2012年02月24日

原罪について【カルマ】

 原罪=?【カルマ】

※注意;テレビは絶対持ち込まないこと。悪魔の最大の洗脳手段はマスメディアである。

イエスが言った「原罪」とは半分嘘で半分本当である。

「人は生まれながらに罪を背負っている」

本当にそうなのであろうか?断じて違う!と、言いたいところだが、半分は本当である。

それは、「カルマ」の存在である。
カルマとは、前世で自らが行った「罪(業)」、そして、自分の親やご先祖様が行った「罪(業)」が自分に降りかかることである。

これから逃れる方法はただ一つ!「隠者(世捨て人)」となり、他者との関わりを一切断つ事である。

「カルマ」は、「業(ごう)」と和訳されてます。
「業」の解説は、「行為」や「行動」と説明されています。
[広辞苑(第六版)]

サンスクリットの辞書では
  कर्मन् karman n. consequence of acts in a previous
life
 となっていていわば「前世の因縁」のようなものです。

人間の行動は、三つの要素から成り立ちます。
★身(しん)。身体=行動
★口(く)。 言語=言葉
★意(い)。 心=清い心からは清い言葉が生まれる。
この三つを「三業」と呼びます
(これも「広辞苑」より)

これら「三業」は、人が生きている限り「行為」「行動」、「言葉」、そして「心」として働く。
※「隠者(世捨て人)」になっても「自分さえ良ければ良い」と思うのでは、その意味は半減してしまう。
その種類は、「善」か「悪」か、そのどちらでもない「中間」の三種類。
この場合の「善悪」の基準は、人間の作った法律や規則では有りません。
基準と成るのは、「命」。
それも、人の命に限らず「動植物全ての命」です。
仏教では「殺生」、命を奪う行為を「悪」と見る訳です。(お店で食料購入などは当たり前のこと。そこで「お肉」を購入する分にはOK。)
勿論、命を傷付けたり(食料を摂取する最低範囲は可)、命を憎んだり「呪ったり(超悪)」する行為も「悪」となります。

 「カルマ=未消化のエネルギー」
つまり、前世からの未消化の感情や因縁、宿命のことです。ざっくり言うと。

自分(もしくは親やご先祖様)がやった行いが返ってくるというよりは、何かをするにいたって企てたエネルギーがそのまま返ってくる・・・(新世界秩序とか、第三次世界大戦とか、人類家畜化計画とか・・・)
今、存命の方で、自分の後の世代なんかどうでもいいや!「自分の代さえ良ければいい!!!」と若い頃、快楽、「拝金」の限りを尽くし、強欲を貪った人々は今のうちに少しでもカルマの清算を行っておかなければ洒落にならない。
私の言うことに従って置きなさい。
(「隠者(世捨て人」になれ、という意味では無い。心からの善行を行っておきなさい、という意味。)


 当ブログ、「ロゴス・キリスト」より抜粋。

私の言葉を記す。(これは、2012年2月14日に語った言葉である。)

初めに言葉は神であった。
口から発する言葉は心を表し、言葉は清めもすれば、ケガレもする。
それは、行動に現れる。
そして、それは罪にもなり、贖罪にもなる。

※口先だけじゃダメだぞ!悪魔主義者諸君!悪魔崇拝を「諦め」、善行を積みなさい。
表の信仰、裏の信仰なんてお前らの勝手な「作り話」だから。無いから、そんなの!
金星を見たら悪魔と思え。
※(占いの禁止。タロットなどは最悪!→世界樹の中心に汚れた悪魔王堕天使ルシファー
が配置されているため。)

「現世利益」(豊穣神と同じ。「拝金崇拝」。=悪魔崇拝。)を説く者は全て偽者である。

キリスト教 キリスト教の成立にあたり、このようなロゴス観は大きな影響を与えた。

ヨハネによる福音書』の冒頭では以下のように述べられる。

Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ Λόγος, καὶ ὁ Λόγος ἦν πρὸς τὸν Θεόν, καὶ Θεὸς ἦν ὁ Λόγος.
はじめに言(ロゴス)があった。言は神とともにあり、言は神であった

『ヨハネによる福音書』1:1(Κατά Ιωάννην Ευαγγέλιο[2])

ロゴス(logos)とは、古典ギリシア語λόγος の音写で、
  1. 概念意味論理説明理由理論思想などの意味。
  2. キリスト教では、神のことば、世界を構成する論理としてのイエス・キリストを意味する。
  3. 言語論理真理の意味。転じて「論理的に語られたもの」「語りうるもの」という意味で用いられることもある。

ロゴスが哲学用語として注目されるのは、ヘレニズム期のストア哲学である。
ゼノンをはじめとするストア派の哲学者は、神が定めた世界の神的な論理を「ロゴス」と呼び、ときにこれを神とも同一視した。


何も難しいことではなく、悪いことをすると罰を受ける。(悪魔崇拝など当然「悪」!偽の仏のなんと多いことよ。)しかし、前世からの、もしくは自分の親や御先祖様のカルマを背負っている可能性(必ずではない)がある。それから100%逃れる方法が「隠者(世捨て人)」になることである。
ただし、「病気」だけはどうしようも無い。
病気で死んだ時は、天命と思って諦めるように。

 「隠者(隠者)」になる利点=絶対ケガレ無いこと。つまり清き身体と心
●山里などにこもり、他者との関係を一切自ら断つ(当然、食料の買出しなど、最低限は行わざる得ないが・・・)ため、「ケガレようが無い」言い換えれば神も悪魔も手の出しようが無い。
●他者との関係の全てを一切断っているため、悪魔が来ようが、神が来ようが、何も出来ない。→他者への害が及びようが無いため。
●神が仮にカルマを執行しようしようとしても、他者との関係が及ばぬほどの山里深くに入ってしまっていれば、執行不可能である。
●ケガレることが無い=「清いまま」の人間である。つまり、絶対地獄に行くことは有り得ないのである。
●チョコチョコ隙を見て、良い行いをして(つまり善行)おけば、神の側としては守らざる得なくなる。(ゴミ拾い、便所掃除などなら他者との接触するリスクが少ない。他者は見下すだろう。しかし、それが善行なのであり、隠者への道でもある。)
●他者との関係を一切断つということは、あらゆるコミュニティーに入らないことを意味する。しかし、冠婚葬祭は行くべきである。
●冠婚葬祭などで酒を飲む。必ずここで、カルマを実行しようとしたり、悪魔が誘惑しようとしたりして来る。隠者にはそこしかチャンスが無いからである。
●結果、天国への道が約束されてしまう。
※注意;テレビは絶対持ち込まないこと。悪魔の最大の洗脳手段はマスメディアである。

要するに、「晴耕雨読」である。
性処理は邪印(ホモ・レズ・乱交・他人の配偶者を寝取る)などの行為でない範囲であればOK。風俗も性処理の範囲であればOK。

要するに、「生まれながらの赤ちゃんは何の罪も基本的に持っていない」のである。が、カルマがあるのである。

 


 「隠者(世捨て人)」になるデメリット→楽しいことが何も無い。
●他者との関わりの一切を断つため、知識追求やパソコンのゲーム、インターネットくらいしか楽しみが無い。しかもコミュニティーに入れない。メールなどで他者とのやり取りはどうしてもパソコンを許可した以上発生してしまうだろう。誘いは堂々を「隠者(世捨て人)」である、と言って断ることである。
●幼少期からの友人や親兄弟まで捨てることは無い。が、誘惑には気をつけることだ。別に町でたまに一緒に飲んだからと行って罪になることなど有り得ないが、カルマ実行の隙を与えること、悪魔の誘惑の隙を与えることを覚悟して行くことである。おそらく、ここぞとばかりに「楽しい時間」を悪魔は提供して来るだろう。気をつけなさい。
●当然宗教は独自崇拝。悪魔崇拝を100%避けるには、「拝金」を捨て、ご先祖さまを祭るのが一番無難である。大天使ウリエルでも可。

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posted by 真 救世主 at 02:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
天地の理!自然神の計らい。

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自然を自然に返しなさい。
Posted by 坂田恵子 at 2018年03月17日 18:07
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