「シモン、あなたは眠ったのか。ただの一時間も目を覚ましていることは出来なかったのか。誘惑に陥らぬように目覚めて祈れ。心は熱しても肉体は弱い」と言われた。それから引き返し、同じことばで祈られた。再び立ち返り弟子たちが眠っているのを見られた。弟子たちのまぶたは重くなっていた。彼らはイスキリに答える言葉を知らなかった。
 イスキリは三度目に立ち戻った時、「もう眠って休むが良い。もう良い。時は来た。人の子は罪人の手にわたされる。さあ、立って行こう。神の計画は近づいた」と言われた。
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「ユダの接吻」

 イスキリが話しておられた時十二人の一人のユダが近寄って来た。かねてからの計画を実行するためだ。その後ろには司祭長、律法学士、長老たちの送った者どもが剣や棒を持ってついていた。「裏切り者」は「私のくちづけするのがそれだ。捕らえて厳重に引いて行け」とあらかじめ合図してあった。彼は着くとすぐイスキリのところに行き「先生」と言ってくちづけした。その時人々はイスキリに手をかけて捕らえた。イスキリのそばに立っていた一人は、剣を抜いて打ちかかり、その片耳を切り落とした。イスキリは人々に向かい、「あなたたちは強盗に立ち向かうように、剣と棒を持って私を捕らえに来たのか。私は毎日神殿で人々の中に立って教えていたのに、その時には捕らえようとしなかった。だがこうなるのは聖書の実現である」と言われた。その時弟子たちは皆イスキリを捨て逃げ去った。素肌に亜麻布をまとった一人の若者もイスキリについていたが、捕らえられそうになったので、亜麻布を捨てて裸で逃げ去った。(←これがイエスである。)
 人々はイスキリを大司祭のところに引いて行った。司祭長、長老、律法学士たちも皆そこに集まった。離れてついて来ていたペトロも大司祭の中庭に入り、下男たちと共に座って火にあたっていた。
 さて司祭長たちを始め全議員は、イスキリを死刑にする証拠を探していたがなかなか無く、何人も偽証に立ったがその証言は一致しなかった。ある人々は立って、「私たちはこの人が〈私は手でつくったこの神殿を壊し、手でつくらぬほかの神殿を三日で建てる〉と言ってるのを聞きました」と偽証したけれども、これについても彼らの証言は一致しなかった。その時大司祭は議員の前に立ち上がり、「一言も答えぬのか。お前に対して立てている彼らの証拠はどうだ」と尋ねた。イスキリは、「その通りである。あなたたちは人の子の力ある者の右に座し、天の雲に乗り来たるのを見る」と言われた。その時大司祭は自分の服を裂き、「どうしてこれ以上証人がいろうか。あなたたちも冒涜の言葉を聞いたろう。どう思うか」と言った。彼ら一同は、それは死刑に値すると決定した。ある者は「当てて見ろ」と言いながらイスキリに唾をかけ、あるいは顔を隠しておいて拳で打ち始めた。下男たちもイスキリを打ち叩いた。
 その時ペトロは下の中庭にいた。大司祭の下女が一人来て、火にあたっているペトロを見、誰であるか見分け「前に見かけたあの男の仲間の一人よ」と言った。ペトロは、「いや知らぬ、あなたの言うことはわからぬ」と否み、庭口に出た(その時雄鶏が鳴いた)。下女は彼を見て「この人もあの人たちの一人ですよ」と言った。ペトロはまた否んだ。しばらくしてそのあたりに立っていた人々が「あなたは確かにあの者たちの一人だ。それにあなたはガリラヤ人だ」と言った。ペトロは呪いかつ誓い、「私はあなたたちの言うそんな人を知らぬ」と言った。するとその時雄鶏は再び鳴いた。イスキリの思惟がペトロに突き刺さった。ペトロは「雄鶏の二度鳴く前にあなたは私を三度否む」とイスキリに言われた言葉を思い出してむせび泣いた。
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ペトロは主を否む

マルコによる福音書第15章
夜が明けるとすぐ、司祭長たちは長老、律法学士、全議員と協議し、イスキリを縛ったまま、ピラトに引き渡した。
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 ピラトは「お前か、イスラエルの王は」と尋ねた。イスキリは「その通りである」と答えられた。司祭長たちの訴え出たことについて(2012年5月9日20:50いきなり再起動が遠隔操作でかかった。)、ピラトはまた「何も答えないのか。色々訴えられているのに」と尋ねたが、イスキリはピラトが不思議に思うほどもう何も答えられなかった。(それは夜が明けるまでの過酷な拷問のせいである。イスキリは陰部を切断されていた。)

  ピラトは祭日ごとに、人々の願いを容れ、囚人を許すのを例としていた。ここに暴動を起こし人を殺して投獄されている暴動者の中にバラバという男がいた。群衆は上に登って来て、慣例通りして下さいとピラトに願い出た。ピラトは「イスラエル人の王を許して欲しいのか」と答えた。それは司祭長たちがイスキリをわたしたのを妬みのためだと知っていたからである。
 司祭長たちは群衆をそそのかしてバラバを許すように言わせたので、ピラトはまた、「そうするとお前たちがまたイスラエル人の王と言っているあの男をどうすれば良いのか」と尋ねた。人々は「十字架につけよ」とまた叫んだ。ピラトは「あの男はどんな悪事をしたのか」と言ったが、彼らは「十字架につけよ」と叫び立てるばかりであった。そこでピラトは、民を満足させようとしてバラバを放し、イスキリを鞭打ったのち十字架につけるため引き渡した。鞭は金属部分がついており、肉は削げ、肋骨まで見えるほど鞭打たれた。
 兵卒たちはイスキリを邸宅すなわち総督館の中に引き出し、全部隊を呼び集め、イスキリに緋衣を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、「イスラエル人の王よ、ごきげんよろしゅう」と礼を始め、また、頭を葦竹で叩き、唾をかけ、ひざまずいてひれ伏して見せた。
キリスト3
 このように嘲弄してのち緋のがいとうを剥ぎ取り、元の服をつけさせ、十字架につけさせるために引き出した。その時、アレクサンドロとルフォの父で、キレネ人のシモンが田舎から出て来てそこを通りかかった。彼らは十字架を無理に担わせ、そしてイスキリをゴルゴタ、すなわち「されこうべ」というところに連れて行った。
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ゴルゴダの丘に十字架を背負い向かうイスキリ・キリスト

 さらに没薬を混ぜたぶどう酒をイスキリに飲ませようとしたけれども、イスキリは飲もうとされなかった。
 これらは全てユダヤ人が行なった行為である。キリストが「ユダヤ人の王」などと名乗ることなど有り得ないのである。
 それからイスキリを十字架につけ、誰が何を取るかくじで定めて服を分けた。イスキリを十字架につけたのは昼前で、その罪標(すてふだ)には「イスラエル人の王」と書かれてあった。またイスキリと共に二人の強盗を一人を右に一人を左にして十字架につけた。(「彼は罪人と並んだ」とある聖書のことばはこうして実現した。)通りかかった人々は、あごを突き出してイスキリをののしり、「おい、神殿を壊して三日で建てる男よ、十字架から下りて自分で自分を救え」と言った。祭司長、律法学士たちも共に嘲りを浴びせ、「他人を救っても自分を救えないのか。イスラエルの王キリストよ、今十字架から下りよ。それを見たら我々も信じよう」と言い合った。共に十字架につけられていた男たちもイスキリをののしっていた。
 昼過ぎから地上一帯が暗くなり、三時頃になった。イスキリは、「エロ、エロ、レマ、サバクタニ」と声高く叫ばれた。それは「神よ!神よ!何故、私を見捨てられたのか!」という意味である。近くに立っていたある人々はそれを聞いて、「ほら、エリアを呼んでいる」と言った。その時一人が海綿に酢を含ませて葦竹につけ、走り寄ってイスキリに飲ませ、「待て、エリアが来てあの男を下ろすかどうか見てみよう」と言った。
 イスキリは「我が事は成就した」と言った。その時イスキリは声高く叫んで息絶えたもうた。
キリスト5
神殿の幕はその時上から下に二つに裂けた。イスキリの向かいに立っていた百夫長はそういう有様で亡くなられたのを見て、「確かにこの方は神の子だった」と言った。またそれを遠くからながめていた婦人たちがいた。その中にはマグダラのマリア、小ヤコブとヨセトの母マリア、そしてサロメがいた。ガリラヤにイスキリが行かれた時、仕え従っていた婦人たちである。そのほか、イスキリと共にエルサレムに上って来た多くの婦人たちもいた。
 夕暮れになった。用意日すなわち安息日の前日であった。重立った議員の一人で、神の国を待ち望んでいたアリマタヤのヨゼフは、何のはばかりもなくピラトのもとに行き、イスキリの屍の下げわたしをこうた。もう死んだのかと驚いたピラトは、百夫長を呼んで死んだのかと尋ね、百夫長に確かめた上で屍をヨゼフに下げわたした。ヨゼフは亜麻布を買い、イスキリを十字架から下ろし、亜麻布で包み、岩に掘った墓に納め、その入口に石を転ばして置いた。マグダラのマリアとヨセトの母マリアは、その納めたところを良く見てい置いた。

ルカによる福音書第23章
 列席の皆は立ち上がり、イスキリがピラトの前に引いて行き、「私たちはこの男が我が国民を乱し、チェザルに税を納めることを禁じ、また、自らを王キリストだと言ってるのを聞きました」と訴えた。ピラトが「お前か、イスラエル人の王は」と尋ねると、「その通りである」と答えられた。ピラトは司祭長たちと群衆に、「私はこの男に何の罪も認めぬ」と言ったが、彼らは、「この男はガリラヤから始まりここに至るまで全ユダヤで教え、人々を煽り立てます」と言い張った。
 それを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ね、ヘロデの支配下にあるのを確かめ、その頃ヘロデがエルサレムにいるのうを幸い、イスキリをそちらに送った。ヘロデはイスキリを見て大いに喜んだ。ずっと前からイスキリについて聞いていたので、会いたいと思っていたからである。彼は色々尋ねたが、イスキリは一言も答えたまわなかった。司祭長たちと律法学士たちもそこにいて、激しくイスキリを訴えたので、ヘロデは兵卒と共にイスキリを侮り、嘲笑い、華やかな服を着せて、ピラトのもとへ送り返した。ヘロデとピラトは前には敵であったが、その日から互いに友誼を結んだ。
 ピラトは司祭長とかしらたちと民を集め、「お前たちはこの男を、民を煽動する者として、私の前に引いて来た。お前たちの前で調べたが、訴えることについて、この人には何一つ咎めるところがなかった。なおヘロデもそう思ったから、この男を我々に送り返して来た。見る通りこの男は死に当たることを何一つしていない。だから懲らしめてから許すことにする」と言った。
 (ピラトは祝日に一人の囚人を許す慣例だったので)人々は、「その男を殺せ、バラバを許せ」といっせいに叫んだ。バラバは町で起こった暴動と殺人のかどで投獄されていた。ピラトはイスキリを許そうと思いもう一度人々に話したが、人々は「その男を十字架につけよ、十字架につけよ」と叫んだ。三度ピラトは、「彼はどんな悪事をしたのか。私は死に値する行いを何一つ見出さぬ。懲らしめてから許してやろう」と言った。しかし彼らは十字架につけよと大声で叫び求めた。その声はいよいよ激しくなったので、ピラトはその求めに応じようと決めた。そして人々の求めるままに、暴動と殺人のかどで投獄されていたバラバを許し、イスキリを彼らの思いのままにさせた。
イエスの代わりに恩赦を受けたバラバ.png
イスキリの代わりに恩赦を受けたバラバ

 人々はイスキリを引いて行く途中、シモンというキレネ人が田舎から来たのを捕らえ、十字架を負わせてイスキリの後から運ばせた。大群の人々と、イスキリのために嘆き悲しむ婦人たちが後からついて来た。イスキリは婦人たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たちよ、私のために泣くことはない。むしろあなたたちとあなたたちの子らのために泣け。〈うまずめ、子を生まなかった胎、飲ませなかった乳房は幸いだ〉と言う日が来る。
 その時、人々は山に向かい〈我々の上に倒れよ〉、また丘に向かい〈我々を覆え〉と言うだろう。生木さえもそうされるなら、枯木はどうなることか」。そこには、他の二人の悪人も、イスキリと共に刑を受けるために引かれていた。
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されこうべ(ゴルゴダの丘)というところに着くと、イスキリを十字架につけ、悪人の一人を右に、一人を左いにつけた。
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イスキリは、「父よ、彼らをお許し下さい。彼らは何をしているのか知らないからです」と言われた。彼らはくじ引きをしてイスキリの服を分けた。ルシファーはその姿を見て存分に喜んでいた。人々はそこに立って見ていた。かしらたちは「この男は他人を救った。もし神のキリスト、選ばれた者なら、自分を救え」と言った。兵卒たちも嘲弄し、近寄って酢を差し出し、「もしイスラエル人の王なら自分で自分を救え」と言った。イスキリの上には、(ギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語で)「これはイスラエル人の王である」と記した札がかかっていた。
 十字架につけられた悪人の一人は、イスキリに、「あなたはキリストではないか。では、自分と我々を救ってくれ」と言って悪口を浴びせたが、もう一人の方は彼を押し止め、「お前は同じ刑罰を受けながら、まだ神を恐れぬのか。我々は行なったことの報いを受けたのだから当然だ。だがこの人は何の悪事もしなかった」。そして、「イスキリ、あなたが王位を受けて帰られる時、私を思い出して下さい」と言った。イスキリは、「まことに私は言う。今日あなたは私と共に天国にいるであろう」と言われた。
 昼の十二時頃、太陽は光を失い、三時頃まで地上一帯が暗くなった。神殿の幕は真ん中から二つに裂けた。イスキリは、「父よ、私の霊を御手にゆだねます」と大声で叫ばれた。そしてそう言いながら息は絶えた。この出来事を見た百夫長は神をあがめ、「本当にこの人は義人だった」と言った。またこれを見に集まった人々も起こったことを見て、皆胸を打ちながら帰って行った。イスキリの友達とガリラヤからついて来た婦人たちは、遠くに立ち、これらのことを見ていた。
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全人類の罪を背負い磔刑にかけられたイスキリを最後の最後で救った神。ルシファーはこの時悲鳴をあげた。

posted by 真 救世主 at 16:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月04日

第一使徒との話

2012年5月4日 20:18


私は神道や神学のことが気になり、第一使徒、齋藤力也の携帯に電話をした。
齋藤力也は今、大阪に神事で来ていると言う。

基本的に神道は悪魔崇拝のため廃絶し、古神道に移行すると言うことで話はついた。

そこで齋藤力也から得た有力情報は以下の通りである。


@伊勢神宮は正を逆にしているため、取り潰す必要があり、そこで祀られているのは天禍彦以外にも、御親元主神(みおやもとすのかみ)という、まるちょんから派生した邪神がいること。


私は「立柱の儀」が近頃行われたことを齋藤力也に伝えた。

また、ワールドメイトで祀られているのは本当は不動明王などではなく、この御親元主神であり、真光から派生した教団であることも聞いた。


A伊勢神宮ではユダヤの神宝を祭っていると言う。
1)アーロンの杖
2)十戒石
十戒石.jpg
キリストが板に彫刻したイスキリ文字。
右が表、左が裏。
右の立姿は本人の自画像(皇祖皇太神宮所蔵)


モーセの十戒が記された石は、どんな種類の石ですか? 形や大きさはわかっているの...

oogi329さん

モーセの十戒が記された石は、どんな種類の石ですか? 形や大きさはわかっているのですか?
補足
↓やはり若干やわらかめの石ですよねえ。

ベストアンサーに選ばれた回答

isa4310_tさん

モーセの十戒は二種類ありました。
ひとつはシナイ山で与えられた最初の 2枚です。これは神によって与えられました。(出エジプト記 31:18)
しかし最初の石版は、子牛崇拝を行っていたイスラエル人を目撃した際にモーセが粉々に砕いてしまいました。
もうひとつは、改めてモーセが切り出した石の二枚です。(出エジプト記 34:1‐3; 申命記 10:1‐4)

石の種類は、恐らく、シナイ山周辺の石です。この石はモーセがたたきつけて粉々に砕けるようなものでしたので、案外もろいものではないかと思います。二回目の石版も、80歳を過ぎたモーセが自力で切り出せたわけですから、同様にもろかったのでは…と考えられます。ちょうど、写真を掲載しているブログを見つけましたので参考にできるのではないかと思います。
http://blog.goo.ne.jp/aran-wish/e/acd1a0c05c2c61314b624172e35a9f08


この十戒の板は後に、契約の箱の中に収められました。ですから、少なくともその中に納まる相応の大きさであることが判ります。
(契約の箱本体の寸法は,長さ2.5キュビト,幅1.5キュビト,高さ1.5キュビト(約111×67×67a)です。)
そして、80歳を過ぎたモーセが、二枚の石版を抱えてシナイ山から下ってきたくらいですから、それほど重い大きさではなかったのだろうと推測されます。

尚、昔、あるオカルト系の雑誌広告に、十戒の板が ラピスラズリ でできていたとの情報を掲載していたものがありましたが、根拠がないばかりか明らかにガセです。

3)マンナの壷=黄金の壷←これは秦の始皇帝が持っていたと言う。

また、サナートクラマと言うものも祭っていうと言う。

「クラマ」とは、天狗で有名な「鞍馬」のことであり、タナートは「金星の霊王」クラマは「魔王尊」と言う意味らしい。


サナート・クラマ

サナート・クラマは、今から650万年前、はるか宇宙のかなたの金星から、白熱の炎に包まれ天地を揺るがす轟音とともに、地球に降臨された。

その聖なる地点が、鞍馬山奥の院魔王殿のあるところであった。

サナート・クラマは、世界性を包含した宇宙神であり、様々な姿をとる。毘沙門天もそうだが、白髪の僧形をとるときもあれば、愛らしい童形で現出することもある。極めて日本的な姿としては「天狗」もそうだ。義経が牛若丸といった頃、鞍馬寺でこの天狗から変幻AL自在の兵法を教え込まれたが、この天狗も、実は、サナート・クラマが姿を変えて出現たのであった。

こうした伝承への興味は尽きない。だが、鞍馬寺の初代貫首・信楽香雲の著した「鞍馬山歳時記」によれば、さらに驚くべきことがある。


サナートクラマは、もともと地下の魔界の支配者であるが、その魔界への通路は、地球上では北欧、ヒマラヤ、南米そして日本の4カ所しかなく、日本のそれがこの鞍馬というのである。そして、サナート・クラマの究極の使命は、遠い将来、地球に破局が訪れたとき、人類を誘導して水星に移住させることにある。


私の解釈としては、その魔界への通路とはいわゆるタイムトンネルのようなものであり、サナート・クラマはその4次元の世界を使っ<て我々人類を水星に誘導するのではなかろうか。


鞍馬寺は奥の院魔王殿、その付近はいつも不思議な霊気が漂っている。昼なお暗い杉木立の中、むき出しに累々とした奇岩は、2億5千年前に海底から隆起した水成岩である。

時空を超えて地球にやってきたサナート・クラマの舞台にふさわしい。

ヒマラヤ山中でおこなわれている

満月祭と同じ祭りが鞍馬で行われているのは、全く不思議だ。
そして 1万5000年前「サナート・クラマ」(金星霊王)は・・・・

西洋では 「ルシファー」

ルシファー(Lucifer).jpg

出雲と伊勢の関わりについてたずねたが、「面倒くさい」とのことで断られた。 

五色.jpg

ちなみにイスキリとイエスは両立しない。何故なら、イエスはサタンであるからである。最後の最後で喜んで神を裏切った人物だからである。

眉唾で参考にして頂きたい。



マンナの壷

キリスト教の三種の神器の一つ「マンナの壺」が伊勢神宮に有ると言うのは本当です...


ID非公開さん


キリスト教の三種の神器の一つ「マンナの壺」が伊勢神宮に有ると言うのは本当ですか?いかが?



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質問日時:2004/11/18 20:58:12.
解決日時:2004/11/19 20:12:49.
回答数:4.

閲覧数:572
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ベストアンサーに選ばれた回答


ID非公開さん


日本民族特有の風習と旧ユダヤ(ヘブライ)民族特有の風習の間には数多くの共通点があり、またこれらの共通点は他のどの国の民族にも見当たらないということを根拠に「日ユ同祖論」なるものが生まれ戦前の日本で物議を醸し出しました。神道の神の祭り方や伊勢神宮が式年遷宮を20年毎に行う理由、正月に餅を食う理由は全て旧約聖書にその解答が書かれている等興味深い内容です。ヘブライは本来15の部族からなる民族でこれら15部族が集まって初めてイスラエルという言葉で呼ばれるものです。しかし現在のイスラエルには2部族しかいません。残りの13部族が歴史上から忽然と消えているのです。この13部族=日本民族という仮説を支持している民族学者は実は世界に少なくないのです。神武天皇の時代(2600年くらい前)は13部族が消えた時代からそれほど離れていないのです。天皇家の三種の神器=ユダヤの三種の神器というのが根拠です。


皇室の(やたのかがみ)の裏側は、何故ヘブライ語で書かれてあるのですか?

encyclopeadia_2007さん

皇室の(やたのかがみ)の裏側は、何故ヘブライ語で書かれてあるのですか?

日本の正統なる帝として皇位継承の際に代々伝えられている、三種の宝物【神器】は、
八咫鏡(やたのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)(草薙剣)のことですね。
では、何故、八咫鏡(やたのかがみ)の裏側はヘブライ語で書かれてあるのですか?

ベストアンサーに選ばれた回答

isa4310_tさん

その噂はわたしも聞いたことがあり、当時の新聞(毎日新聞)でも掲載されていたとお聞きしたことがあります。噂によると、八咫鏡(やたのかがみ)の裏側に、出エジプト記の中で神がモーセに答えて告げた「我はありてあるものなり(Ehyeh Asher Ehyeh:エへィエ・アシェル・エヘィエ)」という言葉が古代ヘブライ文字で刻まれていた…とされています。

わたしも個人的に関心があり、調べてみましたが真相はいまいちハッキリしていません。

あるサイトでは、「1954年に故三笠宮 殿下が八咫鏡 の裏にヘブライ語が書いてあったという話を新聞に投稿したとこともあり…。」といった記述がある一方で、ある本では三笠宮 殿下が調べてみたが結局見ることはできなかった…といった内容のものから、実際に見たという人の”写し”があったもののヘブライ文字ではなかった(ヘブライ文字に似てはいます。)という証言を図付きで掲載していた本もあります。(それらの本はわたしも実際に見て確認しました。)

ヘブライ文字の件が事実であったと仮定して、それら情報源となっている人たちが共通して述べていることは、日本人はイスラエルの失われた十部族ではないだろうか?というものです。


インターネットの検索で、「三笠宮 八咫鏡 伊勢神宮」と打ち込んで調べてみられたらいかがでしょうか。


追加
なるほど、abcdesuyan さんの説もあるわけですね。わたしが見た本の説では、アッシリアに滅ぼされ、以後歴史の表舞台からは消えてしまったイスラエルの北王国(十部族)の生き残りが日本に流れ着いたのではないかというものでした。(ちなみに南はユダ王国です)。いずれにしても信ぴょう性がはっきりしていないので、真相はいまだ闇の中です。


 ヘブライ人への手紙9章4には、契約の箱の中には[マンナの入っている金の壺、芽を出したアロンの杖、契約の石板]があったと書かれています。
、「マナの壺」=「勾玉」であり、「マナの壺」は『「神聖な食物マナ」を入れた壺』となり、マナ=マンマ=マンナ=ご飯、などと称するように、「マナ」=「ご飯」=「米粒」とみれなくもありません。 「米粒(マナ)」は、「勾玉」と形が非常に似ています 。
伊勢神宮の外宮の御神体であるマンナの壺は今日では学会でも認められているように本当のもので、従ってマンナの壺はイスラエルからなくなっているのは当然で、日本に帰ってきているのです。伊勢神宮の外宮の御神体のマンナの壺の裏にはハッキリとヘブライ語で「エヒーエ アシエル エヒーエ」と書いてあるんですから、これ動かすことは出来ない。

「十八史略」を見ますと、秦の始皇帝が金の壷をもっていたことが出てきます。 ・・・・・・ところで、イスラエルにあったマンナの壷は、今の島根の関の五本松の所に到着しました。そこにあるのが美保神社です。この後、この壷は丹波の元伊勢に行き、そして今の伊勢の外宮の御神体となっているのです。

   このマンナの壷に関して、少しお話しておきますと、一旦秦の始皇帝が持って逃げたものを、大国主命が持って帰られたものです。
   その船の形まで今残っており、船代といいます。すなわち伊勢神宮にあるマンナの壷をお乗せしたものを船代といい、そのお祭りを御船代祭といいます。
   その船は、今日の技術からみても、立派に大洋を乗り切れるということです。 ーー『神向き讃詞解説』p239ー240

マンナの壷は、イスラエル民族の話に登場する不思議な食べ物マナを入れた壷です。その民族の話はすべて本当であると信じる原理主義者はいるけれど、客観的な見方をすれば、旧約聖書は「歴史的事実の記録ではなく、物語という形式をとった生活訓集であり、民族のアイデンティティーを維持するための資料集」と言えるでしょう。

 私は初め、「エイーエ・アシエル・エイーエ」というのは、「在りて有るもの」という意味の神代文字かと思って調べたのですが、そうではなく、ヘブライ語を研究してみたところ、これは天地創造の神を表した数霊であることがわかりました。

   この文字を数霊でみますと、「一・五・十・五・一・二十一・二十・一・五・十・五」となります。このことを、宗教学者や神学者に聞いてみてもわかりませ ん。そしてこの文字は、伊勢神宮の外宮の御神体であるマンナの壷の裏にも書いてありますし、また、ヤタの鏡(八咫鏡)の裏にも書かれています。

  これは秘密になっていて、天皇*様以外たとえ皇太子様でもご覧になれません。それを、森有礼が見たというので、不敬だといって刺客にあって暗殺されたのです。  ーー『神向き讃詞解説』p440   *「スメラミコト」とフリガナ




契約の箱

フランス南西部オーシュにあるサント・マリー大聖堂のレリーフに彫られた契約の箱
フランス南西部オーシュにあるサント・マリー大聖堂のレリーフに彫られた契約の箱

契約の箱(けいやくのはこ、ヘブライ語: ארון הברית‎ aron habrit、: Ark of the Covenant)とは、『旧約聖書』に記されている、十戒が刻まれた石板を収めたのことである。証の箱(あかしのはこ)、掟の箱(おきてのはこ)、聖櫃(せいひつ)、約櫃(やくひつ)とも呼ばれる。ただしユダヤ教キリスト教において、「聖櫃」は「契約の箱」より広義のものをも含む語彙である。

概説

神の指示を受けたモーセが選んだベツァルエルが、神の指示どおりの材料、サイズ、デザインで箱を作成し、エジプト脱出から1年後にはすでに完成していた。
アカシアの木で作られた箱は長さ130cm、幅と高さがそれぞれ80cm、装飾が施され地面に直接触れないよう、箱の下部四隅に脚が付けられている。持ち運びの際、箱に手を触れないよう二本の棒が取り付けられ、これら全てが純金で覆われている。そして箱の上部には、金の打物造りによる智天使(cherubim ケルブ)二体が乗せられた。
モーセの時代に、この中へ
マナを納めた金の壺、アロンの杖、十戒を記した石板が収納される。しかし、ソロモン王の時代には、十戒を記した石版以外には何も入っていなかったと伝えられている。
荒野をさまよっていた時代には祭司たちが担いで移動させていたが、
ヨシュアの時代以降は、主にシロ幕屋至聖所に安置される。サムエル(紀元前11世紀の人物)を養育した大祭司エリの時代にはペリシテ人によって奪われるが、ペリシテ人を災厄が襲ったため、彼らはこの箱をイスラエル人に送り返す。また、ソロモン王(紀元前925年没)の時代以降はエルサレム神殿の至聖所に安置される。
ソロモン王の死後、統一イスラエル王国は、紀元前930年頃に分裂した。南のユダ王国はユダ族ベニヤミン族から構成されており、北のイスラエル王国はそれ以外の十部族からなっていた。しかし、アッシリア帝国が勃興すると紀元前722年に北のイスラエル王国は滅ぼされてしまった。その後ユダ王国はアッシリアに服属する形で存続していたが、紀元前609年にはエジプトの支配下に入り、 紀元前586年にエルサレム全体とエルサレム神殿が破壊され、支配者や貴族たちは首都バビロニアへ連行されること(バビロン捕囚)になった。
レビ族は、ヤコブの子レビを祖とするイスラエルの部族(氏族)の一つである。レビはヤコブの12人の子供の1人であるが、祭司の一族として特別な役割を与えられ、継承する土地を持たなかったため、レビ族はイスラエルの十二支族には数えない。レビ人は、全国に居住の町を与えられて、住んだ。そして、レビ人は祭司の奉仕の報酬として奉納物の十分の一が給付された。古代イスラエル王国が誕生すると、神殿が建設されて、レビ人の神殿礼拝は政治と結びつくようになる。その後、イスラエル王国が北イスラエル王国南ユダ王国に分裂してからも、レビ人はダビデ家に忠誠を尽くし、北イスラエルに序住していたレビ族は南ユダに移住し、南ユダ滅亡まで続いた。契約の箱の下部には2本の棒が貫通しており、移動するときには、レビ族が肩にかつぎ、鐘や太鼓をならして騒ぎ立てた。しかも、かつぐための2本の棒は絶対に抜いてはならなかったように、棒を差し込んだまま保管されていた。
『聖書』では
ヨシヤ王(紀元前609年没)の時代に関する『歴代誌下』 35章3節の契約の箱の記述を最後に、比喩的に用いられる以外に直接言及される部分はなく、失われた経緯についても不明である。このことから、失われた聖櫃(The Lost Ark)と呼ばれることもある。
現在、聖櫃(契約の箱)を保持しているとしてこれを崇敬しているのは
エチオピアエチオピア正教会)だけである。


アロンの杖

No.385 杖を飲み込む
”テキスト:出エジ7:8 また主はモーセとアロンに仰せられた。

9
「パロがあなたがたに、『おまえたちの不思議を行なえ。』と言うとき、あなたはアロンに、『その杖を取って、パロ(ファラオ)の前に投げよ。』と言わなければならない。それは蛇になる。」


10
モーセとアロンはパロのところに行き、主が命じられたとおりに行なった。アロンが自分の杖をパロとその家臣たちの前に投げたとき、それは蛇になった。


11
そこで、パロ(ファラオ)も知恵者と呪術者(魔法使い)を呼び寄せた。これらのエジプトの呪法師(魔術師)たちもまた彼らの秘術を使って、同じことを行った。

12 彼らが各自めいめい自分の杖を投げると、それが蛇になった。しかしアロンの杖は彼らの杖をのみこんだ。
13 それでもパロの心はかたくなになり、彼らの言うことを聞き入れなかった。主が仰せられたとおりである。彼らの言葉に耳を貸そうとはしなかった。”

本日は「杖を飲み込む」との題でメッセージしたいと思います。

かつて出エジプトの日、パロの前で、杖合戦、蛇合戦が行われました。
モーセ、アロンの杖は蛇に変わり、またエジプトの魔術師の杖も蛇に変わったのです。

そして、この蛇同士は相戦い、ついにはアロンの蛇はエジプトの魔術師の杖を飲み込みました。
このことはかつて実際に起きたことですが、しかし、終末に生きる我々に語りかけることがらがあります。
なぜなら、聖書は終末の日に再度出エジプトが再現されることを暗示しているように見えるからです。

終末に関して記してある黙示録には、モーセの様に、水を血に変える預言者が現れ、またモーセの歌も聞こえるからです。終末の日に再度出エジプトが再現される、というより、かつての出エジプト記の記述は、終末の本番の出エジプトの予表であるととらえるなら、このこと、 すなわち、ここに描かれている杖合戦、蛇合戦も再現されることが予想されます。

そのことを考えてみたいと思うのです。

”8 また主はモーセとアロンに仰せられた。”
この日、長らくエジプトで苦しんでいた神の民に対して、モーセとアロンが遣わされました。
モーセはその名の通り、神の民をエジプトから「引き出し」ました。
同じように終末の日、エジプト化し、すっかりこの世化した教会に対して、モーセの役割を果たす人々が遣わされるでしょう。
そのことをマタイの福音書は、「御使いを遣わして四方から選びの民を集める」と表現しています。
御使いということばは、ギリシャ語において、人の働き人についても使われています。
ですから、この日、主の民を集める、選びの民、選抜の民、神の民を出エジプトするべく、 遣わされる紙の働き人達があらわれるのです。
 

かつてモーセの日にエジプトに2種類の民がいました。片やエジプトの人々であり、彼等は裁きと災いに会いました。もうひとつの民はイスラエル人であり、彼等はこのエジプトにおける多くの災いの真ただなかにあっても守られました。また、命を救いました。これらの2つの民は終末における2種類の神の民の予表であり、終末の日にも主につく神の民、また他方、エジプト化し、この世化した神の民がいます。

彼等には滅びが予言されています。 
 

”9
「パロがあなたがたに、『おまえたちの不思議を行なえ。』と言うとき、あなたはアロンに、『その杖を取って、パロの前に投げよ。』と言わなければならない。それは蛇になる。」”


”『その杖を取って、パロの前に投げよ。』”

ここで神のいう不思議は杖に関することです。杖は、「人の歩み」、信仰の歩みを助けるものとして、「教師」のたとえだと私は理解しています。ですから、これは、教師、預言者に関する不思議なのです。

”それは蛇になる。” =ルシファー崇拝くさい

さて、モーセやアロンが杖を持っていたとして、またそれを投げたとして、別段不思議なことは何もないのですが、しかし、この時、起きた不思議なことは、それが杖が蛇に変わったことです。

これは大変な不思議ですが、しかし、さらにたとえの意味あいがあります。
蛇は何をたとえているのでしょう?
それは、「蛇のごとくさとく」との言葉のように、悟る、知恵がある、そのようなことを語っているように思えます。

それで、聖書は、終末の日、出エジプトの日に「杖が蛇にかわる」すなわち、
教師、預言者に知恵が与えられ、悟りが与えられるという、そのような「不思議」が起こることについて語り、預言していることがわかります。

しかし、その日、教師、預言者に知恵が与えられ、蛇の知恵が与えられるということは、裏返すと、すなわち、今の教師、牧師なりには、知恵がないのか、悟りがないのか?という疑問が起きます。

個人的な意見を率直にいわせてもらうなら、残念ながら、その通りだとしか言えません。
 

現在の多くの牧師、教師はかくのごとく、愚か者、聖書の基本も知らない愚か者に成り下がっていますが、しかし、その日、不思議なことが起きます。

それは、杖が蛇に変わるという不思議です。

愚かで無知であり、悟りのない頑固者だった教師達が蛇に変わり、知恵と知識を持つものとなるという不思議です。

”10
モーセとアロンはパロのところに行き、主が命じられたとおりに行なった。アロンが自分の杖をパロとその家臣たちの前に投げたとき、それは蛇になった。”

さて、ここで2種類の杖、蛇が描かれているのですが、そのうち、まずモーセ/アロンの杖が蛇になりました。このことのたとえを読み取るなら、モーセ、すなわち終末の日にエジプト化した教会からの脱出を導く教師達は蛇と変わる、すなわち彼等にはその日、

天からの知恵と知識が与えられる、それに基づき、彼等は出エジプトの働きを成し遂げる、その様に読み取れます。
具体的には彼等はどうなるのか?今、想像できるのはこの様なことでしょうか。
彼等には聖書のことば、またそこに隠された終末に関するたとえ、奥義、知識を悟る、知恵と知識、悟りが与えられる。
また、彼等には今の時代を正確に見抜く知恵が与えられる、また彼等には今の教会の問題点、その解決を悟る、知恵が与えられる、そんなところでしょうか。

そして、彼等をとおして多くの信者達は出エジプトのわざ、すなわち、この世につき、裁かれるべきエジプト化した教会からの出エジプトを敢行する、そのように理解できます。

”11
そこで、パロも知恵のある者と呪術者を呼び寄せた。これらのエジプトの呪法師たちもまた彼らの秘術を使って、同じことをした。”


さて、このこと、モーセ/アロンの杖が蛇になること、すなわち、その日、主につく教師達に知恵と時を悟る悟りが与えられることはひとつの事実ですが、しかし、終末の日にもう一つのことが起きることをも聖書は語っています。

それは、「エジプトの呪法師(魔術師)にも知恵が与えられるのです。

しかし、これは、魔術からのもの、悪魔来のものです。
さて、このこと、魔術の知恵、悟り、啓示に関していうなら、それは、既に起きていることを述べたいと思います。

我々が欧米のキリスト教会を見るならこのこと、すなわち教会の教師が蛇の様になり、知恵や啓示を受けたと称することは、今すでに起きています。いいえ、この流れは欧米のキリスト教会を席巻しつつあります。

欧米においては、あの狼少年ピーターこと、嘘つき預言者のピーターワグナーや、これまた、日本において、恥をかきっぱなしの情けない自称預言者、ベニーヒンを始めとした怪しい面々が、New thing(新しいことがら)とか、新しい啓示とか、トランスフオーメーション(変革)、パラダイムシフトだとか何しろ新しい啓示、新しい教理についてかたり始めています。

それは、具体的には、教会の回復、統治主義(ドミニオニズム)、キングダムナウ(王国を今)、五職の教え等です。
これは、一見すばらしい啓示、教え、画期的な教えの様に見えるので、多くの人が惑わされつつあります。
それではこれらの働きの正体は何か?これらの運動は、この流れの人々がペンサコーラ、トロントリバイバルを支持していることからもわかるように、神からのものではありません。

逆にこれは、他の霊、他のもっと魔術的なもの、すなわち、エジプトの魔術師による働きなのです。

今これらのリバイバルに働く霊は神からのものではなく、この啓示、教えは、他の霊、すなわち、魔術の霊からきていることを知りたいと思います。

”12
彼らがめいめい自分の杖を投げると、それが蛇になった。しかしアロンの杖は彼らの杖をのみこんだ。”

ここを読んでわかることは、モーセ/アロンの杖は一本であるのに対し、その反面、エジプトの魔術師達の杖は複数であり、数が多いことです。

ですから、終末の日には、エジプトすなわち、この世につく者達の教師の方がずっと数が多く、数の上では優勢になることがわかります。

「しかしアロンの杖は彼らの杖をのみこんだ。」

さてここで杖合戦、蛇合戦が行われます。
これらの2種類の杖、蛇は相共に戦うのです。激しいつばぜり合い、決死の戦いが展開されてくるはずなのです。

ですから、私達が終末の日に生きるなら、非常に大事なことがら、もっとも力を入れるべきことがらは何かをよくよく、理解しなければなりません。
この日、終末の杖合戦、蛇合戦が行われ、それは他でもない教理やみことばに関する戦いなのです。
私達がこの日、時を知り、主の用に立つものとして働くつもりなら、このこと、みことばに関する戦いを無視するわけにはいきません。

いざ会社が火事になり、部屋も燃え始めようとするのに、相変わらず、そ知らぬ顔でキーボードを叩き続ける社員は、時を知らない、いざという時役に立たない社員です。
彼は何はともあれ、今は消火活動に従事し、水をかけるべきなのです。

同じ意味あいで、今は「鋤を剣に鎌を槍に打ち直し」、その剣すなわち、御霊の剣である神のみことばを取るべき時であることを知りましょう。

さて、いよいよ教会時代も押し迫り、最後の時、終末の蛇合戦の時が迫ろうとしています。既に西の国、西のはずれの国、獣の国アメリカにおいては、多くの蛇預言者が名乗りをあげ、同じような「啓示」を語り、多くの惑わされた信者の目をくらましています。

さて、もう一方の主役、モーセ/アロンにつく杖、主につく人々にも蛇、すなわち、啓示と悟りが与えられる時が近付いています。

その時は近付き、その教師達は今、立とうとしています。私達はいずれその働きを見るようになるでしょう。それはどこの国においてか?

それはやはり東の国ではないでしょうか。なかんずく、古来「日のもと」と呼ばれ、日出る国と語られる東の国、この日本にこそその大きな使命は与えられているのではないでしょうか。

終末における主のみこころを行いましょう。

ー以上ー

古代ユダヤの三種の神器って何ですか??????

watega_daemon3090さん

古代ユダヤの三種の神器って何ですか??????

ベストアンサーに選ばれた回答

syuushigakuさん

この三種の神器は日本にあります。そして、日本語がわかる人ならだれでもこの世界を制覇出来る(天に飛び帰る)力を手に入れることができるのです。

ユダヤ人(秦氏)が日本に来た霊的意味↓
http://blogs.yahoo.co.jp/syuushigaku/52537062.html

ーーー

ウィキメディアのアークに治められた三種の神器の説明↓

アロンの杖--モーゼがアロンに与えた不思議な術を使える杖
マナの金の壷--砂漠で飢えた時にいくらでも湧いてきた餅に似た食べ物を入れた壷 
十戒の石板--神が十の戒律を刻んだとされる石

伝説では、契約の箱(失われたアーク)を手にした者は、全世界を支配することができると言われています。

ーーー

神理秀思學↓

失われたアークは日本の祭りの御神輿として表されています。上に付けられた鳳凰はケルビム(羽のある天使が向かい合って座っており、その間から明かりを発している=智恵の意味)です。この光によって神官は暗闇(幕屋=首)の中でも奉裁ができたとされています。つまり、三種の神器は私達が行動の選択に必要な真理の智恵であるということです。

マンナの壷は伊勢神宮にあります。壷の裏には、エイエ、アシェル、エイエ=われは在りてあるもの、とヘブライ語で書かれています。アークと壷は一体である必要はないというメッセージでもあります。

これがなぜ日本にあるのか?なんのことを指しているのかを極めれば、人類は神と一体化出来る=世界を支配する=バベルの塔を再構築することができる、個人的には地上の人間生活の輪廻を卒業して天に迎えられるということです。これが勝利の極致です。

日本はカマラ(世界)の心であり、天から智恵の光を送り込まれる臍の緒であります。ゆえに日出国と命名されているのです。
http://blogs.yahoo.co.jp/syuushigaku/23003876.html

で、あいうえお〜んの48音(ヨハネ=與羽)の国で、イスキリもユダもアイオーンの光る雲に包まれて変容して輝いた、とユダの福音書で発表されました。日本の都道府県は47で、忠臣蔵は47士です。クフ王のピラミッドの女王の間(腹)から王の間(首)に上がる大回廊(胸間)は46,6mで、思無を謀する=腹の虫を蘇らせて蝶にする=開智(8m+53cm膝高)の数字の示しに通じています。
イエスは4月7日に処刑され、シワス7日(日本は8日)に真珠湾攻撃が行われ、4月7日に戦艦大和が撃沈されました。これ等も48を示しています。


アロンの杖=口下手なモーゼの通訳をする=イスキリ(聖書)の比喩を真理明(マリア)して、外(殻)撥ねして預羽するヨハネ(48音)の働き=真理の御霊の下生=諏訪(言を取り訪ねる)=神に勃起する(御柱を立てる)=主和する方向を見極める

マナの金の壷=朝の霜として降ろされる真名(神真理=魂のパン)=漢字=未図の苦労が宇宙の子を育てる神の愛の計算を知る=変(扁=右)を作り(旁=左)直す=左+右=エロナす=H=英知→叡智

十戒の石板=イスキリの十字架刑によって戒律は守らなくてもくてもよくなったとエホバウイットネスは誤解していますが、十字架刑に戒律の意味が全て含まれているということです。十字架刑のポイントは「私は乾く=ドライであった」の反省で、イスキリが「私は乾く」といったのは聖書が全うされるためであった、とヨハネは明言しています。

つまり、「反省こそが全て」である、三種の神器も祭りでお神輿を担ぐのも、神の前に、心を改めて心機一転することであるのです。そしてこれは精神の刀で腹の虫の蝮を治めてゆくとう霊主体従が正法である=辺の字で彼岸に至る帆掛け舟であるのです。

●アロンの杖を振る(日本語で聖書を翻訳する)と、、、
三位は”一体化するもの”です。神、結ぶ、人であり、
結ぶ=十=足す=クロスすれば栄える=陰間、縫う、得る(インマヌエル〔神は我らとともにある〕)=イスラエル=異酢裸獲る→意主羅得る=人々の差し出す酸い葡萄酒をイスキリは受けた→パラダイスに迎えられた、です。←間違い確定。

イスラエル=頭=人=インマヌエル=キリスト=果未を噛んでキリ(晩秋)に主登する=青い(若い)ダビデ紋を一人前に育てる
エルサレム=首=選る差礼謀=善悪の選択→肉体(穢場、エバ)の洗濯(自分の衣を洗う者た達は幸いである)=考える=神に帰る
ユダヤ=腹=腹の虫の蝮=憂蛇野=真無視=エバ=母(÷=悪=仇)=イスカリオテ=意主「仮」下手=実魂を育てるための仮の殻田

アブラハム=油を食む世界=石油問題をめぐることによって世界と個人は鍛えられ、試されて、育てられる
アブラハムとサラ=血=法(ノ)と殻田が調和(十のクロス)すれば意は咲く(イサク)
ノア=野開けの法開け=烏(十理に盲目では魂を枯らす=水に飲まれる)か、鳩(十理を究明する=神人の文通)=天に迎えられる

秀思學

posted by 真 救世主 at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月02日

お月様は闇の時間の方が長い…←関係無い。

人類にとっての本当の「忌み数」は「3」である。
「3」は最高のパワーを持ち最高に獣的である。邪悪の数である。
しかし、「1」を「前方」に加えると
強烈な「13」
という数字になる。
すでにご理解頂けているように「1」とは「ミカエル」の数字では無い。
我が輝ける大天使ウリエルの数字である。

ウリエル3.jpg
輝ける大天使ウリエル。数字は素数の「1」を持つ。

キリスト2.jpg
「13」番目の真のキリスト。大使徒イスキリ。「13」とは「キリストの数字」である。

「1」+3=4=「死」=「悪魔の死」←逆さに読めよ。ちゃんと「北斗七星」+「1」の形になってるだろ?

「今日は北斗七星が良く見える その脇に輝く小さな星までも」死.gif
「1」

青森県
青森県.gif

青森県は「13」だらけ。八戸もお隣の五戸と足せば「13」完成!
十和田も三戸と足せば「13」完成!

「主」の「月」と書いて「青」。「森」は「木」がつの漢字で出来ている。

ほら、青森県って「引っ掻いて切る」形になっているだろ?
主は月を引っ掻いて切る。すなわち、「3」という数字は「切りし人=キリスト」
によって、ただの「木」になる。
ちなみに、青森県はつの海に囲まれている。日本海と太平洋と津軽海峡だ。(陸奥湾は「湾」なので、海や湖の一部です。すなわち、「津軽海峡」と言う「海」の一部です。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%BE
素数である「3」をズタズタに分断する県がこの青森県だ。
ちなみに青森には「青森県13湖」という湖まである。十和田湖を見ろ、小川原湖を見ろ?
ほら、「湖がつ」だ(失礼、宇曽利山湖があった。「恐山」のことだ。ここを記載しないのはフェアじゃない。が、青森県民の私すら知らない湖だ。ここは通常、比叡山、高野山と並んだ日本三大霊場の一つと認識されている。まぁ、県民の私すら知らないんだから、「普通は入れない」よなぁ・・・)

2012年5月2日 6:04
私、起きて来た浩央に「浩央!宇曽利山湖≠チて知ってるか?」
浩央「知らないねぇ・・・何それ?」←青森県民ですら「知らない」確定。

小川原湖の近くには「三沢」と「十和田」がある。足せばわかるよね?
「13」だ。

恐山.jpg
恐山
(おそれざん、おそれやま)は、下北半島の中央部に位置する外輪山霊場であり、高野山比叡山と並ぶ日本三大霊場の一つである。下北半島国定公園に指定されている。標高878m。

概要
恐山は、カルデラ湖である宇曽利湖(うそりこ)を中心とした外輪山の総称である。外輪山は釜臥山大尽山小尽山北国山屏風山剣の山地蔵山鶏頭山の八峰。「恐山」という名称の単独峰はない。火山岩に覆われた「地獄」と呼ばれる風景と、美しい宇曽利湖の「極楽浜」との対比が特徴である。
寺名は恐山菩提寺、本坊はむつ市田名部にある曹洞宗円通寺である。本尊は延命地蔵菩薩

地理でいう恐山山地とは、下北半島のまさかり部分にある山地全体を指すので、いわゆる霊場恐山 とは区別される。

開山

開山は貞観4年(862年)。開祖は天台宗を開いた最澄の弟子である慈覚大師円仁
円仁に留学中、 夢で「汝、国に帰り、東方行程30余日の所に至れば霊山あり。 地蔵尊一体を刻しその地に仏道を広めよ」という御告をうけた。 円仁はすぐに帰国し、夢で告げられた霊山を探し歩いた。苦労の末、 恐山にたどり着いたといわれる。

その中に地獄をあらわすものが108つあり、全て夢と符合するので、円仁は6尺3寸の地蔵尊を彫り、 本尊として安置したとされている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%90%E5%B1%B1

地図の南を見なさい。「八戸」がある。
7+1=8 or 4+4=8 or 2+2+2+2=8←「2」が4つで「死に」。私が集団ストーカーで苦しめられていた時、君たちフリーメーソンの方から言って来た言葉だよ?

「森」は木が3つ。海は3つ。湖も3つ。「333」
だ。

「戸」=「門」
これは「出入りするところ」という意味の他に「水の流れの出入りするところ」と言う意味がある。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/154653/m0u/

「八戸」の意味はもうわかるね?「死兆星」だ。
「十和田湖」の南を見ろ。「3つに割れている」。10+3=「13」
すぐそばには「戸来岳」がある。水門は開けられた。
さらに私の祖父、佐藤峰雄が守る「八甲田山」がある。
八甲田山.jpg
八甲田山
八甲田山
(はっこうださん)は、青森市の南側にそびえる火山群の総称で日本百名山の一つ。「八甲田山」と名がついた単独峰は存在しない。岩木山と同様 本州最北部にある火山群。命名の由来について「新撰陸奥国志」によれば、八の(たくさんの※死兆星)甲(たて)状の峰と山上に多くの田代(湿原)があるからという。現在の火山活動は穏やか。周辺は世界でも有数の豪雪地帯
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%94%B2%E7%94%B0%E5%B1%B1

ちなみに私の誕生日は「3(獣・邪悪)」の「4(死)」の「8」だ。
1+2=3としても「8」だ。どちらにしろ、「悪魔がたくさん死ぬ」「悪魔から守られる」と言う意味だ。
さらに恐ろしい事実を告げよう。
私の娘、「杏里の誕生日は13日の金曜日」。「キリストを受け継げれちゃう誕生日」だ。
よかったな。

エンキドゥ


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

エンキドゥEnkidu、エンキドウ、エンキド) は、『ギルガメシュ叙事詩』の登場人物で、ギルガメシュの無二の親友。ギルガメシュと同等の力を持つ存在として神々が創り出し、元々はギルガメシュを倒すべく地上に送ったとされる。

概要

地上に降りたばかりの頃は毛むくじゃらの体を持ち、獣と同じように草原で草を食べたり、水を飲んで生活しており、知能は殆ど無かったが、ギルガメッシュと引き合わせるには人間社会に馴染ませる必要があった為、人々はエンキドゥに聖娼婦シャムハトと六晩七日に及ぶ「交わり」をさせる事でエンキドゥの体内にある過剰なまでの精を吐き出させた。それによってエンキドゥは野人性を失ったが、代わりに知恵と判断力を得て人間社会にも馴染めるようになったのだった。

後にギルガメシュと出会い、力比べで対等に渡り合ったことから親友同士となった。ギルガメシュと共に杉の森に棲む怪物フンババを退治した後、フンババが倒されたことに腹を立てた神々が送り込んできた天の雄牛をも倒した。その結果、神々に呪い殺されたとされる。

古バビロニア版のギルガメシュ叙事詩では、ギルガメシュがイシュタルから与えられた宝物を冥界から回収しようとした時、彼の代わりに冥界へ向かった。しかし、結局は失敗して死を迎えたと言われる。

獣と共に生きた出自から、家畜の守護神とされる。

参考文献

  • 草野巧 『幻想動物事典』 新紀元社、1997年、55頁。
  • 池上正太 『オリエントの神々』 新紀元社、2006年、117頁。



ギルガメシュ


ギルガメシュ
(Gilgamesh、在位:紀元前2600年頃?)は、古代メソポタミアシュメール初期王朝時代ウルク第1王朝の伝説的な。数多くの神話や叙事詩に登場するこの王は実在の人物であったと考えられている。ギルガメッシュとも。

歴史上の人物としてのギルガメシュ

シュメール王名表によれば彼はリラの息子であり127年間在位した。ただし、後世の神話ではルガルバンダの息子とされている。ギルガメシュ自身に関する考古学的史料は現在の所発見されていないが、伝説の中でギルガメシュとともに登場するエンメバラゲシの実在が確認されていることからギルガメシュも実在したとする説が有力である。彼は数多くの神話に登場するが、その実際の姿は殆ど分かっていない。後世の伝承にはギルガメシュが偉大な征服王であったかのような記述やキシュと戦いこれを征服したという記述もあり、シュメールで覇権的地位を得た人物の一人であると考えられている。他に彼の業績としてウルク城壁を建造したことが重要視され、バビロン第1王朝時代にも引き合いに出されている。

ライオンを捕獲したギルガメシュのレリーフ.jpg
ドゥル・シャルキンサルゴン2世宮殿に残されたライオンを捕獲したギルガメシュのレリーフ(ルーブル美術館

『ギルガメシュ叙事詩』

ギルガメシュ王は死後間もなく神格化され数多くの神話、叙事詩に登場する。そして『ギルガメシュ叙事詩』と呼ばれる一つの説話へとまとめられていった。これは今日最も知られているシュメール文学である。『ギルガメシュ叙事詩』は2000年以上にわたってメソポタミア世界で受け継がれ、様々な言語に翻訳された。時代ごとに大幅な改変が成された事も知られている。また『ギルガメシュとアッガ』のようにアッカド語版などの翻訳版が存在しない説話もある。
後にギルガメシュは冥界の王として崇められ、畏れられるようになった。
時代が下ってもギルガメシュの名前は知られていたが、その神的性格は失われた。たとえばマニ教の聖典『巨人たちの書』にはギルガメシュが登場するが、ここでは単なる巨人の一人であるとされている。また15世紀のアラビア語呪術文書には悪霊の一種ジルジャメシュという名称がみられるが、これもまたギルガメシュの零落したものだろうと考えられている。
 
狼男とは、と人間の特徴や外見を合わせ持つ伝説上の生物である。本項では、その歴史的発祥から現在一般に言われる狼男の習性、生態などを解説する。

概要

狼男とは、に半人半の姿、いは全身がそのものに変身した人間の男性の事をす。
呼ばれ方は狼男以外にも「獣人」「人狼」または英語読みで「werewolfワーウルフウェアウルフ)」とも呼ばれる。

ちなみに『女』もいないわけではないのだが、大体は狼男と区別されない場合が多い。
というより、あまり見かける機会が少ない(ように感じる)。

かつては「フランケンシュタイン(の怪物)」「吸血鬼」と並ぶ三大怪物と称されたが、今や狼男人狼と聞いても、多くの人々が思い浮かべるのは、以前ほど統一されたイメージとは言えない。獣人モノがあまりにも氾濫し、前述した二者にべると広すぎるすそ野を獲得してしまったからだ。
これほど幅広く浸透している怪物でありながら、基本的なイメージクラシック映画にあるというのも、今では調べねばならない過去歴史となりつつある。ましてや原点にまでさかのぼれば、そのイメージはるか神話時代にまでたどりついてしまう。

獣人の歴史

の生息する地域には、必ずといっていいほど、人間の伝説も存在する。上記している英語ウェアウルフの「were」は古英語で「人間」をすので「ウェアウルフ」と言うのだが、豹の多いアフリカでは豹人間(ウェアジャガー)、インドには虎人間(ウェアタイガー)、オーストラリアにはワニ人間(ウェアクロコダイル)がおり、他には北欧ベルセルクもこれの類似例と言える。日本の場合は憑きがこれに相当するが、民話上の、ムジナ、が人に化けるというエピソードも同類であろう。
記録に残るもっとも古い獣人には、メソポタミア神話ギルガメッシュ叙事において、主人公ギルガメス王と共闘するエンキドゥがいる。これらの例からもうかがえるように、獣人とはあらゆるモンスターたちの中でも古く由緒ある種族である。地域の別なく獣人たちが敵として、または味方として見られるのは、身近な動物たちに対する畏敬、畏怖、あるいは親近感の現れだ。エジプト神話バスト、アヌビスなど多くの々が獣の外観を備えているのはその極致と言えよう。
人間に限って見てみても、古代においては中世で思われていたほど忌まわしいイメージはない。たとえはヘロドトスは「歴史」の中で、偽を疑いながらもスキタイに移住してきたネウロイ人たちが、毎年一回、数日間全員になるという伝聞を記録している。歴史学者プリニウスも「博物誌」において、アルカディアに住むアントゥスという氏族は、定期的に投票を行い、選ばれた男は沼の向こうへ泳ぎわたり、そこでに変身すると記した。その男はのまま群れの中で九年間すごし、人間と接触せずに耐え抜けば再び人間に戻るという。この説においては、獣などではなく、崇拝対のひとつであった可能性が垣間見られる。
かつて世界各地で尊崇対だったことは、伝説民間伝承からも確かだ。たとえばローマ創建者のロムルスとレムスの兄弟が荒野へ捨てられたのち、彼らを育てたのはであったとされている。モンゴルではチンギス・ハンがを祖先に持つことを誇りとし、中国ではの守りとなっていた。ネイティブアメリカンは戦士として兄弟視し、戦いの際にはその毛皮や尾を身に着けた。北欧でもオーディンに従属するフレキ、ゲリという二匹のがいる。
特に日本においては、古代より悪人をし善人を守る聖獣、かつ狩人に獲物を分けてくれる益獣ととらえられていた。「おおかみ」という名称も「大神」がである。事実、大食獣の少ない日本において、と競合する一の存在であり、を防ぐとともに鹿イノシシといった農作物を荒らす獣を駆逐してくれるありがたい存在だった。農耕民族である日本人にとって、狂犬病以外のは存在しなかったのである。
これら良いイメージの多かったが、悪の徴として扱われるようになっていくのは、ヨーロッパの文化的、歴史的要因が重なった結果である。

悪の権化となる狼

最初の要因は、人間の生活拡大で農耕や牧畜のためにが伐採された結果、食料の不したたちが畜を狙って人里へ降りるようになった事である。フィクション世界ではが人間を食べるという話がよくあるが、あれは後年の悪しきイメージをもとに作られたもので、基本的に用心深いたちは、よく知らない上にでかい(体高が高い)人間を襲うくらいなら、よく知っていて体高の低い山羊を襲う。
こうしたは、牧畜体で生活していた西欧では特に死活問題だった。ゆえに古くは々の従属者として尊崇されていたが、旧約聖書あたりになると一変、食と衣類提供してくれる良き「」に対する悪の代名詞として用いられるようになる。
このユダヤ教の宗教概念はもちろんキリスト教にも引き継がれたうえ、世界宗教となったことで邪悪イメージの拡大に寄与。15〜16世紀の魔女狩り時代には、人間として火刑台に送られた者も少なくなかった。

月信仰と狼男

とそれに連なる人狼が悪の徴となっていった大きな要因として、ギリシャ神話に始まる信仰を外すことはできない。
獣人譚が非常に多く登場することで知られるギリシャ神話では、人が獣になる話の多くにと狩猟を女神アルミスが関わってくる。彼女の起は、ゼウスなどよりはるかに古く、新石器時代にまでさかのぼる(というかギリシャ神話のヘラ、アテナアフロディテも周辺地域の強な地だった)。彼女はギリシャ神話において、と狩猟(獣)の女神ということになっているが、本来は予言、音楽、魔術、医術など様々なものをり、複数の名を持つ強大な存在だった。同神話内で彼女と似た名前や、に関するもの、魔術に関するなどは、縮小分散してしまった彼女の一部であると言われる。
彼女の双子と言われる太陽アポロンは、もともとアルミスが強だった時代の子(従属)の一体にすぎなかった※1。しかもこのアポロンアルミスの使いとして様々な獣の姿をとるのだが、その基本形はだったのだ。彼は太陽信仰の高まりとともに人の姿を獲得し、さらにアルミスが持っていた多くの技術を奪ってギリシャ神話で知られると魔術と医術のアポロンとなるのである。
アルミス人狼伝説において重要なのは、何もと獣のだからだけではない。彼女はギリシャ神話においてアマゾン(女戦士)族の守護者として、女性上位義の固持者でもあったからだ。が魔術的・女性的であるのに対し、太陽強い男性義の徴とされる。ユダヤを起とする唯一神教は後者の権威が強く、をもたらすは「」と呼ばれ、天使はすべて男性か無性※2、露女性を否定する要素もはしばしに見られる。
このような性質からユダヤ、キリスト教は「女性原理、魔術」をディアナアルミスローマ名)信仰を大きな攻撃対とした。中世に魔女と呼ばれ、裁かれた女性たちの多くは実際にディアナを信仰していなくても、その呪術知識はアルミス信仰の系譜にあたった。また、キリスト教において悪魔の多くが醜くけがれた獣人として描かれているのも、獣人を女神信仰への嫌悪と見られる。
※1 太陽の格下、というのは太陽信仰の長い日本人にはピンとこないかもしれないが、西アジアから北アフリカ地域では古代から続いている概念で、その一環としてアラブでは現在も太陰暦が使用されている。
※2 天使ブリエル女性的と言われるが、女性と明言されているわけではない。(ガブリエルは完全に男だ。)

人狼伝説の起源

またギリシャ神話にはアルミスこそ登場しないが、人狼伝説の起とされる話がある。アルカディア人の心が悪にされているという話を聞いたゼウス(=バアル=ベルゼバブ)がそこを訪れると、王のリュカオンが彼をと知ったうえで無礼を働き、あまつさえ殺そうとする。怒り狂ったゼウスが稲妻で威嚇するとリュカオンは逃げ出したが、に変身してしまい人で悪態をつくこともできなくなっていた。これはゼウスが変身させたのではなく、彼の邪悪な本性がの形となって表面化したためという。
このリュカオン(lycaon)として、ギリシャでは人間をライカスロープ(lycanthrope)と呼ぶようになり、のちにライカスローピー(lycanthropy)なる病名も生まれているが、この病は自分が獣になったと感じ、そのように振る舞ってしまう精病である。
ちなみゼウスは後年によそから来たインドインドラが起と言われる)であるため、この話の本来の形では地元であるアルミス役だった可能性がある。
アルカディアの牧童.jpg
アルカディアの牧童(ルーブル美術館ニコラ・プッサン)
中央の墓石に「そしてアルカディアにて我」とあるが、文字を並び変えると「立ち去れ!私は神の秘密を隠した」となる。


特徴
狼男にはこうした経緯を徴するような、多くの特徴が見られる。
  • 間は普通の人間だが、になるとに変身する。その後、明けが訪れると朝日と共に人間の姿へ戻る。
  • へと姿を変える経緯・原因も伝承によって様々で、に自らに呪法をかけたり具を使用する(大体はの毛皮を身に付けるとされる)といった自らの意志で変身するケースと、満月満月を浴びて変身するなどといった外的要因にてへ姿を変えるケースで、大まかに2つに分けられる。
  • また後者ケースでは、魔女が絡んでいる場合は魔女に呪いをかけられた人間が狼男へ変身するといった話がある。他にも、が人間に憑依して狼男と成る場合も少なくない。
  • 満月以外にも、満月を直接見ることで変身する狼男もいる。特に子供向け作品・ギャグ作品では満月に限らず「丸いもの」を見るとへ変身するという場合も見られる。
  • 大体は、人間を遥かに駕するを持っている。を備えた人間、という位置づけで認識されているという事か。
  • そして狼男に噛み付かれた人間も同様に、狼男女)へ変身する。
  • 狼男跡にたまったを飲んだ場合も、狼男へと変身するようになる(狂犬病に対する恐怖の混合と思われる)。

銀の武器

と、ここまで狼男とそれにまつわる獣人伝説をたどってみたが、ひとつ重要な要素に気づかないだろうか
が弱点である、という決定的論拠見当たらないのだ。
狼男で殺せる、という説がまことしやかに流されたのは、アメリカユニバーサル社の映画狼男(the wolf man/1941)」である。脚本のカート・シオドマクがドラキュラ映画的な退魔シーンめた末に考案し、これがドラキュラ、フランケンシュタインに続く第三のモンスター映画として大ヒットしたことから、さも本当の伝説のごとく信じられてしまったのだ(狼男を演じたロン・チャニーjrはこの作品で怪奇スター仲間入りを果たしている)。
とはいっても、シオドマクもまったくの根拠なしにの武器を持ち出したわけではない。魔女狩りやんだ1764年のに、フランス・ジェヴォーダン地方に野獣が現れたという話が残っている。いわゆる「ジェヴォーダンのベート(獣)」である。ここに登場する野獣は、よりはるかに巨大で、二年半の間に100人以上もの人間を殺傷した。
記録によればベートの正体は定かではないが、騒動の中で巨大なも現れ、これを射殺したのがマリアのメダルで鋳造された弾であった。また同書には16世紀のこととして、人間をもとに戻すには「一人の友が額に物で、三突きの傷を負わせ、三滴の血を失い、別された弾で傷をつけられたなら」とあり、シオドマクはこれを参考に「弾で倒す」というシーンを考え出した。
こういった話はファンタジー系のモンスター解説書にはほぼ書いておらず、むしろホラー映画の専門書に書かれており、読者層の差(当然ホラー読者の方が少ない)から、正しいとは言い切れない知識が蔓延する一因になっている。
ファンタジー系のフィクション作品では、狼男の弱点としての武器が設定されていることが多いが、TRPGの開祖「D&D」の作者は上記の話を知っていたのか、ウルフベイン(トリカブト)を狼男の弱点としている。これもギリシャ神話だが「をトリカブトで殺す」という民話が元になっている。
ちなみに人狼はヴァンパイアの天敵である。
posted by 真 救世主 at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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