2012年01月28日

アルバテル 或いは古代人の魔術 大いなる叡智の研究

箴言
偽りの道を歩む者は秘密を明かす。
しかし信仰深き者はそれを隠す。

アルバテル魔術或いは神の人としての賢者たる古代人の叡智にして異邦人の魔術、
神の栄光と人類への愛を例証せんとす。

あらゆる悪の魔術師ども、また神の賜物を蔑する輩の妨害を打ち破り、闇より出でて光の中に遂に登場したる書物。神の創りしものを真に敬虔なる心にて愛で、感謝の念を持って使用し、神の栄誉を称え、自身と隣人に益をもたらすべし。

可視、不可視を問わず万物を創造せられたる主の御名によりて、また求め訴えたる者に宝物庫を開いて神秘を明かされる主の御名によりて。
また惜しみなく秘密を我らに賜る慈父の如き主の御名によりて。神のひとり子我らの主イエス・キリストを通じて、我らに恩寵と啓示の霊を与えたまえ。されば我らはこのアルバテルの書を記し、人の身にその行使を許されたる最大の秘密を解き明かさん。

七格言 第一集

第一の格言秘密を知る者は誰であれ秘密の守り方を学ばせよ。そして明かすべき秘密の明かし方を学ばせよ。さらに封印すべき事柄の封印の仕方を学ばせよ。そして聖なるものを犬に与えぬよう、豚に真珠を与えぬよう学ばせよ。この法を遵守すべし。されば汝の理解の眼は開かれよう。されば汝は秘密の事物をを理解し、汝が望む事柄は神秘のうちに汝に明かされるであろう。天使と神の霊が汝にかしづき、汝の命を待つようになるであろう。まさに望外というべきである。

第二の格言
あらゆる物事に主の御名を唱えるべし。また神のひとり子を通して神に祈ることなしには、何事も引き受けるべからず。汝に召使として与えられし霊たちを用いるに際しては、これを神の使いとして手荒く扱うことなかれ。霊の主には相応の敬意を払うべし。されば汝の残りの人生において、安息のうちに身を慎みつつ、主の栄光と汝と汝の隣人の利益を達成できるであろう。

第三の格言
ひとりにて生きよ。詩人たちを伴侶とせよ。大衆との交流を避けよ。時間を惜しめ、あらゆる人にとって益となる存在たれ。天の賜物を用いよ、転職を心がけよ。神の言葉が決して汝を去らぬようにせよ。

第四の格言
よき忠告には従うべし。何事も先延ばしにすることなかれ。言動言行において常に誠実謹厳たれ。神の言葉によって誘惑に抗すべし。世俗を避けよ。天上なるものを求めよ。自らの知恵を信頼することなく、万事において神を仰ぐべし。聖書にもこう書かれたり。「なにをすべきかわからなくなったときは、おお神よ、私たちは眼をあげ、あなたの助けを求めます。」フィロの格言に曰く、すべての避難所が我らを見捨てるときにも、神の助けの手が差し伸べられよう。

第五の格言
心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、主なる汝の神を愛せよ。また自分を愛するように、汝の隣人を愛せよ。されば神は汝を目に入れても痛くないほどに可愛がって下さるであろう。主は汝をあらゆる邪悪から守り、あらゆる善をふんだんに下さるであろう。かくの如くなれば汝の魂はもはや何も望むところがなくなるであろう。すべては汝の肉体と魂の救済にかかっている。

第六の格言
何を学ぼうとも頻繁に復習し、しっかり心に刻み込むべし。学習には時間を費やさねばならぬが、数多くを学んではならない。人間の精神は多くを同時に学習するように出来ていない。それが出来るのは神によって再生された者だけである。そのような者にとっては、同時に達成出来ないほど難しいという物事は存在しない。

第七の格言
悩みの日に私を呼べ、私はあなたを助け、あなたは私を崇めるであろう、と主は言われる。すべての無知は精神の困苦である。ゆえに無知なるときは主を呼ぶべし。汝の声は聞き届けられるであろう。そして神を崇めることを忘れるなかれ。詩篇に曰く「主よ栄光を我らにではなく、ただ、御名にのみ帰して下さい。」


七格言 第二集

第八の格言
聖書にも記されたる通り、神は物や人に名前を割り当てられた。また御自らの宝物庫よりある種の力と効能を取り出し、様々な名前に分配された。ゆえに星の記号と名前はその形と発音によって力を持つにあらず、神がさだめられた効能と職能により力を持つのである。天上、地上、地獄の三界にあって神に由来しない力は無いからである。そして神の許しなくしては、記号も名前を一切の力を発動出来ないことを知れ。

第九の格言
神より出ずるものこそ第一等の叡智なり。次なる叡智は霊として造られたるもののそれなり。さらに肉として造られたるものの智恵、第四に自然と自然の中の知がある。さらに教えに背いて最後の審判を待つ身となった霊たちのそれがある。第六に地獄において懲罰係の職につく神の僕のそれ。第七に小人族が最底辺を占めるにあらず、元素や元素の中に住まう者たちがある。されば創造主と被造物の叡智の差異を心得よ。すべての叡智は我らの前に姿を現すがゆえに、その真の使い道を心得ることこそ肝要なり。すべての被造物はなんらかの形にて人間の益になるよう定められており、それはあらゆる聖典、理屈、経験が証明する通りである。

第十の格言
全能の父なる神、天と地の創造者、可視と不可視なるもの万物の創造者たる主は聖書にて我らを後見して下さると述べられたり。子供を愛する慈父の如く、我らにとって何が益か、何が益ならざるか教えたもう。我らが何を避くべきか、何を大切にすべきかを教えたもう。現世来世の利益を約し、また懲罰を加えると脅すことにより、我らを服従へと誘い、不利益から逃れさせたもう。ゆえに日夜聖典をひもとき、今現在に満足し、未来永劫祝福せられたるべし。聖典の教えをなすべし。されば汝は生きるであろう。

第十一の格言
四なる数字はピタゴラスにして四数の最初なり。さればここにこそ、聖典にて明かされたる神の叡智に次ぐすべての叡智の基盤を置き、しかるのちに自然の中にある配慮へと向かうべし。
さればすべてを神に委ねし者に、すべての被造物が望むと望まざるに関わらず奉仕し、服従する叡智を授けよ。さればここに神の偏在が光を放つであろう。さらばここに我らは進んで奉仕する被造物とそれを望まざるものを見分けるであろう。あらゆる被造物の叡智と職能を役立てる法を学ぶであろう。この術は伝えられるものにあらず、明かされるものなり。神が秘密を明かされる人あり。
ゆえに我らは***を心より望むにあたり頼るべきは神のみである。神は我らに慈悲深く分け与えるであろう。我らに息子を下さり、聖霊のために祈れとお命じになったのである。可視、不可視の被造物すべてを我らの眷属とされたとして何の不思議があろうか。汝が求めるものは与えられるであろう。神の賜物を悪用せぬよう気をつけよ。すべて自らの救済を念頭において行うべし。とりわけ汝の名前が天に記されていることに注意せよ。キリストも警告していた如く、霊たちが汝に従順であるか否かは些細なことである。

第十二の格言
使徒行伝において、百卒長コルネリオがペテロを呼びに来たとき、霊がペテロに語る。「ためらわずに下にゆけ。私が彼らをよこしたのである。」このようにしてすべての訓戒が神の御使いの肉声にて伝えられた。そのことはエジプト人の古記録にも現れる。その後、訓戒は人の意見が加わることで曲解され、劣化した。さらに悪霊が介入し、服従を知らぬ人の子らの間に不和の種をまいた。そのことは聖パウロやヘルメス・トリスメギストスからも明らかである。これらの技を復興するには神の聖なる霊たちの教えによるしかない。真の信仰は耳を傾けることにより来るからである。されど汝は真理を確信し、霊が語りかけて事の真偽を明らかにすることに疑念を抱かぬゆえ、神のみを信仰の礎とせよ。されば汝はパウロと同様、「私は頼るべき人を知る」と言えるであろう。(断る!)天の父の意向なくして一羽の孔雀も地に落ちないのである。一意専心、神のみを頼りとしているならば、汝がたばかられることなどありえようか、信仰薄き者よ。

第十三の格言
主は生きる。そして生きるものすべては主の中に生きる。そして主は真にYHVHなり。万物にありてあるものを与えるものなり。そして主は御言葉のみにて息子を通じ無より万物を生じさせたる。主はすべての星と全天をその名前で呼ぶ。されば主は万物の真の効用と力を、可視不可視のすべての被造物の序列と性質を知るものなり。神が主に被造物の名を明かされたゆえなり。されば主は神より力を受け、被造物の効能と隠された秘密を引き出す。(お前は神に相応しくない。いらね。)その力を発動させ、闇より光へと出でる。されば汝が目指すべきは(指図するな、外道。)霊の名前を得ることなり。それはすなわち霊の力と職能を知ることなり。また汝のまえに姿を現すよう神に命ぜられる仕組みを知ることなり。ラファエルですらトビアスのもとに送られ、父親を癒し、息子を危険から救い、妻を娶らせるのである。(お前たちに「だけ」都合の良い妻だろ?威張るなゴミ!)神の力であるミカエルは神の民を統治する。(そんな民はいない。この言葉で誰の妄言か大体想像がつく。卑しい。)神の使者ガブリエルはダニエル、マリア、洗礼者ヨハネの父ザカリアのもとに送られた。されば汝のもとに、汝の望むままに事物の性質を教授するものが与えられるであろう。神の寵臣を用いるにあたっては汝の創造主、救世主、聖別者、すなわち父、御子、御霊を畏れ、打ち震えよ。学びしことをいかにても漏らすべからず。召喚(←は?)に際しては慎重を極めるべし。真に必要でないものは望むべからず。(←じゃあ、ハッキリさせよう。悪魔の神からもらうものは無い。消えろ。)

第十四の格言
汝の魂は永遠に生きる。汝を創造せし神を通じて生きる。(←嬉しくもなんとも無いすわ。こんな生き地獄永遠に繰り返されても迷惑なだけ。お断り!)ゆえに汝の神、主に呼びかけ、主のみに仕えるべし。(←お前らが主とか語るな。迷惑。)汝、神より課せられたる、神と隣人のための目的(←小せぇ神だな?自分と隣人だけか?小物が神を語っているな。)を果たすことを望むならば、これをなすべし。(←お前のような小物の命令など聞かんわ。フリーメーソン内で威張ってろ。)神が汝に望むものは心がけなり。神の息子を称え(←引きずり下ろしたい一心なんだね。)息子の言葉を守る心なり。(←悪魔の子、ダニエルか?)汝が息子を称えるなら、それは天にまします父の意志を行うことなり。(いつから悪魔が天を仕切るようになった?虚言者め。)汝は隣人には人類としての責務を負うものなり。汝のもとに来る人すべてに息子を称ええさせよ。(←断る!・・・お前ら傲慢だよ。)これが法にして預言者なり。(←違うね。悪魔が法や預言者を語るなよ?何一生懸命偉ぶろうとしてんだ?捻じ曲げまくりのお前たちが語るには、神では無く「悪」こそが相応しいだろう。逸脱してんだよ。)現世のことにおいては、現世にて必要なすべてをもらえるよう父なる神に呼びかけよ。(←で、また麻里子に他の男のチンポを入れて返すんだろ?立派過ぎ!神様。)そして神より(←何度も言わせるな。お前は神じゃない。悪魔だ。)与えられたるものは霊あるいは物を問わず、これを用いて隣人を助けよ。(←また、アスタロトか?
うんこが神語るなよ。)

されば汝かくの如く祈るべし。

おお天地の主、(←言ってて恥ずかしくない?)可視不可視の万物の創造主よ。取るに足らぬ我々なれど、汝の助けを得て呼びかけん。汝のひとり子、主イエス・キリストを通じて呼びかけん。(←イエスも「お断り」だってさ。)我に汝の聖なる霊を与えたまえ。汝の真実のうちに我をすべての善に向かわしめたまえ。アーメン。我はこの生の術を知悉することを切に望むものなり。かの術は闇の中にて圧倒され、人の浅知恵にかぎりなく毒されたる。されば汝に教わらぬかぎり、我は自力にていかなる知識にも達することなし。我に汝の霊の一つを与えたまえ。(←持ってけ。)汝の栄光を称え、隣人の利益をもたらすべく、我が知ることを許されたる知識をもたらす霊を与えたまえ。(←今回は心です。)また我に学びの心を与えたまえ。されば我は汝の教えを容易に理解し、胸に秘め、尽きることない宝物庫より宝を取り出すが如く必要なものをもちいん。されば我に恩寵を賜らん。我は畏れ、打ち震えつつ、謙譲のもとに、主イエス・キリストと聖なる霊を通じて汝の賜物を用いん。アーメン。
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posted by 真 救世主 at 21:13| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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日本国憲法第20条
【信教の自由、国の宗教活動の禁止】
1 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。
いかなる宗教団体も、国から特権を受け、
又は政治上の権力を行使してはならない。2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
3 国及びその機関は、宗教教育その他
いかなる宗教的活動もしてはならない。 ウリエル正教とやら残念だが俺は神仏は信じないタチだ。この世で頼むものはこの俺自身の力だけよ赤坂にある
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徹底的に潰してやる
Posted by Genocide at 2012年01月30日 14:54
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