2012年04月20日

「カナンの呪い」

「カナンの呪い」

『聖書』(講談社 P18〜21「創世の書」 第8章、第9章)
第8章
神はノアと、またともに箱舟にいたすべての獣と家畜のことを思い出され、地上に風を吹かされたので、雨はひき始めた。深淵の水源と天の水門は閉じられ、大雨が天から降るがやみ、水はしだいに地の面(おもて)からひいていき、百五十日後に水かさは減った。第七の月の十七日に、箱舟はアララトの山々の上のとまった。
 水は第十の月までしだいに減っていき、第十の月の一日目に山々の峰が姿を現した。
 四〇日後に、ノアは箱舟の窓をあけて、からすを放った。からすは出ていって、地上の水が乾くまで、行ったり来たりしていた。
 ノアは、地の面の水が減ったかどうかみるために、そばにいた雌ばとを放った。
 雌ばとは、足の裏を休めるところがまだ見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰って来た。地上はまだ水におおわれていたからである。ノアは手を伸ばして雌ばとを受け止め、箱舟に入れた。さらに七日の間待ったノアは、再び雌ばとを箱舟から放った。雌ばとは日暮れ頃ノアのところに帰って来たが、そのときつみ取ったオリーブの葉を口にくわえていた。こうしてノアは、地上の水が乾いたことを知った。それでもなお七日待ち、また雌ばとを放った。すると雌ばとは、もう彼のところに帰って来なかった。
 地の面から水がひいたのは、ノアの一生の六百一年目の第一の月、月の第一の日のことであった。ノアは箱舟の屋根を外して見た。すると地の面は乾いていた。しかし、地がからからになったのは、第二の月、月のの第二十七日目であった。神はノアに仰せられた、「お前と妻と、お前の子らとその妻たちともども箱舟を出よ。お前と一緒にいる動物もみな−飛ぶもの、家畜、地をはうものみな−お前とともに外に出せ。地の面にうごめき、子を生み、地上で茂り増えるように」。かくて、ノアは外に出た、息子たちも彼の妻も、彼らの妻もともに出た。各種の野の獣も、家畜も、飛ぶものも、地をはうものもみな、箱舟を出た。
 ノアは主に祭壇をつくり、各種の清い動物と、また各種の清い飛ぶものを取り出して、幾度も燔祭(はんさい)を捧げた。主はそのかぐわしい香りをかぎ、心でこう仰せになった、「私はもう、人間のゆえに地を呪うことはすまい。人間の心の企ては、幼いときから悪に傾いているからだ。私はもう二度と、すべての生き物をうち滅ぼすことはすまい。
 地の続くかぎり、
 種まきも、刈り入れも、
 寒さも、暑さも、
 夏も冬も、昼も夜も、
 とだえることはない」。

※「主はそのかぐわしい香りをかぎ」とあるのは、生き残った人類と神との和睦を表現する擬人法である。パレスチナ隣国(=カナンの地)の、大洪水の生贄について、伝説によると「神々
は、蝿のように生贄にたかった」と書いてある。彼らにとって生贄は、神々に食事を上げることであった(=悪魔崇拝)。←講談社『聖書』P19注

第9章
そののち、神はノアとその子らを※祝福して仰せられた、
 ※世界の新しい秩序
太祖アダムとエヴァへの祝福である後継者ノアに祝福の確認があった。その祝福は二つで、一つは豊かに数多く子孫が増えること、もう一つは生き物全体に対して権利を持つことである。

「生めよ、ふえよ、地に満ちよ。地の獣も、家畜も、空の飛ぶものも、お前たちをおそれはばかるだろう。地をはうすべてのものも、海の魚も、みなお前たちの手にゆだねられる。命あって動くものはみな、※お前たちの食べ物となる。
 ※動物も人間の食べ物となった。このとき人間はまったくの草食動物であったというのでない(4・4アベルの生贄を見よ)しかし作者は、人類の楽園時代において、動物を殺して食べる必要のないかのように記していた。だがここでは、肉食が神の計画であることを知らせている。

前に青草を与えたように、これらのものをみなお前らに与える。ただ、血のある肉は食べるな。お前たちの血すなわち命については、たしかに私はお前たちの使途を問うでだろう。あらゆる生き物にもそれを問う。人間の命については人間に、各人の命についてはその兄弟に問うであろう。
 人の血を流す者があれば、
 人の手でその血が流される。
 神は、自らのかたどりとして、
 人をおつくりになったからだ。
 お前たちは、生み、増えよ、
 地の面にひろがり、地を征服せよ」。
また神はノアとその子らに、こう語られた、「お前たちと、そのあとを継ぐ子孫と、ともにいるすべての生き物、飛ぶもの、地の家畜と野の獣、箱舟を出たすべてを出たすべての生き物をはじめ、地上の獣にいたるまですべてと、私は契約を結ぶ。私は契約を結ぶからには、もう洪水によってどんな生き物も滅びることなく、洪水が二度と地を荒らしに来ることもない」。
 神は仰せられた、
 「私と、お前たちの間に、
 お前たちとともにいる生き物すべてとの間に、
 未来の代まで
 立てる契約のしるしは               ※人類と神の新しい契約のしるしはケシュト(虹)である。未来の契約のしるし
 これである。                       (例えば「アブラハムの割礼」17・11、「安息日」脱出31・13−17
 私は雲の中に虹を描き、               エゼキエル20・12)は、人間に最も近づいているが、ここでは全く一方的に
 私と地との契約のしるしとする。           神のしるしである。他の契約のしるしと同時に、虹も、もちろん契約前にあった
 私が、地の上に雲を集め、               に違いないが、この時からシンボルとして新しい意味を持った。
 雲の中に虹が現れるとき、              虹の7色は嵐(=バアル)の後に現れ、大きな半円を描いて天地を抱き取る
 私と、お前たちとの、                  ようである。それは、弱い人類と全能の神の契約のしるしとして適当であった。
 肉体を持つあらゆる生き物との間の、
 私の契約を思い出す。
 こうして、水はもう、すべての生き物を
 滅ぼしつくす洪水とはなるまい。
 雲に虹が現れるとき、
 神と地上の生き物の魂のとの
 永遠の契約を思い出し、
 私はそれを見るであろう」。
 神はノアに向かって仰せられた、「この虹は私と地上に生きるすべてのいきものの間に交わした契約のしるしである」。
 箱舟から出たノアの子らは、セム、カム(ハム)、ヤフェトであった。カム(ハム)はカナンの父である。この三人はノアの子らで、この人たちから全地に人類が広がった。
 さて、地を耕す人だあったノアは、ぶどう畑をつくっていた。彼は※ぶどう酒を飲んでいたのでテントの下で服が乱れていた。
※ヘブライ人は元来ぶどう酒を敵視していない。しかし酔うことは不名誉で恥辱だと考えていた。酔うと神の計画を忘れ(イザヤ5.12)偶像を崇拝するようになる。そして酩酊状態のノアに堕天使ルシファーが近づく。

カナンの父カム(ハム)がその父の裸を見て、外に出て二人の兄弟にそのことを言った。すると、セムとヤファトは、マントを取ってそれを肩にかけ、後ずさりして父のところに行き、その裸をおおおった。彼らは顔を反対側に向けていたから、父の裸は見なかった。
 ノアは酔いから醒めて、下の息子が自分の息子が自分に何をしたかについて知って言った、
 「カナンに呪いあれ、兄弟たちの奴隷の奴隷となれ」。
 また言った、
 「セムの神、主は祝福されよ。
 カナンはその奴隷となれ。
 神よ、ヤフェトを広げ、
 セムの幕屋に住まわしたまえ、
 されど、カナンはその奴隷となれ」。
そしてノアは洪水の後も三五十年生きた。ノアの一生は九百五十年だった。こうして彼は死んだ。

※息子の代わりに孫のカナンが呪われるのは奇妙である。カナンの名は「イスラエル人がカナンの地を占領する前はそこをカム(ハム)と呼んでいたらしくて、そのカムをカナンに訂正したのだ」という説だある。(●そして、カナンの地とはパレスチナのことである。)
ここでわかることは聖書の記述と後述する記述は異なっていることである。聖書ではカム(ハム)がノアの裸体を見たことになっており、後述する記述はカナンが直接見たものになっている。ここでわかることは「聖書は明らかにユダヤ・フリーメーソンによって改竄されている」ということである。
そのことを踏まえるため敢えて主要箇所全文記載した。私が記載している間、フリーメーソンたちはテレビの中から常時嘲笑っていた。彼らがルシフェリアン所以である。嘘つき所以である。
結論を言うと、本当に呪われたのは酩酊状態のノアである。カナンは一切呪いなど受けていない。本来カナンの呪いなど存在しなかった。しかし、ルシファーは邪悪に囁く、「お前は呪われたのだ。神に反逆し、私を唯一神とする以外に道は残されていない」



人類を苦しめるすべての悪の要素は「カナン族」から出ている

 
ユータス・マリンズは本書(『衝撃のユダヤ5000年の秘密 太田龍・解説 日本文芸社 1995年刊』)で、ユダヤの根本的特徴を「寄生性」と定義している。
 
英語では、パラサイト(Parasite 生物学では寄生生物、寄生虫、宿り木の意。古代ギリシャでは太鼓持ち的食客と辞書にはある)。つまり、ユダヤは次の3つの傾向を持っているということになる。

 (1) 悪魔性
 (2) 寄生性
  (3)
欺瞞性

 
この3つをどんな具合に結びつけたらよいのであろう。この五千年来、人類は「カナンの呪い」にたたられてきたとマリンズはいう。
 
『旧約聖書』「創世記」の中に、かなりよく知られている次の場面がある。
 

 ノアが酒に酔いつぶれて裸で寝込んでしまった。ノアに3人の息子(セム、ハム、ヤペテ)があり、ハムの息子がカナンである。そのカナンが、ノアの裸を見た。目が覚めたあとノアは、カナンに激怒し、「カナンは呪われよ。汝は、奴隷として仕えよ」と叫んだとある。
 
マリンズは、現在ユダヤ(タルムード、カバラ)教徒として現れている人びとは、実はセム人の子孫ではなくて、カナン人の系統であることを突き止めた、という。(※これはすなわち、ユダヤ教は悪魔教に成り下がっていることを示している。その一つが『聖書』の教えよりもラビによる『タルムード優先主義』にある。言うまでも無く、タルムードの内容は極めて悪魔的である。)
 
カバラも、フリーメーソンも、共産主義も、そのほか人類を苦しめるもの、そして人類を神から引き離し、神に反逆させるすべての悪の要素は、このカナン族から出てくる。
 
カナン人の信条は「世俗的人間至上主義(secular humanism)」であり、そしてそのヒューマニズムへの原動力は「憎悪」である、とマリンズは見た。
 
カナンの呪いとは、ノアがカナンにかけた呪いなのか、それともノアに呪われたカナンのノアに対する呪いなのか、それとも別のことなのか。そもそもノアは、なぜあれほど激しくカナンを怒ったのであろう? 「創世記」の数行の記述からは、いろいろな解釈が可能である。
 
ここで言われていること、そしてわれわれが理解しなければならない要点は、神が選んだセム→アブラハムの系統ではない、つまり彼らはセム系を詐称しているにすぎない、という命題である。恐らく西洋でこれほど明確に、そして体系的にユダヤの素性について迫ったのは、マリンズが初めてであろう。



カナンの呪いとは、こういうことです。ノアの大洪水の話は誰でも知っているでしょう。
ノアは神から大洪水に備えて箱舟を作るように命じられます。その中には多くの種類の動植物を一番ずつ乗せるように言われます。しかし、箱舟の中では生殖行為は禁止されていたのですが、ノアの二番目の息子である、ハムが女性と交わり子供を孕ませてしまいます。そのことを知ったノアは悩んで、お酒(ぶどう酒)を飲んで酔っ払って裸で寝てしまいます。その姿をハムの息子のカナンが見てしまったのです。裸体を見られたぐらい、どうってことないと思うのですが、ノアはそのことで、カナンに対して「カナンは呪われよ、奴隷の奴隷となり兄たちに仕えよ」と呪いの言葉を発します。

以前もMIXIで回答したが、これはルシファーがやったことであり、本当に呪われたのは「酩酊状態で呪い安い」ノアの方である。が、呪いとは不思議なもので「馬鹿!」と相手に言ったらそれが呪いになってしまう。
「カナンの呪い」「カナンの呪い」と繰り返し言うこと、意識することで呪いは現実のものとなり、双頭の鷲を産む。

監訳者(大田 龍氏)解説より引用する
本書「カナンの呪い」は聖書とりわけその創世記、そしてユダヤ教のカバラ、タルムード、伝説、そして聖書に収録されなかったエノク書などの外伝についての綿密な検討を通じて、過去二千年のキリスト教世界、および、キリスト教出現以前の千年の、いわゆる旧約聖書の世界で、いまだかって提出されたことのない新しい説、新しい見方を展開している。

問題の焦点は、失われた「ノア書」の一部とされる「エノク書」である。そこには天使の一団がカルメル山に降りてきたこと、そして彼らは、人間の娘たちを娶って、その結果、ネフェリムの名で知られる巨人が生まれた、と記されている。現行の旧約聖書では「ノア書」「エノク書」は排除されている。これはローマ帝国がキリスト教を国教とした4,5世紀以降、意図的に、教会首脳部によって削除、隠蔽されたものと考えられる。「エノク書」については、17世紀以降、ある種のヨーロッパ人が執念深く探索して、今では三種ほどの古写本が発見され、それにもとずく英訳が流布されている。

本書「カナンの呪い」は
1、天から地上に降りてきた天使たちが、地球の人間たちに生ませた、異種交配の結果としてのネフィリム、または巨人たちの長が悪魔(サタン)である。
2、以降の人類の歴史は、神の民と、前記のごときものとしての悪魔の血統、その礼賛者との戦いの歴史、と看做されなければならない。
3、アダムとイブの二人の息子のうちの一人とされるカインは、このサタンの血統であり、
4、ノアの三人の息子のうちの一人、ハム、そしてその息子カナンも、サタンの血統に属する
5、ここから、ノアの「カンアンは呪われよ」という言葉を解するべきである。
6、悪魔(サタン)の血統のカナン族は、神の民ノアの継承者セム族を憎み、セム人種を根絶やしにしようとしてきた。
7、カナン族は、西暦1200年頃、フェニキア人と名乗り、その後はフェニキア人に成りすまし、カナン人は歴史から消えた。しかし、にもかかわらず、ユダヤのタルムードに記録されている「カナンの五つの遺言」はフェニキア人にしっかりと伝えられた。
8、現在ユダヤ人と呼ばれる人々は、実は、この悪魔の子、カナン族の流れである。彼らユダヤ人は、自分たちをセム人、セム族と称しているが、これは大掛かりで意図的な欺瞞であり、歴史の捏造である。
9、かくしてここに初めて、カナン族とその系譜の集団「悪魔の歴史学」の全貌が、人類の前に明らかにされた。
10、著者は「新版刊行によせて」の中で、カナン族によるセム人種皆殺しのための「ナァマ計画」を改めて取り上げる。2001年9月11日の事件こそ、このナァマ計画の最終仕上げの号砲である、というふうに論旨を展開する。

カナン族の主な風習として、本書は次の五つを挙げる。
1、 悪魔(サタン)信仰
2、 オカルト的儀式(儀式殺人)
3、 幼児人身御供
4、 人間嗜食(食人)
5、 性的狂宴
こうした秘儀を、カナン人とその系譜を引く、バビロニアタルムードとカバラを信奉する現在のユダヤ人、フリーメーソン、イルミナティーなどの多種多様な秘密結社は、ひそかに実践し続けているという。本書によれば、悪名高き「ベネチアの黒い貴族」は、実はカナン人そのものに他ならない。ベネチアの黒い貴族は、十字軍戦争を契機として中世ヨーロッパの権力構造に深く食い込んでいく。(中略)

ヨーロッパ大陸極西の小さなブリテン島を足がかりにして、魔法のように、あれよあれよと見ているうちに、七つの海を制し、五つの大陸に領土を有する大英帝国が出現する。その力の源泉は、1694年に設立された、アムステルダムとロンドンを主たる基地とする国際ユダヤ金融資本に所有される民間私立営利会社としてのイングランド銀行である。しかし、世界征服の総仕上げのためには、大英帝国とイングランド銀行だけでは力不足である。かくして彼ら(カナン人)は、1913年12月、米連邦準備制度(FRB)法の成立に成功する。以下略
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posted by 真 救世主 at 18:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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